大震災後のボランティアを機に結成されたアートユニット 新作ドキュメンタリ―が公開中

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現在公開中『二重のまち/交代地のうたを編む』(★★★★★星5つ)

 被災者ではないひとが他人事(ひとごと)ではなく3・11を記憶することは、できるのだろうか?現在公開中のドキュメンタリー映画『二重のまち/交代地のうたを編む』という映画を通してアートユニット「小森はるか+瀬尾夏美」のふたりは、こう答えている。

「まず、津波にさらわれたまちに住むひとたちのことばに、耳を傾けてみよう。そこで聞いた体験を別の誰かに、語ってみよう。物語ることで出来事は多くの人たちへ伝わっていく、未来にも継承されていくのだ――」

 映像作家の小森はるかは1989年に静岡県、画家で作家の瀬尾夏美は1988年に東京都で生まれた。被災地から遠く離れた場所で生まれ育った若いふたりのアートユニット「小森はるか+瀬尾夏美」は、東日本大震災後のボランティアをきっかけに生まれた。震災前に営まれていた日常を記憶・記録して多くのひと、そして未来に語り継ぐために――彼女たちは被災地の陸前高田を拠点に映像というかたちで、共同での表現をつづけてきた。これまでに、『砂粒をひろう――Kさんの話していたこととさみしさについて』(2013)『波のした、土のうえ』(2014)『息の跡』(2016)ほかのドキュメンタリー映画を作っている。

 十年前の3月11日。陸前高田のまちは、大津波にさらわれた。海の幸・山の幸に恵まれたまちを、消防団が火の用心の夜回りをする。街角を花畑が色どっている。「けんか七夕」の祭りで一年という時間がひと巡りする。

 そんな日常が一瞬にしてうしなわれた場所にいま、何本もの太いパイプをつないでできた巨大な土木工場が建っている。パイプの中ではベルトコンベアが稼働していて、分あたり何トンといったように正確に、土を運んでくる。

 そのようにして届いた土を載せて走るダンプカー、その土で地面を均すショベルカーがまちのうえをいつも、走っている。

 これが陸前高田の、日常風景だ。

 震災後の日常の基盤になる「あたらしいまち」はこのように、粛々と作られている。

 『波のした、土のうえ』では、震災で「波のしたになったまち」、嵩(かさ)上げの土木工事によって作られる「土のうえのまち」、二重になったまちの中で私たちはどう、生きればいいのだろう?を問うた。今作では「震災で失われたまち」を記憶し語り伝えるために、何ができるのだろう?という問いを巡る、ひとつのプロジェクトである。

『二重のまち/交代地のうたを編む』でまずふたりが試みたのは、震災当時まだ子どもだった四人の若者たちを募集して、まちに招き入れることだ。旅人として陸前高田を訪れた四人は15日間の滞在型ワークショップに参加して、この土地に暮らす人たちとの対話を重ねていく。そして聞き集めた物語を仲間に伝えることばを探していく――。本作のパンフレットに瀬尾は、〈継承のはじまりの場をつくる〉と題されたエッセーを、寄せている。

《“語られずにはおれない”体験をした人たちが、それを誰かに伝えようとして語る。聞いた人はそれをまた誰かに語り伝える。そんなやりとりが連鎖していく。

 そのなかで“誰かが語ったこと”が誰もが参加できるような“物語的なもの”になっていく。継承の基本には、“聞く、語る”のやりとりがある。これを彼らのたびに実装したい。》
〈継承のはじまりの場をつくる〉より

 彼女が2015年に執筆した『二重のまち』という小説がある。「かつてのまちの営みを思いながらあたらしいまちで暮らす二〇三一年の人々の姿を、画家で作家の瀬尾夏美が想像して描いた物語」(『二重のまち/交代地のうたを編む』パンフレットより)だ。物語の語り手は、2031年の3月11日に暮らしている。あの日から20年後の未来で生活しながら震災の記憶をたぐり寄せようとする者によって、『二重のまち』という物語は語られていくのだ。

 春夏秋冬の章仕立ての構成がとられ、季節ごとに四人の旅人が登場する。そして陸前高田の中を巡り歩きながら、それぞれが2031年の未来人のことばを朗読していく。他所(よそ)からこのまちを訪れた旅人が、陸前高田という固有のまちの記憶を朗読する。『二重のまち』という物語を媒介にして、未来とつながっていくその様子が、画と音でここに、記録されているのだ。

記憶のかけらを拾い集める

 小森はるかは『かげを拾う』(2021)で、仙台在住の美術作家・青野文昭さんが個展に向けた作品を作る過程を記録している。砂浜に打ち上げられたり瓦礫の下に埋もれていた、「311前の生活の欠片(かけら)」。この土地に住む人にとってさえ、ただのゴミにしか見えない。それらを青野さんは拾い集め、アトリエに持ち帰る。断片を組み合わせ加工して色を着けることで青野さんは、失われたまちを作品というかたちで再構築しようとしているのだ。

 個展が開かれる会場に搬入する日。青野さんの奥さんは夫が「再解釈」した青野家の食卓の前でふと、立ち止まる。そこにかつては当たり前だった、団らんの匂いを嗅いだように、じっとその作品を見つめている。

 2016年の『息の跡』(監督・撮影・編集:小森はるか、特別協力:瀬尾夏美)の主人公は、種苗屋の佐藤貞一さん。津波に自宅兼店舗を流された佐藤さんは自身の体験を英語で綴り、自費出版する。その英語で書かれた体験談を佐藤さんは大きな声で、朗々と読み上げる。そして独り言なのか、それとも小森に話しかけているのか分からない想いを漏らす。

「作っただけじゃダメなんだ、売れなきゃダメなんだ……いや、違う!作ったこと自体に意味があるんだ」

 佐藤はまた、津波後のまちを映した空からの写真を見せながら、小森に言う。

「これが俺のうち、な~んもなくなってる。でこれが、隣のうち。大黒柱だけが残ってるだろ? もう住めねえって意味では、どっちも同じだ。でも俺は大黒柱一本でも残ってるのを、うらやましいって思ったんだ」

 あの日、自分の日常を粉々に打ち砕いた出来事を言語化する。それは何よりもまず自分のために、必要だったのだ。でもそんな個人的な体験を伝えるためにはどんな物語を、語ればいいのだろう――映像作品というかたちで「小森はるか+瀬尾夏美」はそのことを、ずっと考えている。これからも、きっとそうだろう。

 最後に『二重のまち/交代地のうたを編む』のパンフレットから、瀬尾のことばをふたたび引こう。

《実は、本作を見た人たちはすでに、陸前高田のあの現場から細く続き“継承の営み”に触れてしまっているし、参加してしまってもいる。それがどういうことなのかまだわからないけれど、もし何かつい拾ってしまったものがあったとしたら、誰かに語ってほしいなと思う。》

〈継承のはじまりの場をつくる〉より

椋圭介(むく・けいすけ)
映画評論家。「恋愛禁止」そんな厳格なルールだった大学の映研時代は、ただ映画を撮って見るだけ。いわゆる華やかな青春とは無縁の生活を過ごす。大学卒業後、またまた道を踏み外して映画専門学校に進学。その後いまに至るまで、映画界隈で迷走している。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月16日掲載

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