冬の感染拡大抑止は困難 「緊急事態宣言解除の基準」はハードルが高すぎるという声

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 政府は1月13日、新たに7府県を緊急事態宣言の対象地域に追加した。8日から宣言期間に入った首都圏とあわせて対象地域は11都府県となる。都市部を中心に新規感染者数が増加し医療体制が逼迫しているからだが、感染拡大の勢いが衰えを見せる兆しはない。

 海外に目を転ずると、新型コロナウイルスの変異種の拡大が止まらない。「英国型」は49の国と地域、「南アフリカ型」は19カ国で確認され、ブラジルで発生したとされる新たな変異種も日本で見つかっている(1月13日付日本経済新聞)。いずれも感染力が高いと言われており、感染者急増との関連が指摘されている。接種が始まったワクチンが効かなくなる可能性があり、各国の警戒感は強まるばかりである。

 昨年9月に香港のNPOから「最もコロナ対応が優れている国」と評されたドイツも苦戦を強いられている。ドイツのメルケル首相は12日、「感染力の強い新型コロナウイルス変異種の感染拡大を封じ込めることができなければ、現在の厳しいロックダウンを3月後半まで続ける可能性がある」と警告した。

 変異種の出現に加え、呼吸器感染症に特有の問題もある。低温・乾燥状態の下では、ウイルスが感染力を持つ時間が夏場に比べて格段に長くなる。さらにウイルスが鼻やのどに侵入しても異物を外に出す働きをしている「線毛」の働きが弱くなっていることから、冬期の感染拡大の抑止は難しい。緊急措置宣言の主要な対策は会食や人の往来の制限などだが、このような対策を今後さらに強化したとしても、温度や湿度が上昇する季節になるまで新規感染者数が高止まりする可能性がある。

 西村経済再生担当相は7日の衆議院議院運営委員会で、緊急事態宣言解除の基準に関し、「東京都の新規感染者が1日当たり500人を下回ることが目安になる」との認識を示したが、変異種の出現で今後ウイルスの感染力が飛躍的に高まると懸念される状況下では「ハードルが高すぎる」との声が出始めている。「いつまでたっても緊急事態宣言を解除できない」というジレンマに陥るという最悪のシナリオにもなりかねない。

 日本における新型コロナウイルス対策は、専門家が策定した様々な指標に基づいて実施されているが、メデイアの報道は新規感染者の増減にスポットライトを当てる傾向が強い。感染者数が増えれば、ワイドショーなどに出演するコメンテーターが恐怖を煽るため、視聴者の不安感が自ずと高まる。このことは政権の支持率にも影響することから、知らず知らずのうちに政府のコロナ対策の目標が新規感染者数の減少となってしまっているきらいがある。新規感染者数を減らせば、医療崩壊の原因となっている重症患者数を抑えることができることから、新規感染者数はたしかに重要な指標である。しかしウイルスが市中に広まってしまった現在、昨年前半に世界から注目された日本のクラスター対策による封じ込めは功を奏さなくなりつつある。そもそも「ウイルスの人への感染という自然現象を人間の力でコントロールできるのか」との批判もある。

 コロナとの戦いを戦中の日本と比較する論調が高まっているが、筆者は「戦況の変化にもかかわらず、緒戦の成功体験にこだわりつづけたことが敗戦の要因の一つである」と考えている。新型コロナウイルス感染拡大初期の日本の医療体制は非常に脆弱だったことから、政府に招集された専門家たちは苦肉の策としてクラスター対策を立案した。クラスター対策で感染拡大を抑えている間に日本の医療体制を強化するはずだったが、それが図られてこなかったことは前回のコラムで述べた。しかし戦況が悪化する中で有効な対策を講じるためには「体制を強化することで感染拡大による医療崩壊を防ぐ」という骨太の対策を並行して実施していくことが不可欠である。

 日本の医療崩壊を防ぐために直ちに実行すべきは、専門医や設備が分散している病院間の連携強化である。医療崩壊を防ぐ新たな取り組みとして「松本モデル」に注目が集まりつつある。長野県松本市などの8自治体で「松本医療圏」を構築し、地域内の国立・公立・民間病院が役割分担を行うことで、限られた医療資源を効率的に運用するというものである。保健所の「声かけ」から始まったが、協議が難航したことから、最後は首長のリーダーシップでようやく実現したという経緯がある。「松本モデルは泥縄式の対応では実現できない」との指摘もあるが、日本の医療関係者は今こそ「ノブレス・オブリージュ(責任ある立場にあるリーダーは社会の模範となるように振る舞うべき)」の気概を見せてほしいものである。

 変異種の発生源となった英国からは、朗報も届いている。英国のジョンソン首相は7日の記者会見で、「(大阪大学と中外製薬が開発した)リウマチ治療薬(アクテムラ)が新型コロナウイルス治療に有効だ」と発表したのである。

 在英国際ジャーナリストである木村正人氏の取材に対し、アクテムラの開発者の一人である平野俊夫量子科学技術研究開発機構理事長(前大阪大学総長)氏は「アクテムラの投与により、重症化防止のみならず後遺症の発症を防ぐ効果も十分考えられる」としている。

 医療現場の崩壊の要因は重症患者の治療期間の長期化にある。回復後の後遺症の問題も深刻な社会問題になりつつあるが、アクテムラの投与がこれらの問題の解決に寄与するとすれば、新型コロナウイルスのパンデミックの脅威を大きく減じることになるだろう。

 日本での新型コロナウイルスワクチンの接種開始は2月下旬とされているが、重症化しない治療薬があれば、ワクチンを接種しなくても新型コロナウイルスはありきたりの「はやり風邪」となるのではないか。政府は英国にならい、医療現場に対してアクテムラの使用を一刻も早く通知すべきである。重症患者の治療をコントロールすることができれば、早期に緊急事態宣言を解除できる道が見えてくるのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月18日掲載

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