人間は「合理的」に行動して失敗する――菊澤研宗(慶應義塾大学商学部教授)【佐藤優の頂上対決】

佐藤優 佐藤優の頂上対決 ビジネス 週刊新潮 2020年12月31日・2021年1月7日号掲載

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 このコロナ禍にあって、企業の多くは日本的経営から脱却し、生産性を上げるべく世界標準の経営を取り入れようとしている。しかし効率を追求するだけでは、思わぬ落とし穴に陥ることがある。大東亜戦争における日本軍の失敗を斬新な手法で分析した経営学者による日本型組織の再評価論。

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佐藤 菊澤先生のお書きになった『組織の不条理』を、いまも同志社大学の三つの講座で使わせていただいています。

菊澤 20年以上前の本ですのに、たいへんありがとうございます。

佐藤 大東亜戦争における日本軍の失敗をまったく新しい視点から分析されていて、学生たちが物事を考えるにあたり、非常にいい訓練になっています。あの本は先生が防衛大学校の教授時代にお書きになったのですよね。

菊澤 そうです。私の専門は経営学ですが、防大では民間の学問だとして、役に立たないという批判がものすごくあったんですね。それに対し、経営学でも企業組織論でも、応用すればいろいろなことが分析できて、防大でも役に立つということを示したかったんです。

佐藤 将校、特に情報将校には、この本が絶対に必要です。「人間は合理的に行動して失敗する」という、この本のテーマを押さえておかないといけない。

菊澤 私はそれを「不条理」と呼んでいますが、企業だけでなく、あらゆる組織で起こり得ることです。

佐藤 日本軍の失敗については、防大の教授陣らがまとめた『失敗の本質』という古典があります。それを根底から覆すような切り口でした。

菊澤 もちろんその本は私も納得できる名著ですが、合理的なアメリカ軍組織に対して非合理な日本軍組織という構図で見ているんですね。これは一般にも広く共有されている認識ではないかと思います。

佐藤 日本軍は非合理だし、飛行機に竹槍で向かうような精神主義だとよく強調されます。

菊澤 そういう一面もあるでしょうが、私は1990年代に研究が進んだ企業理論や組織論を援用して、大東亜戦争における日本軍は、合理的に行動して失敗した、と分析したわけです。

佐藤 「限定合理性」ですね。

菊澤 はい。従来の経済学では、すべての人間を完全合理的と考えて、利益を最大化するように行動すると仮定してきました。完全合理的な人間は、あらゆる情報を収集し、正しく判断して、利益を最大化する。そこでは個人で何もかもできますから、あえて組織を形成する必要もありません。

佐藤 しかしながら、実際にはそんな人間はいない。

菊澤 ですから組織を作るわけです。そして組織の経済学と呼ばれる新しい経済学では、すべての人間は完全合理的でも完全に非合理的でもなく、限られた情報の中で合理的に行動する、と考えるところから出発します。これを「限定合理性」と呼びます。

佐藤 そこからさまざまな組織を見ていくと、問題の在り処がまったく違って見えてきたわけですね。

菊澤 ガダルカナル戦では近代兵器を装備した米軍に対して、日本軍は銃剣で肉弾突撃します。しかも1度ではなく、3度も繰り返しました。

佐藤 無謀な戦術として必ず引き合いに出されます。また小規模戦力を逐次投入したことによる失敗の代名詞にもなっている。

菊澤 けれども「限定合理性」の観点からは合理的なのです。まず、白兵突撃戦術は、日露戦争後、日本のデファクトスタンダードでした。白兵戦は、日本のような資源の乏しい国に適合し、日本陸軍ではその戦術を多大なコストをかけて洗練させてきました。この戦術を推進すればするほど、日本陸軍は効果的に資源を蓄積できたわけです。

佐藤 組織構成としても歩兵が中核を担っていましたね。

菊澤 その通りで、もし白兵戦術を変更するなら組織も改変する必要があります。それには多大なコストがかかります。

佐藤 また白兵戦には成功体験もありました。

菊澤 満洲事変や日中戦争、香港攻略作戦などでも、ある程度効果的でした。また、そこで功績をあげた部隊を高く評価してきた経緯もあります。戦術を変更すれば、こうした歴史を否定することになり、士気にも関わってくる。ですから微かに勝利の可能性があれば、戦術として効果的でないとわかっていても、簡単に変えられないのです。つまり、白兵戦術を繰り返すことが合理的な選択だったのです。

佐藤 変革するよりもしないほうが組織にとってメリットがあった。

菊澤 その通りです。変革より現状を維持するコストが低ければ、それを選ぶことが合理的になります。

不正を維持する構造

佐藤 非常によくわかります。霞が関でも日々同じようなことが起きています。昨年、経済産業省と文部科学省のキャリア官僚が相次いで覚醒剤で逮捕されたことがありました。

菊澤 記憶にあります。

佐藤 覚醒剤を使っていたら、普通は周囲にわかります。急に態度が変わったり、書類の書き方がおかしくなるということがあったはずです。文科省の場合は、当人の机の引き出しから見つかっていますから、役所でも使っていた可能性が高い。

菊澤 そうでしょうね。

佐藤 とくに上司はわかっていたでしょう。でも課長などはだいたい2年で異動します。だからあと1年、穏便にすませられれば次の人にバトンタッチできる。となれば、問題にするメリットがありません。在任中に発覚すれば監督責任を問われて自分にもきつい処分が出ますし、出世にも差し障ります。でも次の人に引き継いでしまえば「気がつかなかった」ですみます。その責任の方が軽いし、どこかでその部下が辞めてくれれば、なかったことになる。

菊澤 合理的に考えて、見て見ぬふりをするわけですね。

佐藤 周囲も同じで、彼がおかしいことを報告すると、事情聴取されたり、周りから白い目で見られたりする。だから放っておくという選択になります。

菊澤 組織の経済学の一つに「取引コスト」論があります。人間は限定合理的ですから、相手の不備に付け込んで自己的利益を追求するものと捉えられる。すると取引において、相互に騙されないように駆け引きが展開され、それによって無駄な取引コストが発生します。それは、会計上には表れない見えないコストです。このコストの存在を認識すると、たとえ現状が不正であっても変革するには多くの人々を説得する必要があり、多大な取引コストが発生するのが分かります。この場合、不正な現状を維持する方が合理的になるのです。不条理は、こうしたプロセスの中から生まれてきます。

佐藤 また役所の世界には「うまくやれ」という指示があります。それが成功した場合は「指示通りよくやった」と評価され、たいていはその成果を7対3くらいで上司が持っていってしまいます。一方、失敗した場合は、「うまくやれと指示したじゃないか、どうして指示通りやらないんだ」と、全責任を押しつけられる。

菊澤 興味深い慣習ですね(笑)。

佐藤 私にも経験があって、ソ連崩壊後のモスクワに、自民党の代表団が来ることになったんです。その際、大使から「休暇をとって、彼らを自発的にアテンド(世話)してくれ」と言われたんですよ。

菊澤 それは怖い。

佐藤 その少し前、私はソ連共産党の秘密文書庫で、日本の社会党や共産党にお金が流れているという資料を見つけて報告したことがありました。これに自民党が非常に興味を持ったのでやってきた。でも公務員の中立性に関わるから「組織としては対応できない」、それで「休んでやってくれ」ということなんですね。

菊澤 なるほど。そこはきちんとしている。

佐藤 それで直属の上司に相談したら「それは筋が悪いから私に相談しないでくれ」と言われ、その上の上司に相談したら「絶対引き受けたらダメ。国会で問題になったら呼び出されるわよ」と言われたのですが、1日おいて「やってみたら」と豹変しました。「バレたらどうするんですか」と聞くと「あんた、バレるような下手打つの? うまくやるのよ、うまく」と。その上司、男性ですが、何か大変なことがあると、オネエ言葉になるんですよ。

菊澤 それで結局、引き受けたのですか。

佐藤 ええ。いろいろ資料を見つけ出しました。そうしたら今度は社会党が代表団を送ってくることになった。そこで私は「お前、逃げていろ」と指示され、しばらく大使館に行きませんでした。もっともこの話は、自社さきがけ政権が誕生して両者の関係が良好になったので、永久にお蔵入りになりました。

菊澤 問題にならなくてよかったですね。この「うまくやれ」のような曖昧な言葉は、インパール作戦にもあります。攻撃的防衛を主張するビルマ方面軍からインパール作戦を上申された大本営は、「作戦実施準備指令」という命令を発令しました。それは、実行するかもしれないし、中止かもしれない、「よく考えて行動しろ」という曖昧な命令です。攻撃は必要だが、地形的な要因から前線の兵士に武器や食料の補給ができないことは、大本営にもわかっていましたから。

佐藤 明らかに無謀な作戦ですからね。

菊澤 ところが戦況が悪化すると、司令官の個人的な野心もあって、この曖昧な命令は「作戦を実行せよ」という意味として勝手に解釈され、作戦が実行に移されます。これは限定合理性と曖昧な命令が結びついて生まれた不条理です。

佐藤 実行に移す際、反対する師団長が次々と更迭されましたね。

菊澤 これも理論があって「アドバース・セレクション」(逆淘汰)という現象です。限定合理性のもとでは、例えば、良心的な経営者が、不況で特定の従業員をクビにするのは忍びないので早期退職制度を採用すると、有能な人は合理的に退職し、無能な人だけが残ることになる。インパール作戦も補給困難を主張して司令官と対立した有能な理性的な人たちは去り、無理な作戦に従う非理性的な者だけが残りました。

佐藤 おもしろいですね。そうした観点から、日本軍を語る人はいなかったと思います。

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