萩原健一、「風の中のあいつ」で清水次郎長を拒み、黒駒勝蔵を選んだ天才的な勘の良さ

ペリー荻野  ペリーが出会った時代劇の100人 エンタメ 芸能 2021年2月8日掲載

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第7回は、萩原健一(1950~2019年)の前編だ。

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 萩原健一、ショーケンとの出会いは、衝撃的だった。

 1978年8月12日、ナゴヤ球場での沢田研二コンサート。ジュリーはたくさんのヒット曲を歌い、会場の熱気が最高潮になったそのとき、ステージに突然、ショーケンが現れたのである。悲鳴のようなファンの歓声に包まれた二人は肩を組み、互いに拍手を送り、歌った。スタンドの後ろの席で必死に背伸びして見た高校1年生の私は、もう何がなんだかわからない。ただ「すごい瞬間を見た」という興奮だけは、しっかり覚えている。

 後になって、この前日、ショーケンのライブにジュリーが飛び入りしていたことを知った。ネットの情報もない時代。グループサウンズ全盛期にザ・タイガースとザ・テンプターズ、それぞれで熱狂的な人気を集めた後、新バンド「PYG」のツインボーカルで活動したものの、あっという間に消滅状態になった。その程度の知識しかなかった小娘の私は、二人がこんなにも仲がいいと目の前で見せつけられて、ひたすら驚いた。

 萩原健一と沢田研二は、時代劇でも関係がある。73年、TBSで放送されたショーケン主演の「風の中のあいつ」の主題歌をジュリーが歌っているのである。

 このドラマは、清水次郎長のライバルといわれた黒駒勝蔵(くろこまのかつぞう)の若き日を描いた30分のシリーズ。甲州黒駒村の裕福な家の勝蔵(萩原)は、手がつけられない暴れん坊で、姉のおきん(星由里子)を心配させる。地元の顔役から「こいつはやくざにするしか使い道がない」と、一家を構えるための空き家をあてがわれた勝蔵は、玉五郎(前田吟)や綱五郎(下條アトム)らはぐれ者と一旗揚げようとするものの、威勢がいいだけでドジばかり。男盛りの次郎長(米倉斉加年)に貫録負けして悔しがる勝蔵は、幼馴染のおいと(竹下景子)が売られる後ろ姿を見て己の非力を悟り、いつか次郎長をしのぐ男になると誓うのだった。

「やりきれんなあ」「男ってのは、しょせん泥まみれでしぶとく生きてくんだ。見ててやがれ」といったセリフが、ショーケンによく似合う。いい女と見ればほいほい声をかけ、強い相手には突っかかる。田中徳三はじめ、工藤栄一、富本壮吉など手練れの監督が、30分の中にさまざまな要素を詰め込み、疾走感あふれる作品に仕上げている。幕末の不良の人生を描いたストーリーなのだが、オープニング、ジュリーの歌声に合わせて出で来るのは細身のスーツにチーフを首に巻いたショーケンが、雑踏を歩き、日差しにまぶしそうに目を細め、煙草に火をつけるといった、現代のショーケンのイメージ写真。各話のサブタイトルには「駿河の海に吠えろ」「さらば、愛しき人よ」「幕末同棲時代」など70年代の流行やパロディも多い。

 この企画ははじめ、ショーケンで清水次郎長を、ということだった。しかし、海道一の名親分と慕われる次郎長より、悪役として描かれることの多い勝蔵を演じたい。本人の希望だった。俳優・萩原健一の天才的な勘の良さはここでも光っている。

 73年は、市川崑監督・萩原主演の時代劇映画「股旅」が公開された年でもある。黙太郎(萩原)、源太(小倉一郎)、信太(尾藤イサオ)の三人が男をあげようと渡世人の姿で旅をするが、何一つうまくいかない。底辺に生きる若者のシニカルなストーリーだ。市川崑監督は、製作費の半分を自前で用意することが原則のATGでこの映画を撮るために、フジテレビの「木枯し紋次郎」の仕事を引き受けたという。口にくわえた長い楊枝と顔の古傷が印象的な天涯孤独の渡世人の紋次郎を、監督は当初、沢田研二に演じさせたかった。それはかなわなかったが、紋次郎は大ヒット。そうした経緯で製作できた「股旅」だったが、萩原健一は、監督とはうまくいかなったようだ。

 ナゴヤ球場の衝撃から20年以上たって、ご本人にインタビューの機会を得た私が、最初に聞いたのは、「股旅」の現場が嫌だったという話だった。監督はしばしば「柱にもたれてじっとして」などと、ストーリーと関係ないようなカットを撮る。監督の中にはそのカットが完成した作品にしっかり入っているのだが、俳優としては流れがわからず、イライラする。そういう場面が多かったらしい。いずれにしても、市川崑監督がショーケンとジュリー、二人を時代劇の主役にしようと考えていたというのは興味深い。

 もうひとつ70年代のショーケンの時代劇といえば、74年の大河ドラマ「勝海舟」の岡田以蔵が印象に残る。勝海舟を暗殺しようとしたのに、その人柄に惹かれて用心棒にようになってしまう以蔵。だが、慕っている武市半平太(伊藤孝雄)から、勝を斬れと言われる。勝を先生と呼び、警護もしている以蔵は、板ばさみになる。

「先生、わしゃあ、どういうか……先生が好きじゃきに……」

 泣きそうな顔で精一杯の言葉を出す以蔵の不器用さがにじみ出る。

「倉本聰さんの脚本がすごくよかった。でも、土佐弁がどんどん本格的になって、観てる人がわかんないくらい。倉本さん、画面下にスーパー入れるかって。北村総一朗さんは高知の出身で、本当の土佐弁を使うとますますわからなくなるし、困ってたな。僕が演じた岡田以蔵は、革命家でもインテリでもない。純粋に一途に向かっていくだけ。倉本さんはそういうとこを僕と重ねてたんじゃないの」

 この作品は、当初、勝海舟役だった渡哲也が病気降板、倉本聰も番組から離れるという経緯があった。萩原は渡の後を引き受けた松方弘樹の勝に抵抗があったようだが、以蔵は最期まで演じられた。以蔵は、捕らえられて護送中、駆けつけた勝を見ても「この人はいったいどこの人ぜよ」と罪人の自分とは無関係だと振り切り、死んでいくのだ。

「太陽にほえろ」「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」など70年代を代表する名シリーズに次々出演したショーケンは、その後、「これが映画だ」と確信する時代劇作品に出演する。黒澤明監督の「影武者」である。(以下、後編)

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮取材班編集