非常事態宣言は現代版「神頼み」 祈りに飛びついてしまう滑稽さ(古市憲寿)

国内 社会 週刊新潮 2021年1月14日号掲載

  • ブックマーク

 イタリアのポンペイ遺跡では観光客が記念に出土品を持ち帰ってしまうことがある。しかし、その返還が相次いでいるのだという。理由は呪いだ。

 CNNによると、あるカナダ人女性は若い頃に、ポンペイ遺跡からタイルや壺の断片などを盗んだという。帰国後に2度も乳がんを患い、家族も金銭トラブルに見舞われた。これをポンペイの呪いだと考えた女性は、謝罪の手紙と共に出土品を返還することにした。

 ピラミッドを発掘した考古学者が相次いで死亡したという都市伝説もあるが、定期的に古代遺跡の呪いは世の中を騒がせる。その正体には、あるバイアスが関係しているかもしれない。

 昨年末、東京大学などの研究チームが「GoToトラベル利用者の方が、新型コロナウイルス感染症を示唆する症状をより多く経験している」という論文を発表して話題になった。一部のマスコミは「GoToがコロナ再流行の原因だった」と短絡的に報道したが、論文にはきちんと研究の限界も明示されている。

 その一つに思い出しバイアスがあった。新型コロナの症状を持つ人の方が、その原因としてGoToトラベルの利用を思い出しやすいかもしれないというのだ。一般的に、健康な人よりも病気に感染した人の方が、わかりやすい原因を必死に探そうとする傾向がある。

 しかし実際の世の中は、因果関係がわからないものばかりだ。ポンペイ遺跡の出土品を盗んだ女性が乳がんになったのも、遺伝や生活習慣など無数の理由が考えられる。「これだ」という原因の特定は困難だ。

 そんな時に人はわかりやすい答えを探そうとする。本来存在していた複雑な要因を無視して、何かをスケープゴートにする。その意味で、現代社会にも呪いは溢れている。つまり呪いの正体の多くは、わかりやすさを求める人間の弱さに行き着く。

 同様の理由で神頼みも成立する。本当に何かを叶えたいならば、自らの努力はもちろん、時機を見極める勘も必要だ。さらに時代や環境といった自分ではどうすることもできない要素も夢の実現には関わってくる。

 祈りという行為は、その複雑さを全てすっ飛ばしてくれる。「非常事態宣言を出せばコロナは解決」というのも現代版の「神頼み」であり、祈りなのだろう。インテリと称される人までわかりやすい祈りに飛びつく様は滑稽であり、哀しい。それならばまだ、実際の寺社へ行ってお賽銭でも投げてくれていた方が、他人に迷惑はかからないし、少なくとも宗教施設は潤う。もちろん本当に神頼みの効果がある可能性も否定しない。

 ただ感染症対策という面では、そろそろ現金でのお賽銭は廃止して、電子決済を増やして欲しいところだ。「それだと伝統が」とか馬鹿なことを言う人もいるが、元々は稲や農作物など現物を供えていたはず。貨幣経済の浸透は、宗教の長い歴史の中ではごく最近のことである。伝統を重んじる人は、ぜひ米でも野菜でも担いで参拝に行って欲しい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。