中国が新型コロナのワクチン開発を始めたのは19年8月 感染拡大もこの時期か

国際 中国

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 1月18日に開催された世界保健機関(WHO)の会合で、米国の代表が中国に対し「現在派遣されているWHOの調査団に新型コロナウイルスに関するすべての科学データを提供すべきだ」と呼びかけたのに対し、中国の代表は「調査は科学的なものであり、いかなる政治的な圧力も排除しなければならない」と反発した。米中の対立が改めて浮き彫りとなる一幕だったが、これに至る伏線があった。

 新型コロナウイルスの起源を探るWHOの調査団は1月14日に中国湖北省武漢市に到着、当初の予定より数ヶ月遅れて調査を開始した。調査団は米国、豪州、ドイツ、日本、ロシアから参加した総勢10人程度のメンバーで構成されている。調査団は2週間の隔離期間を経た後に現地調査を開始する予定だが、調査団が中国に到着した翌15日、ポンペオ米国務長官は「調査団の重要な仕事を支援する」目的で以下のような声明を発表した。

「米国政府は、最初とされる感染確認例より前の2019年秋の時点で、武漢ウイルス研究所内に新型コロナウイルス感染症に一致する症状を示した研究者が複数存在していたと信じるに足る証拠を有している。これらは『研究所内で新型コロナウイルス感染は起きていなかった』とする石正麗上級研究員の証言に疑問を投げかけるものである」

 その上でポンペオ氏は、今回のパンデミックの原因についてより詳しい説明を中国に要求するよう、WHOに強く求めていた。

 ポンペオ氏に名指しされた石氏は、コウモリ由来のウイルスに関する著名な研究者である。石氏はバットウーマンとも呼ばれ、2019年2月に毒性を有するコロナウイルスを体内に持つコウモリについての論文を出している。

 会見の場で米国務省はこの主張を裏付けるデータを公表しなかったが、米国の情報機関はホワイトハウスからの指示で昨年1月から新型コロナウイルスの発生に関する情報収集・分析を行っていたとされている。

 中国当局の発表よりもはるか前から、新型コロナウイルスが発生していたことは専門家の間では周知の事実である。中国の企業が遅くとも2019年8月にはワクチン開発を始めているからである。中国のワクチン開発企業のうち、シノバック・バイオテックとシノファームの2社は、不活化ワクチンという従来のワクチン製造法を採用している。不活化ワクチンをつくるためには、最初に鶏の有精卵に不活化した(殺した)ウイルスを接種して、卵の中でウイルスを増殖させ、そのウイルスのタンパク質(抗原)を抽出して、人間の体内に打つことで抗体を作るという手法である。このやり方でワクチンを作るためには、ウイルスを弱毒化するために1~2カ月かかり、卵の中で増殖させるのに約4カ月の期間を要することになる。しかも新型コロナは未知のウイルスであることから、不活化する方法を探さなければならず、不活化したワクチンを打っても感染が起こらないことを確認する作業に3カ月以上はかかることになる。このような工程を積み上げ、かかる日数を足し合わせていくと、2019年8月頃にワクチン開発を始めていたことになるのである。ハーバード大学が昨年6月、「武漢市の病院への車の出入りを人工衛星からの写真で解析すると8月から急増していたことから、新型コロナウイルスの感染拡大は2019年8月に始まっていた」とする論文を発表しているが、一昨年8月という時点が一致するのが興味深い。

新組織設立の声

 さらに、「新型コロナウイルスと遺伝子情報が96パーセント以上も一致するウイルスが2013年に雲南省のコウモリから発見されている」という事実も明らかになっている。しかしコウモリから直接人間に感染したのではなく、中間宿主である動物が介在していると考えられていることから、WHOの調査団のミッションの一つは中間宿主を見つけることである。

 前述の石氏は今年1月に入り、「ミンクが新型コロナウイルスの中間宿主だった可能性がある」と主張した。昨年11月、突然変異した新型コロナウイルスがミンクから人に感染したとして、デンマークを中心に欧州でミンクが大量に処分される動きがあったが、石氏はこれを根拠にして「新型コロナウイルスの起源は中国ではない」と主張しているようだが、説得力があるとは思えない。

 いずれにせよ、中国のWHO規則6条(加盟国はウイルス感染症発生の情報をすぐにWHOに報告し、それを各国が共有しなければならない)違反をあくまで主張する米国と、詭弁を弄してでもかたくなにこれを認めようとしない中国が対立したままでは問題は何も解決しない。研究者の間では「WHOは発展途上国における感染症対策の組織であり、今回のように先進国で感染爆発が起きたときに対応できる専門家はいない。今回の経験を基に先進国のパンデミック対策を主導できるような組織を新設すべきである」との指摘がある。

 世界の新型コロナウイルス対応を精査する独立委員会(委員長はニュージーランドのクラーク元首相)は18日、「感染初期にWHOと中国はより迅速に行動できたはずだ」との見解を示した。今年5月にWHO改革に関する提言を行う予定である。

 次のパンデミックは、1918年のスペインかぜと同様に壊滅的な「新型インフルエンザウイルス」になる可能性が高いと言われている(フォーリン・アフェアーズ2020年8月号)。今回の教訓を次のパンデミックのための警告と見なし、再び手遅れになる前にアウトブレイク(感染症の突発的発生)を封じ込めるための方策を確立する必要がある。ことさらに政治的な対立を煽るのではなく、世界の専門家が主導する形で今回のパンデミック対策をレビューし、新たな組織作りについての青写真を描くことが急務なのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月24日掲載

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