「バイデン新政権」にのしかかる「民主政治の再生」と「中南米との関係再構築」

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 ジョー・バイデン大統領の就任式は、厳戒態勢の下で行われる異例の事態となった。

 ドナルド・トランプという、分断した格差社会が生み出した異形のポピュリストが、反対派を敵として攻撃し、生んだ亀裂や傷跡はあまりにも深い。根拠なき言説を振りまくトランプを妄信する支持者が、国民の3分の1に上ると指摘される。

 バイデン民主党新政権は、「ベスト&ブライティスト」、伝統的エスタブリッシュメントの再登場とも映る。

 米国はこれまでも危機に際して復元力を示してきたが、「団結」を呼びかける新政権の下で、民主政治は再生へと向かえるのだろうか。米外交は、世界はもとより足場の米州でも信頼や指導力を失っている。

 その行方次第では、2020年代の中南米との関係の再構築にも大きな影を落とすことになろう。

議事堂事件の衝撃

 4年前のトランプ政権の誕生で米国の民主政治の制度的退行には慣れていたはずだったが、「選挙は盗まれた」と選挙結果を認めず権力に居座ろうとする大統領もさることながら、それに扇動される形で支持者が連邦議事堂を襲撃、占拠した事件はさすがに衝撃であった。

 トランプ政権の誕生を機にハーバード大学のスティーブン・レビツキー教授らが、主に中南米の政治経験に基づいて『民主主義の死に方』(新潮社 原題:How Democracies Die)で警鐘を鳴らしたように、自由公正な選挙で選ばれた大統領によって民主制度が形骸化され、「競争的権威主義」に変異しかけた1つの帰結と言えよう。

『CNN』など事件を報ずるコメンテーターから「バナナ共和国のような」という表現を耳にしたが、南の中米・カリブの国々でも近年はなかなか見られなくなった光景だ。

 たとえば「制度的革命党(PRI)」による長期体制下で選挙の不正が横行していたのはメキシコである。

 2006年の大統領選挙で0.58%の僅差で敗れ、「選挙は盗まれた」とし、自分が「正統な大統領」と不服従を貫いたのは、当時メキシコ市長から立候補したロペス・オブラドル現大統領だ。左派だがトランプ氏と同じく根っからのポピュリストで、現在政権に就いて民主制度の毀損を厭わない。だが、当時も暴力をもって結果を覆そうとまではしなかった。

 それが、東西冷戦を勝ち抜き、「世界の民主主義のチャンピオン」を自任し、民主化促進を外交の柱にしてきた国で起きたのである。

 その一部始終がメディアで報じられる中で複数の死傷者を出した反乱は、明らかに大統領側の過ちで、議会での選挙結果の承認に反対していた一部共和党議員の機運を萎め、結果的に承認を後押しすることなった。

米国社会から失われた平等性

 筆者は筑波大学大学院に1975年に開設された地域研究研究科の1期生としてラテンアメリカ研究を始めたが、1年目は教育研究体制が整わず米国研究を主に授業をとることになった。

 アレクシス・ド・トクヴィルの古典『アメリカの民主主義』の原書にふれたのはその時で、右派の評論家として鳴らした仏文学者の村松剛氏の下での輪読であった。

 階級社会、身分制の色濃く残るフランス社会から米国を訪れた25歳のエリート青年は、米社会が生まれながらに享受する「諸条件の平等」に驚嘆し、強制されずとも「心の習慣」として内面化された強い公共心のあり様に深く心を動かされる。

 そうした、トクヴィルが驚嘆した平等性はとうに米国社会から失われたのだろう。グローバル化の進展で「勝者が総取りする」資本主義により格差が拡大、中間層が没落し、移民の急増で「途上国」を内包したかのような分断状況が深刻となっている。

 この中で、見ず知らずの他者と協力して公共財を築く市民的な信頼関係や結びつき(「社会資本」)も、ロバート.パットナムやフランシス.フクヤマの論を待つまでもなく、明らかに減退してきたということだろう。

犠牲の上に成り立った中南米の民主制

 市民的結びつきの強い米国の「高信頼社会」とは対照的に、中南米は「低信頼社会」として描かれてきた。

 経済学者のダロン・アセモグルとジェームズ・ロビンソンによる『国家はなぜ衰退するのか』(早川書房)によれば、北の「包括的な政治経済制度」に対し、南は「収奪的な政治経済制度」の典型例として分析され、北米の繁栄と民主的発展、中南米の政治経済の停滞や遅れが対比的に論じられてきた。

 中南米諸国は概ね独立後200年を迎えている。フランス革命や特に米独立革命の影響を受け、当時最も先進的な市民革命の原理を受容し、共和国として独立した。

 だが、身分制的な植民地制の清算が無いまま市民不在で導入された民主制度は、征服・植民者の末裔の白人層による寡頭的支配が続く中で、広く「心の習慣」として内面化されることはなく、政治は永らく混沌と独裁、民政と軍政を繰り返した。

 米政府も20世紀には「裏庭」での利権の蓄積と安定に腐心し、特に冷戦時代には反共の防壁として、改革を求める左派の進出を嫌い、独裁政権を支える時代が続いた。なぜ「米国にはクーデターが無いのか」と尋ねられ、「米大使館が無いからだ」と応えるジョークがあるが、それは中南米で頻発した軍事クーデターに米国が関与したことを皮肉ったものだ。

 だが、米国は冷戦終結を前に、1980年代から明確に超党派での民主化促進策をもって中南米支援に乗り出した。中南米側も長期の軍政から民政への転換を進めていたところで、民主化の潮流が支配的となった。

 特に1960年代から開発を目指した長期軍政の失政や破綻、そこで生じた膨大な人権侵害への反省が、自由民主主義、基本的人権、法の支配を維持する動機付けとなった。少なく見積もって、アルゼンチンで3万人、チリで3000人、グアテマラで20万人といった人道上の多大な犠牲の上に成り立った民主化の歩みだ。

 そこでの課題は、いかに形式的な民主制度を実質的なものに近づけるかということであり、民主化は政治家のみならず研究者の絶対的規範となった。米国の代表制民主主義はまさに中南米諸国が目標とする揺るぎない指針となったのだ。

ワシントン・コンセンサス

 その帰結が、米国支援で債務危機からの脱出を目指す中で受容することになる、ワシントン・コンセンサスである。

 1989年に経済学者のジョン・ウィリアムソンが「ワシントン・コンセンサス」と呼んだラテンアメリカ諸国の債務危機に対する米政府、国際通貨基金(IMF)、世界銀行の取り組みは、米国の冷戦勝利で加速したグローバル化を背景に、民主化と市場経済化を両輪として米州全体を自由貿易圏に統合しようとする米主導の動きであった。地域協力を担う「米州機構(OAS)」が民主化促進を、1994年に始まった「米州サミット」が市場統合化を担う手段となった。

 米州機構は、1991年に「民主化コミットメント」を採択し、2001年に「米州民主主義憲章」として結実させる。代議制民主主義を集団安全保障として、社会主義キューバを除く米州34カ国で維持しようとするものだ。地域的孤立や制裁を盾に、民主的秩序を覆す動きを抑制する。

 ハイチの軍政への制裁と民主回復、ペルーのアルベルト・フジモリ政権による議会閉鎖と大統領の独裁化(1992年)に対する再民主化、3選を強行した際の圧力と政権破綻(2000年)は、いずれも米州機構が導いたものだ。

 選挙監視団を派遣し、選挙結果をエンドース(裏付け)する任務も、今日まで米州機構の民主化促進策の柱である。2019年のボリビア大統領選挙におけるエボ・モラレス氏の4選をめぐる不正疑惑においても、辞任に至る決定的役割を監視団が果たした。

中南米の民主主義の強靭性

 しかし、この米主導の民主化促進に挑戦したのが、ベネズエラのウゴ・チャベス政権である。

 米州民主憲章に異を唱え、集団で守るべき代表民主制は格差の大きな中南米社会においては伝統的なエリート民主主義に堕し、国民を排除するという主張である。形式的な民主的制度に留まる陥穽を突いたもので、社会運動などを基盤に直接民主主義や参加民主主義をもって代替する必要があるとした。

 それは、「競争的権威主義」を整える口実に等しかった。チャベスは、「真の民主主義」を求めて軍を動員したフジモリ政権の独裁と破綻に着想を得て、その後、メディアや反対派を抑え、選挙を経て巧妙に独裁化を狙った。

 21世紀のとば口で、経済停滞に対する不満と同時多発テロ後の米国の単独行動主義に対する反発を背景に、ワシントン・コンセンサスに異を唱える左派政権が誕生し、石油など資源価格の高騰により勢いづいた。

 特にキューバと連携し結成された反米の「米州ボリバル同盟」を基に、ボリビア、エクアドル、ニカラグアなどを中心に影響力を増し、民主化促進の地域協力体制は揺らいだ。

 その後、チャベスの死去(2013年)や資源ブームの終了によって反米左派の影響力は低下するが、それでもボリバル同盟の力は残った。

 その象徴が、ベネズエラのチャベス後継体制であるニコラス・マドゥロ政権の人権侵害や正統性をめぐる対応の分裂で、同盟諸国は内政不干渉を盾に、民主憲章の発動による関与に抵抗してきたのである。

 現在の中南米では、2014年以降の資源ブームの終了で再び経済が停滞し、そこに追い打ちをかけるようにコロナ禍が襲い、市民生活には甚大な影響が出ている。民主主義に対する不満が増大し、汚職にまみれた政治家への不信は頂点に達している。その結果、かつてない規模の反政府抗議活動が連鎖的に発生した。

 しかし、2019年のアルゼンチンの選挙、2020年のボリビアのやり直し選挙で見られたように自由公正な選挙が行われ、再び左派に政権が交代している。困難な状況下で、中南米諸国の民主主義は予想以上に強靭性を示してきたというのが実感である。

 世界で民主主義の後退が指摘される中にあって、その維持において、ベネズエラ、キューバ、ニカラグアなど一部を除けば、西欧と北米に次ぐ高いパフォーマンスを中南米は保っている(V-Dem:民主自由主義インデックス2019)。疑いなく、民主化促進を制度的に推進してきたワシントン・コンセンサスの地域的なレガシーである。

 その中で起きた、選挙結果を受け入れない米大統領と連邦議会への襲撃は、まさに米州機構の選挙監視が米国の選挙に必要になるような事態と言えよう。

バイデン新政権が目指す関係の再構築

 自国優先主義を掲げたトランプ氏の政治姿勢は、中南米にも同様の鬼っ子ポピュリストを生み出し、米州の地域協力体制を弱めた。メキシコのオブラドル大統領については冒頭で述べたとおりである。

 最も典型的で民主制度の毀損を厭わず、政府内に軍人の影響力を増大させているのは、「熱帯のトランプ」と呼ばれ、トランプ派を自認するブラジルの右派ジャイール・ボルソナロ大統領だ。

 今回の米大統領選挙の結果についても「不正があった」と公言し、襲撃後も「2022年のブラジル大統領選挙で電子投票システムが用いられるなら、同様のことが起こるだろう」と反乱を正当化する暴言を繰り返している。

 バイデン新大統領は、バラク・オバマ政権時代の副大統領として16度にわたり中南米を訪問し、各国の事情に詳しい。移民や麻薬はじめ米国の国内問題が中南米の開発課題と密接にリンクしていることを認識する、民主党リベラル本流派の伝統を受け継いでいる。

 オバマ政権時代のジョン・ケリー国務長官が「モンロードクトリンの時代は終わった」と演説したように、パートナーシップを基調に米州の多国間協調を前提とした関係の再構築を目指すことになる。

 ベネズエラやキューバ、ニカラグアを「専制のトロイカ」(ジョン・ボルトン米大統領補佐官=当時=)と呼び、時に「棍棒」を振りかざす素振りを見せ、制裁を重点に対応してきた前政権と異なり、米外交への信頼回復の下、他の民主的同盟国との連携強化を通じた関与政策に移行することになろう。

試金石となる今年の米州サミット

 その試金石となる場が今年米国で開催される米州サミットである。1994年にビル・クリントン大統領が呼びかけて制度化されてきた地域ガバナンスの枢要だ。

 パンデミックへの対応、政策の柱としている地球温暖化対策、中国への対応など、議長国として、協力体制の修復に手腕が問われる。何よりも米国を含めた地域的な民主的統治の再確認が問われる。それには、トランプ派を任じたメキシコ、ブラジルとの連携が欠かせない。

 アマゾンの開発、違法な森林伐採に対するEUなどの批判に「植民地主義」と抵抗するボルソナロ政権は、バイデン新政権の環境政策の推進にとって厄介な存在となろう。

 今年は2月7日にエクアドル、4月11日にペルー、11月21日にチリで大統領選挙が行われる。エクアドルではチャベス派のラファエル・コレア前大統領の後継者が勝利するか、ペルーでは大統領の罷免や後継の辞任後の安定が問われる。コロナ禍の生活の不満を背景に左派やポピュリストが政権に就く可能性がある。チリでは抗議活動後の憲法制定議会をめぐる動向が焦点だ。

 各国でコロナ禍の深刻な問題を内包しながらの選挙戦である。いずれも自由公正な選挙が実施されて、より民意が反映され、政権の移譲が行われるかが問われる。伝統的な政党を介した代表制が機能を失い、SNSを中心とする若年層の声をいかに吸収するか代表制をめぐる共通の課題が横たわっている。

日・米・中南米の民主的トライアングル

 日本政府は、中南米が、自由民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といったわが国と基本的価値を共有する地域と認識し、その連携の強化を中南米外交の柱としている。

 折しも、茂木敏光外務大臣は、米連邦議事堂襲撃事件を挟んで、メキシコ、ウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの5カ国を訪問した。

 8日の最終訪問先ブラジルでの記者会見では、「基本的価値を共有するパートナーであり、各国との間で、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化」に向け連携する意向を確認している。

「自由で開かれたインド太平洋」の実現という外交・安全保障の課題において、中南米は極めて重要な位置づけにある。米中の新冷戦の中で、日本と中南米は、米国との同盟関係、中国との経済的関係の大きさという点で共通した課題を抱えている。

改めて、日本、米国、中南米との民主的トライアングルが重要となっている。

遅野井茂雄
筑波大学名誉教授。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より筑波大学大学院教授、人文社会系長、2018年4月より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『試練のフジモリ大統領―現代ペルー危機をどう捉えるか』(日本放送出版協会、共著)、『現代ペルーとフジモリ政権 (アジアを見る眼)』(アジア経済研究所)、『ラテンアメリカ世界を生きる』(新評論、共著)、『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(アジア経済研究所、編著)、『現代アンデス諸国の政治変動』(明石書店、共著)など。

Foresight 2021年1月23日掲載

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