クルーズ船のお土産は全て外に捨てられて… 田舎暮らしの「コロナハラスメント」地獄

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 新型コロナウイルスによる国内の死者は、ついに5000人を超えた。最近では“コロナハラスメント”なる言葉も登場している。ウイルスに感染した当事者、あるいはその濃厚接触者らに対する周囲のハラスメント行為を指すが、今回ご紹介するケースは、田舎ならではのコロハラといえよう。

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 昨年2月、コロナの感染蔓延によって、横浜港に豪華クルーズ船が3カ月半にわたって停泊を余儀なくされていた一件をご記憶だろう。一般的にこうしたクルーズ船は、海の景色に縁遠い、山間部の住人に人気がある。件のクルーズ船に乗り合わせた富谷甚六さん(仮名)夫妻も、長野県の山間に住んでいた。まさにそんな例だ。夫妻は、夫の退職を記念して、海の旅に参加したという。

 船内での感染拡大の恐怖におびえ、下船に至るまでのすったもんだを経て、ようやく隔離生活から解放された富谷さん夫妻。どちらもコロナに罹らなかったため、比較的早い段階で解放されたのは不幸中の幸いだった。自宅のある長野県までは、JR中央線を使って帰宅した。

 だが当時はまだ、長野県内でも感染者が出ていなかった。“県内初の感染者がいつでるか”と、戦々恐々としていた時期である。そんなところへ帰ってきた夫妻が、最寄り駅のロータリーでタクシーを拾ったのが運の尽きだった。

 富谷さんが振り返る。

「我々が大きな旅行鞄を持っているのを見るなり、タクシーの運転手さんは『どちらから?』と聞いてきました。その声は、あきらかに警戒感がありましたよね。クルーズ船のことは全国ニュースになっていたので、いま思えば上手く誤魔化すべきでした。ところがその時は、ようやく地元に着いた安心感と、中国からの客だと思われたらまずいという気持ちがあり『いや、参りました。クルーズ旅行に行ったら、ずっと足止めされちゃって』と正直に答えてしまったんです」

 そのままタクシーに乗って、久しぶりの我が家に帰ることはできた。が、帰宅から数時間後、富谷さんの元に一本の電話が入る。

「とにかく、家から一歩も出ることはなんねえ」

 集落の組長(自治会長)からだった。

捨てられたお土産

 富谷さんが後から知ったところでは、夫妻を乗せたタクシー運転手は、すぐに会社から自宅待機を命じられていた。そのうえ、夫妻が降りた最寄りの駅、そしてタクシー会社までもが“ウイルスの温床”であるかのように噂され、一昼夜をおかずして、地域はパニックになっていたのだ。

 田舎では、インターネットよりも速く噂は広がっていく。個人情報の保護やプライバシー尊重、などの意識も低い。組長も、噂話を耳にし、夫妻に連絡を寄越したようだ。

「地元の郵便局では朝礼時、配達員に『あそこの富谷さんはコロナの可能性があるから注意するように』と注意喚起を促したらしいんです」(富谷さん)

 近隣住民や知り合いから直接訪ねられれば、「何度も検査して陰性だったから、大丈夫です」と説明した。しかし、無知と恐怖が相まって、夫妻の話に耳を貸す者は少なく、噂話は一向に収束しない。

 富谷さん夫妻が、律儀に「ご近所付き合いのマナー」を果たそうとしたのも裏目に出た。コロナの温床になるかもしれないという噂が広まるのと同様、田舎では「〇〇さん家は旅行に出かけた」という話も出回る。それはすなわち、地域の全員に、手土産を渡さなければならないことを意味する。やむなく富谷さんも、人目を憚りながら、土産物を配って歩いた。が、その翌日、富谷さんのお土産はすべて、玄関に捨て置かれていたという。

 夫妻の近隣住民は、匿名を条件にこう語った。

「コロナがついているかも知れねえから、もらった者全員で申し合わせて、土産物は家の中には入れずに、外に出して置くことにしたんだ」

 こうしたコロハラは枚挙にいとまがない。ネット上にある地域の掲示板で夫妻の名前が晒され、拡散され、挙句、それらを目にしたであろうメディアが、夫妻の家に「インタビュー」に押しかける騒動まで起きたそうだ。

 集落の温泉場に夫妻が訪れれば、その温泉場は以降、誰も利用しなくなった。運営者には「さっさと閉鎖しねえか」という電話もかかってきた。なお、近場の温泉を避けた住民たちが別の温泉に押しかけ、そこが想定外の“密”になったという笑い話もあるそうなのだが……。

 集落のコロハラは、いまも完全には終息していないそうだ。思うに、2人が感染した云々ではなく、コロナ禍でたまった“はけ口”にされているだけではないだろうか。むしろ、富谷さんが代々この地に暮らす地元民だから、これくらいで済んだともいえるかもしれない。もし移住者であったら、もう、ここでは暮らして行けなかった。

柴田剛(しばた・つよし)
地方移住や老後の住み替えなどについて取材するライター。

デイリー新潮取材班編集

2021年2月4日掲載

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