2021年原油価格:「海図のない航海」はどこへ向かうのか(前編)

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 2020年3月の「石油価格戦争」および「新型コロナウイルス」パンデミックにより「海図のない航海」へ漕ぎ出すことを余儀なくされた原油市場は、2021年どこへ向かうのだろうか?

『新潮社フォーサイト』掲載連続7年目になる年頭原油価格展望だが、今回は通奏低音のように、市場に静かな、だが大きな影響を与えているいくつかの「地殻変動」についても考えてみたい。

 ここで言う「地殻変動」とは、「2050年温暖化ガス排出ネットゼロ」(2050年排出ネットゼロ)に代表される気候変動対応の「エネルギー移行」であり、今では「いつ?」が焦点の「石油需要ピーク」であり、そして人間でいえば「還暦」を迎えた「OPEC」(石油輸出国機構)の存在意義である。

 どこまで読者の期待に応えられるかは疑問だが、今回はこれらの問題を含めて2021年の原油市場・原油価格の動向を考察してみよう。

 少々、長文となるがお付き合い願いたい。

 まずは、振り返りだ。

 2020年の筆者予測は「想定外」の大事件「コロナ」により、3月以降ほぼ意味をなさないものになってしまった。

 そもそも予測というものは、英大手国際石油「BP」の『長期エネルギー予測2020年版』(BP Energy Outlook 2020 edition)でも言及されているように、「未来はこうなる」と指し示すものではない。将来遭遇するだろう不確実要因を、あらかじめより広く、より深く理解するためのものだ。この準備作業を行っておくことにより、変化が生じ、戦略変更を迫られた時に、より的確な対応が可能になる。

 確かに筆者の2020年予測は「コロナ」に吹き飛ばされてしまった。だが、指摘した不確実要因のいくつかは、今もなお根強く残っている。

 ちなみに、筆者は結論として次のように書いている。

〈2020年の原油市場は総じて「不確実性」に満ちたものになりそうだ〉

〈このような中で2020年の原油価格の推移を予想するのは至難の業だ。

 だが筆者は大胆に、2014年末の価格大暴落から数年を経て、石油業界は新しい秩序のもとに未来の展望を探る段階に入ったと判断している。

 すなわち、「WTI価格50~65ドル」が「ニューノーマル」となって定着した、と見る。

 問題は、本稿で述べた数多くの不確実要因に加え、列挙した地政学リスクが、いつ、どのように噴出し、石油業界各社の経営判断にどのような影響を与えるか、だろう。

 結論を言えば、おそらく2020年は需要増の減速が供給増の減速を上回り、基調として供給過剰が続き、「WTI価格50~65ドル」を「ニューノーマル」とし、「上値は重く、さらなる下押しのリスクが高い」展開となるのではなかろうか〉(2020年1月3日『2020年原油価格:新しい秩序で「ニューノーマル」の時代に』

 では、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)が2020年12月24日に掲げたWTI(West Texas Intermediate)原油の価格推移グラフ(図―1)を見ながら、2020年の動きを振り返ってみよう。

 まず新年早々、イラン革命防衛隊カセム・ソレイマニ司令官が米軍のドローン攻撃により殺害されるという事件が起きた。イランはすぐにイラク領内米軍基地にロケット弾を撃ちこみ、報復した。ついに米イ直接軍事対決か、と懸念されたが、直後に、イラン軍が170人以上の乗員乗客を乗せたウクライナ旅客機を誤認撃墜するという事件が起こり、中東情勢はさらなる混迷の様相を見せた。

 油価は、これら中東における「事件」に反応し一時的に高騰した。だが、基調として供給過剰が続いていたため、年初バレルあたり60ドル以上だったが2月下旬には50ドルを割り込む展開となった(価格はすべて「NYMEX」=New York Mercantile=WTI期近月終値、以下同)。

 そして3月5日の「OPEC」総会の結果を踏まえて行われた翌6日の「OPECプラス」会合でサウジアラビア(サウジ)とロシアの協議が不調に終わり、2017年1月から続いていた「協調減産」は崩壊、怒ったサウジが翌々7日に「石油価格戦争」をしかけるという暴挙に出た。

 一方、「WHO」(国際保健機関)は3月11日に「コロナ」パンデミック宣言をした。各国は感染拡大を抑え込むべく「ロックダウン」してヒト・モノの動きを止めざるを得なくなった(新規感染者数累計は、2020年3月11日時点12万6702人=『朝日新聞デジタル』「新型コロナウイルス感染 世界の1年」より、以下同)。

「石油価格戦争」だけなら「さらなる下押しのリスク」が発生しただけだったと言える。

 だが、「コロナ」は世界経済を、ひいては石油需要を崩壊させてしまった。どこまで落ち込むのか、まったく底が見えない展開となってしまったのだ。

 1859年のドレーク「大佐」による商業生産開始から約160年、これまで前例のない事態だ。筆者が「海図のない航海」に漕ぎ出したと評した所以である。

史上初めてのマイナス価格

 油価暴落は甚だしかった。

「OPEC」総会前日の3月4日時点では46.78ドルだったが、週が明けた3月9日には31.13ドルにまで落ち込み、さらに30ドルも割り込み、3月31日には20.48ドルで引ける展開となってしまったのだ。

 そしてようやく4月初旬、「G20」(主要20カ国・地域)エネルギー相会合による支持を得て、「OPECプラス」は歴史的な970万BD(バレル/日)の協調減産に合意した(基準は「2018年10月生産実績」。ただし、サウジとロシアは「みなし」の各1100万BD)。

 しかし、これで「歯止め」がかかるだろうとの期待にも拘わらず、協調減産は5月1日まで始まらず、目の前の市場にはサウジの大増産により原油が溢れかえっていた。市場参加者のあいだでは、このままでは陸上タンクも備蓄用タンカーも満杯になるのでは、との懸念が広まった。原油生産システム崩壊につながりかねない事態だ。

 結果、4月20日「NYMEX」としては史上初めてのマイナス価格での取引が行われた。

 なお、「マイナス価格」での取引は、現物市場ではときおり見られる現象である(たとえば『岩瀬昇のエネルギーブログ』2016年1月21日『#134北ダコタ州:金を払うから原油を引き取ってくれ』参照)。

 前営業日の4月17日(金)は18.26ドルだったものが、5月受渡契約の最終取引日前日4月20日(月)にはマイナス37.63ドル、すなわち前日比マイナス55.89ドルという大暴落を見せ、石油市場のみならず全世界に大きな衝撃を与えた。関係者の中には「石油市場のブラックマンデー」だと言う人もいた。

 だが、同日「ICE」(Intercontinental Exchange)のブレント原油終値は25.57ドルだったこと、「NYMEX」WTIも5月受渡契約最終取引日である翌4月21日には10.01ドルに戻ったことを考えると、4月20日のマイナス価格出現は「素人がプロにスクイーズされた」という一過性の「事件」だったと考えられる。

 その後、4月末までは10ドル台で推移したが、5月1日以降「協調減産」が順調に実行されたことから回復基調に戻り、5月末は35.49ドル、6月末39.27ドル、そして7月末40.27ドルとなった(新規感染者数累計は7月31日時点1759万801人)。

 8月1日から「協調減産」は770万BDに200万BD緩和されたものの「コロナ」収束への期待から上昇し、8月末には42.51ドルにまで戻ってきた。

 だが9月に入ると「コロナ」再燃の懸念が強まり、横ばいから弱含みに転じ、9月末40.22ドル、10月末35.79ドルの展開となった(10月31日現時点4611万3465人)。

 11月を迎えると、12月初旬の「OPECプラス」で、2021年1月1日から予定していた580万BDへの減産緩和(190万BD増産)を3カ月ほど先延ばしするのではとの推測が流れ、一方で「コロナワクチン」の生産・供給開始への期待が高まってきた。これらが景気・需要回復をもたらすとの読みとなって相場を押し上げ、11月末には45.34ドルとなり、12月18日には49.10ドルまで上昇したが、「新型コロナウイルス変異種発生」とのニュースから若干下押しし、クリスマス休暇入り前の12月23日には48.23ドルとなっている(12月23日時点7870万4434人)。

 つまり2020年の油価は、3月中旬以降「コロナ」に完全に支配されていたと言える。

 以下、場合によって「2020年3月中旬」を「危機」と表記する。

 また、筆者は昨年初頭、2014年末の暴落以後数年という歳月をかけて、業界は「WTI 50~65ドル」を「ニューノーマル」とする時代に突入したと判断していたが、逆にこの価格水準が「重い天井」となっているように見える展開だった。

 同時に、今春の油価大暴落により関連企業が多数倒産するなどシェール業界が大打撃を被った事実が示しているように、近年の米シェールオイル増産は、実は「OPECプラス」の「協調減産」による高油価に支えられていたものだったという「不都合な真実」を明らかにした1年でもあった。

「2050年排出ネットゼロ」問題

 さて、では2021年の原油市場および原油価格はどのような展開を見せるのであろうか。

 カギを握っているのは、やはり「コロナ」の行方だろう。

 いつ、どのよう形で収束し、世界景気が、ひいては石油需要が回復するのか?

 ワクチンおよび有効な治療法が開発・実用化され、世界中の人々が従前同様、気楽に海外旅行できる日はいつ来るのか?

 だが「コロナ」のみならず、本稿冒頭で言及したいくつかの「地殻変動」が静かに胎動していることも忘れてはならないだろう。

 まずはこれらの「地殻変動」、すなわち「エネルギー移行」を促進する「2050年排出ネットゼロ」問題と、その結果まちがいなく到来する「石油需要ピーク」、そして2020年に「還暦」を迎えた「OPEC」の存在意義について考えてみよう。

 その上で、大きな歴史的文脈の中に「2021年の原油市場・原油価格」の動向を位置付けてみたい。

 最初は「2050年排出ネットゼロ」問題である。

 欧州で「コロナ」パンデミックが再燃している2020年12月12日、「パリ協定」採択5周年を記念する国連オンライン会合が開催された。2015年の「パリ協定」合意に基づき、各国は今年11月開催予定だった「第26回気候変動枠組み条約締約国会議」(COP26)の場で温暖化ガス排出削減目標の上積み宣誓をすることになっていた。だが「コロナ」の影響で1年延期を余儀なくされたため、国連、フランスおよび「COP26」の議長国・英国が主導し、各国首脳も数多く参加して当該オンライン会合が開催されたのだ。

 冒頭、アントニオ・グテレス国連事務総長は、

「今の各国の取り組みでは『パリ協定』が目指している産業革命前対比最大1.5℃の気温上昇に留めることは不可能で、3℃上昇するリスクがある」

 と警告を発した。

 一方、これまでCO2排出量を「2030年までに2013年対比26%削減」としていた日本の菅義偉首相は「2050年排出ネットゼロ(カーボンニュートラル)」を、また「2030年までに2005年対比GDPあたり排出60~65%削減」としていた中国の習近平主席は、削減目標を「65%以上とする」旨の表明を行った。

 なお中国は、9月の国連総会(オンライン)で「2060年排出ネットゼロ」を宣言している。

 先行する欧州諸国に続いて中国および日本が「排出ネットゼロ」を宣誓する一方、「パリ協定」を脱退した米国では、2021年1月20日にジョー・バイデン大統領が就任予定だ。選挙戦の最中「パリ協定」復帰を謳っていたこともあり、バイデン政権は「コロナ」対応とともに気候変動対策を政策の中核に据えるものとみられている。さらに「公約」としていた「2035年電源燃料脱炭素化」および「2050年排出ネットゼロ」も具体的政策として打ち出してくるだろう。

 かくて米国が「2050年排出ネットゼロ」を正式に宣言すると、世界全体の約3分の2のCO2を排出している国々が足並みを揃えて「脱炭素社会」へと政策の舵を大きく切ることになる。

 この流れは変わることはないだろう。

 一方、ボリス・ジョンソン首相が「グリーン産業革命」を謳っている英国は、2020年12月「Powering our net zero future」と題する『エネルギー白書(Energy White Paper)』を発表した。ガソリンや軽油を燃料とする乗用車・バンなどを2030年までに、ハイブリッド車は2035年までに段階的に新車販売を禁止する、また天然ガスを主燃料としている家庭暖房・熱源用ボイラーの新規販売は2033年までに禁止する等の具体的方策が目立つが、エネルギー消費の半分以上を「電力」に移行することで「2050年排出ネットゼロ」を実現しようというものだ。

 なお、『エネルギー白書』は170ページもの分厚いものなので、読者の皆さんには英国政府がホームページに発表している「Government sets out plans for clean energy system and green jobs boom to build back greener 」と題する声明文を参照されるのが便利だろう。

「在来型」石油ガス開発への投資が滞るのは確実

 改めて言うまでもなく、本稿の目的は「2021年の原油市場・原油価格展望」だ。したがって、「2050年排出ネットゼロ」問題についてこれ以上の言及は省く。

 だが、菅首相が国の内外に宣誓していることでもあり、我が国の「2050年排出ネットゼロ」問題を考える一助として、英国『エネルギー白書』に掲載されている「2050年英国最終エネルギー消費グラフ」を紹介しておこう。

 不確実要因がまだたくさん残されているのでこのとおりになるかどうか不確かだが、このグラフはありうる姿の1つとして示されている。

 このグラフでは、「石油」「天然ガス」「石炭」「原子力」「水力を含む再エネ」等、自然界に存在する「一次エネルギー」と、「一次エネルギー」を使用しやすいものに変換した「電力」のような「二次エネルギー」を混在して表記しているので、留意して読み解く必要がある。

 ちなみに、「ガソリン」も「二次エネルギー」である。

 また、「水素」は単体では自然界には存在しておらず、たとえば「水」(H2O)のように他元素との化合物として大量に存在している。したがって「水」の電気分解など、他の化合物から取り出す必要があるが、その後の使用形態としては「一次エネルギー」に近いため、いわば「1.5次エネルギー」だと言える。現在は、ほとんどが天然ガスなどの化石燃料から製造している。

 これらを理解した上で当該グラフを眺めてみると、まず2050年の消費エネルギー総量が2019年対比30%強減少していることが分かる。エネルギーの効率的消費により、絶対消費量を減らすことが「脱炭素化」の第一歩なのだ。

「電力」は、2019年対比2倍以上に増えている。「二次エネルギー」である「電力」がエネルギー消費の中核をなしているのは、「洋上風力」「太陽光」「原子力」などの非炭素「一次エネルギー」を主要電源燃料として発電し、光源、熱源あるいは輸送燃料として消費することにより「2050年排出ネットゼロ」を実現するためだ。

 また、「CCUS」(CO2回収使用貯蔵)を併用した「天然ガス」や「水素」も非炭素電源燃料となっているものと思われるが、このグラフからは読み取れない。

 一方、「石油」と「天然ガス」は約80%落ち込んでいる。大幅に減少するが「ゼロ」にならないのは、石油化学等、「電力」では代替できない分野があるためと思われる。

 当該グラフ上「水素」は、「CCUS」を併用して天然ガスから製造した「クリーン水素」を熱源あるいは自動車用燃料として使用するものを示している。

 このように、非化石(非炭素)燃料を最大限使用し、必要最小限の化石燃料は「CCUS」を併用することで使用、もって「2050年排出ネットゼロ」を実現する、というのが大まかな目標となっている。

 もし、英国のこのような動きが世界的動向だとすると、探鉱を手がけてから生産開始まで10年、その後生産期間が20~40年と言われる「在来型」の石油ガス開発への投資が滞るのは確実だ。

 その動向が原油市場にどのような影響を与えるのか、考える必要がある。

 これが2021年の原油市場・原油価格に影響を与えかねない「2050年排出ネットゼロ」問題である。

「サウジアラビア ビジョン2030」の成否

 では、次に「石油需要ピーク」の問題を考えてみよう。

 2020年2月、「BP」の新CEO(最高経営責任者)に就任したバーナード・ルーニーは、企業「BP」として「2050年排出ネットゼロ」を目指す、と宣言した。さらに8月には、事業の中核である石油ガスの生産量を40%削減し、2019年の260万BOED(石油換算1日当たりバレル)から2030年には150万BOEDにする、「国際大手石油企業(International Oil Company)」から「統合エネルギー企業(Integrated Energy Company)」に変身するとの新経営方針を発表した。

 そして9月に恒例の年次『長期エネルギー展望2020年版』(Energy Outlook 2020 edition)を公表し、世界全体の石油需要は遅くとも2025年ごろにはピークを迎える、シナリオによっては2019年がピークだったかもしれない、とした。

 この「BP」の「長期予測」に代表されるように、「石油需要ピーク」については、現状では「到来しない」と見る向きは少ない。「確実に到来する」が、それが「いつか」について議論が分かれている、というのが実態だ。

「BP」は、実は2019年に到来していたのかもしれないし(「急速発展」および「ネットゼロ」シナリオ)、遅くとも2025年ごろには到来するだろう(「現状維持」シナリオ)、としている(2020年10月18日『「OPEC」「IEA」と「BP」将来展望「大相違」の留意点』)。

 一方、米大手国際石油「エクソンモービル」(エクソン)は、2020年1月28日に発表した「『2020年エネルギーと炭素概況』」(2020 Energy and Carbon Summary)の中で、「2040年までのエネルギー長期予測」は2019年版と同じで、エネルギー需要全体は2040年までに20%増加し、石油需要だけを取ってみると、2040年まで年平均0.6%で増加すると見ている。

 当該報告書発表から10カ月後の11月末、2020年第4四半期決算で200億ドルもの減損を計上すると発表した時点でも、石油ガスは依然として利益を生む事業だと判断し、現行400万BOEDの石油ガス生産量を2025年までに500万BOEDに増産する計画は変えていないのも興味深い(『FT』2020年12月1日「ExxonMobil slashes capex and will write off up to $20bn in assets」)。

 総じて言えば、「2050年排出ネットゼロ」を追求する大手国際石油が多い欧州に対し、米国大手はきわめて慎重な対応をしている。

 欧州系では「BP」のみならず、すでに英蘭「ロイヤル・ダッチ・シェル」、仏「トタル」、西「レプソール」、諾「エクイノール」などが「2050年排出ネットゼロ」を宣言している。

 一方、米系は「エクソン」のみならず「シェブロン」などもまだ宣言していない。気候変動問題の重要性は認知しているが、対策としては「炭素強度」(Carbon Intensity=単位あたりの炭素排出量)引き下げを行う、としているだけだ。

 だが「エクソン」は、例年1月に発表している「長期予測」を2020年は発表せず、「気候変動」問題への対応に重点を置いた「2020年エネルギーと炭素概況」を発表していること、当該報告書発表後に「コロナ」パンデミックによる需要崩壊が起こっていること、さらに「2050年排出ネットゼロ」を謳うジョー・バイデン大統領が就任することなどを考慮すると、2021年1月に発表されると思われる次の「長期予測」では、「需要ピーク」を織り込んだものになる可能性がある。

「エクソン」が次の一歩を踏み出すと「シェブロン」等の米大手石油も追随する可能性が高いため、要注視である。

 一方、サウジアラビア等の低コスト埋蔵量を誇る産油国は、「需要ピーク」となっても「ゼロ」になるわけではない、最後に笑うのは自分たちだ、と認識しているようだ。

 だが、「BP」調査部門トップのスペンサー・デールも指摘しているように、単純な生産コストのみならず、国家を維持するために必要な「社会コスト」を含めた総生産コストで競争できるかどうかが重要だ(「社会コスト」については2018年1月23日『「欠乏から余剰」の原油価格を左右する「需要ピーク」と「社会コスト」』参照)。

 その意味でも、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)皇太子が掲げた「脱石油経済」を目指す「サウジアラビア ビジョン2030」(ビジョン2030)の成否はきわめて重要だと思われる。

 このように、いつか近い将来「石油需要ピーク」を迎えるという認識も石油開発会社の投資判断に影響を与え、ひいては目先の原油市場・原油価格の動きに大きな影響を与える「地殻変動」なのだ。

「いつ」起こるか「需要ピーク」

 最後に、2020年9月に「還暦」を迎えた「OPEC」の存在意義について考えてみたい。

 1960年に発足した「OPEC」は、「OPEC憲章(Statute 2012)において、その目的を「産油国、消費国および投資者の利害」を考慮した「加盟各国の石油政策の調整と統一」と「市場の安定化」だとしている(第2条)。

 そしてすべての重要事項は「全会一致」で合意されるものとしており(第11条)、合意違反行為に対する罰則規定はない。つまり「OPEC」は、加盟国が自主的に合意を実行する前提の「紳士協定」そのものなのである。

 国際組織に参加する各国にとって、「強制力」を伴う「罰則条項」を含んだ協定に合意することは容易なことではない。違反行為が生じ「罰則条項」を発動させることは加盟国間の「紛争」につながりかねず、当該国際組織の存在意義そのものが失われるからだ。

「パリ協定」がほぼ全世界の国・地域の参加を可能にしたのは、各国・地域が自主的に宣誓するという仕組み、対内的にはコミットメントであっても対外的にはコミットメントではないという妙案を考え出した「外交」手腕だった。

 さて、「セブンシスターズ」に代表される大手国際石油から石油の「支配権」を取り戻そうと結成された「OPEC」は、これまで60年の歴史の中で加盟国の増減や市場に対する影響力の強弱など、多くのことを経験してきている。

 だが一貫しているのは、発足直後から最大の産油国となったサウジが絶えず「余剰生産能力」(Spare Capacity)を保持し、需給バランスを調整する努力を払ってきた、という事実である。

「余剰生産能力」とは、まさに「余剰」な「能力」だ。株主から見れば、大事な資金を、利益を生まない設備に過剰に投じ、いたずらに寝かせていることになる。この「能力」は使用しないかぎり、利益を生むことはない。だから普通の私企業では、「資金効率が悪い」として極力さける方策だ。株主から見れば「経営判断の誤り」とも言えるものである。

 だがサウジ国家という最大の「株主」にとっては、かつて「ミスターOPEC」と称された当時の石油大臣ザキ・ヤマニが「オイルショック」のあと主張していたように、「100年後も石油がエネルギーの主役であること」が最大の利益、国益なのである。

 なぜなら、1970年代の2度の「オイルショック」は、油価の高騰を招き「石油離れ」を促進したからだ。故に、サウジにとって「石油が使われなくなること」が最大のリスクだと強く認識していたのである。 

 ヤマニの「石器時代は石器がなくなったから終わったのではない」という名言も、論拠は同じだ。石油も、枯渇する前に役割を失うかもしれない、とヤマニは危惧していたのだ。

 つまり、世界のどこかで戦争や内乱などの社会的混乱が生じ、石油供給に阻害が発生して油価が高騰したとき、増産して市場に供給し、冷やすことができる「能力」を保持する必要がサウジにはあるということだ。

 この「能力」は他の目的にも使える。

「紳士協定」であることにつけこんで「合意」を遵守しない「OPEC」他産油国を、大増産、油価下落、結果として収入大幅減、という方策により「懲らしめる」能力にもなるのだ。

 実際、1986年の「逆オイルショック」は、サウジの「懲らしめ」の結果発生したのだった。

 そして2020年3月、対等のパートナーとは認識していないロシアの「反逆」に怒ったサウジが「石油価格戦争」を仕掛け、1230万BDへの大増産と同時に生産能力を1300万BDに増強する、と発表したことも「懲らしめ」を意図したものだった。

 だが、結局「自分の首を絞める」ことに終わったことは読者の皆さんもご存じの通りだ。

 これまではヨシとしよう。

 なぜなら、石油はいつかなくなるもの、だったからだ。

 だが「シェール革命」が様相を変えた。

 そして「2050年排出ネットゼロ」に代表される気候変動との戦い、すなわち「エネルギー移行」である。

 かつての「ピークオイル論」とは、供給が近い将来ピークを迎えるという理論だった。

 だが今は、需要が先にピークを迎えるとの認識に変わっている。

「需要ピーク」は、起こるか起こらないかではなく、「いつ」起こるか、なのだ。

 間違いなく「欠乏」から「余剰」の時代になったのだ。

「余剰」の時代に、余剰生産能力は意味をもつのだろうか。

 余剰生産能力を持つことによって「市場の安定化」機能を果たしてきた「OPEC」に、存在意義があるのだろうか。

 そして「OPEC」内に生まれた亀裂は、修復可能だろうか。

 いくつもの疑問が浮かび上がってくる。

 さて、先に行こう。

 本題だ。(後編につづく)

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。

Foresight 2021年1月6日掲載

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