「無戸籍」母子の餓死事件 助けを求めず、塩と水だけで3週間しのぎ

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 大阪府南部、関西国際空港にほど近い高石市で高齢女性の“餓死事件”が起きた。この女性が無戸籍で、同居していた息子にも戸籍はない……。令和の日本社会における“究極の持たざる者”が暮らした風景とは。

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 高石市は、人口5万7千人あまりの小さな町。中心部の通りから細い路地を入ると、こぢんまりとした家が密集している。その一軒で、無戸籍の母子はひっそりと暮らしていたのだが、昨年9月のある日――。

「『宮脇奈々美』と名乗っていた78歳の女性が死亡し、それを49歳の息子が地域の自治会長に報せました」

 と、社会部記者が語る。

「死因は餓死。死後数日が経っていました。息子には知的障害があって説明に要領を得ない部分があるものの、消防や警察には“生活費が底をついた。戸籍がないので、救急車を呼ぶことや市役所への相談はできなかった”と話しています」

 一家がこの家に越してきたのは20年ほど前で、

「女性と内縁の夫、息子の3人暮らしでしたが、2016年に夫が死亡。母子は遺産の数百万円を取り崩して生活していた。昨夏、遺産が底をついて困窮してしまいます。息子が知り合いからもらったそうめんが二人の最後の食事でした」

 そして母親が餓死するまでの3週間は、母子ともに塩と水だけでしのいでいた。

推計1万人

 地域の自治会長によると、

「母子が無戸籍だなんて、近所では誰も知りませんでした。旦那さんが亡くなったときは、お母さんから密葬で済ませたと事後報告があったきり。なぜ亡くなったかも分からないんです」

 それでも“遺産生活”のあいだは近隣との交流はあったようで、

「お母さんが、餅を持ってきてくれたり“おいしくできたか分からんけど、飲んで”と甘酒を分けてくれたりしましたね。昨年8月末、引越しをするというから、箪笥など重い家具を運ぶのを手伝いました。9月に入ると家の電気が点くこともなかったので誰もいないと思っていたら……。一言でも困っていると告げてくれれば、何かしてあげられたかもしれないのに」

 先の記者の話。

「息子が警察に話したところでは、母親は、長崎の五島列島出身で戦災孤児だった可能性があります。だいぶ昔、大阪市内の場外馬券場の窓口で働いていたようですが、無戸籍となった理由は不明。内縁夫は大阪府内で会社勤めをしていたとのこと。でも、籍を入れなかった理由は分かりません」

 社会から“抹消”され、退去したはずの家で雨露をしのごうとした母子。

 民間支援団体「民法772条による無戸籍児家族の会」の井戸まさえ代表は、

「無戸籍の方は日本に1万人いると推計されます。こうした人々は、無戸籍であること自体が罰せられると思い、公的機関に助けを求めることに恐れを感じてしまう。無戸籍であっても、住民票取得も生活保護申請もできますが、手続きがかなり難しい。今回の餓死事件は、助けが必要なのに声を上げられない人が、完全にセーフティネットからこぼれ落ちているという日本の現状を炙り出していると言えます」

 令和の世を迎えても、社会の狭間で苦しむ人々は確実に存在するのである。

週刊新潮 2021年1月14日号掲載

ワイド特集「逆風が強く吹いている」より

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