鉄道業界で進む“木質化” 来月リニューアル予定の東急電鉄「池上駅」も

国内 社会

  • ブックマーク

Advertisement

 一時期、耐震・耐火の観点から木造建築物の建て替えが進められた。しかし、近年は研究開発が進み、木材の耐震性・耐火性は向上。それに伴い、木を活用した強固な建築物が次々と生み出されている。

 木を使う機運を後押ししたのは、2010年に制定された公共建築物等木材利用促進法だ。同法は民主党政権によって制定されたが、菅直人政権は林業の復権を1丁目1番地に掲げた。政権が木材の積極的な活用を打ち出したことにより、市庁舎をはじめとする公共建築物の一部に木材の使用が進み、現在は民間にも広がりを見せている。

 2019年に竣工した新しい国立競技場は、屋根や軒庇などで大量の木材を使用。国立競技場を設計した隈研吾氏は、同じくデザインを担当したJR東日本の高輪ゲートウェイ駅、京王電鉄の高尾山口駅などでも木を積極的に使用している。

 木を積極的に使用するのは隈研吾氏だけではない。いまや木を使うトレンドは建築・土木業界全体に広まりつつある。

 木を使う機運は、安全運行を第一とする鉄道分野にも広がりを見せている。その先鞭をつけたのが、東急電鉄だ。

「東急は“木になるリニューアル”と銘打ったプロジェクトを立ち上げ、その第一弾として2016年に池上線の戸越銀座駅を“木質化”しました」と説明するのは東急電鉄広報部の担当者だ。

 戸越銀座駅のホームに降り立つと、屋根や壁といった目立つ箇所に多くの木が使われている。東急は、2019年に同じく池上線の旗の台駅を“木質化”した。

 そして、2021年3月にリニューアル予定の池上駅も木を基調としたホーム・屋根になることが発表されている。

「今春、新たにリニューアルする池上駅は木をたくさん使っていますが、東急が取り組む“木になるリニューアル”とは建て付けが違う事業です」(同)

 これまで東急が推進してきた“木になるリニューアル”は駅を木で改装するものだが、今回の池上駅は大規模な建て替えになる。そうした流れから“木になるリニューアル”ではないとの理由だが、新装する池上駅や隣接する駅ビルは木をふんだんに使う。東急が木を強く意識し、積極的に活用しようという意識があることは間違いない。

 木を積極的に活用するプロジェクトだけではなく、東急は駅改良工事で不要になった古木をホームに設置されるベンチなどに再活用する「みんなのえきもくプロジェクト」をスタート。「みんなのえきもくプロジェクト」は駅施設だけではなく、沿線の店舗にも木を配布して街全体を“木質化”していくことを念頭に置いている。

 近年は製材技術が革新的に進み、防火塗料の性能向上も目覚ましい。そうしたことから、木造の一昔前の「火事に弱い」「地震に弱い」というイメージは払拭され始めている。

ゼネコン、メーカーも木へ回帰

 また、純然たる木造ではなく、外観や内装にできるだけ木材を活用する木質化という傾向も強まっている。建物には床や壁、手すり、浴槽、ドアなど木を使える部分が多い。

 大手ゼネコンの竹中工務店は、耐火集成材「燃エンウッド」を開発。耐火性が飛躍的に向上した燃エンウッドによって、竹中工務店は三井不動産とともに約70メートル地上17階建てのオフィスビルを東京・日本橋に計画。2025年の竣工を目指している。

 耐火集成材の開発を進めているのは竹中工務店だけではない。住友林業や鹿島建設などは同業者とも協力して、耐火集成材「FRウッド」(Fire Resistant Wood)を開発。これらの技術革新を追い風に、住友林業は創業350周年にあたる2041年までに高さ350メートル・地上70階の木造ビルに挑戦する計画を発表している。

 名だたる大手ゼネコン・ハウスメーカーが木への回帰を進めているだけに、早晩、その波は鉄道業界にも押し寄せてくることは間違いない。

 鹿島建設は業界内で“鉄道の鹿島”とも呼ばれるほど、鉄道建設に強みを発揮している。2008年に建て替えられた高知駅の屋根を木造アーチで施工した実績があるほか、鉄道関連の工事では2012年に再開業した東京駅赤レンガ駅舎の復原工事を担当した。鹿島によって、鉄道の木質化が一気に進められる可能性がある。

 小田急電鉄は“木と緑に溶け込む『杜』の玄関口”をコンセプトに参宮橋駅をリニューアル。昨年11月に工事を完了した同駅は、木を前面に押し出した駅舎・ホームへと姿を変えた。

 鉄道業界で進められている木質化は、駅舎だけにとどまらない。高架下にも及ぶ。化学メーカーの帝人は、炭素繊維で補強した木材「AFRW」(Advanced Fiber Reinforced Wood)を開発。従来の耐火集成材よりも軽くて強度のあるAFRWは、名古屋駅南側の高架下に建設されるオフィスビルで使われることが発表された。

 また、三重県伊賀市を走る伊賀鉄道では、つり革や座席の肘掛け、車内装飾に木を使った木育トレインを運行。車両の内装にも、木の活用が広まりつつある。

 従来、“温かみがある”と好意的に評価されながらも、木材は耐震・耐火の観点から実用が難しく使用は限定的になっていた。

 大手ゼネコンや建材メーカーの研究開発によって、競うように大規模施設に木を使う潮流が芽生えた。また、菅義偉内閣が打ち出したカーボンニュートラルも鉄道木質化の追い風になっている。

 とはいえ、昨年来からのコロナ禍により鉄道各社は減収減益。従来の建て替え計画などを凍結するなど、鉄道会社が牽引してきた木を使うという潮流にブレーキがかかっている。

 コロナ禍によって鉄道の木質化は沙汰止みになっているが、全国各地には昭和期に建てられた木造駅舎が多く残り、これらの更新時期が迫る。

 これらの駅舎が新たに開発された耐火集成材で建て替えられれば鉄道の木質化は一気に前進する。そして、それは鉄道業界外にも波及し、社会全体を変革するうねりになる。

 鉄道業界を先頭に建築物・建造物は木の新時代が始まろうとしている。

小川裕夫/フリーランスライター

デイリー新潮取材班編集

2021年2月9日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。