Go To トラベルで儲かるのは大手だけ、不正の実態を「山谷宿泊所」のオーナーが証言

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安宿はクーポンの対象外

 山谷の宿泊所のオーナーが指摘した「Go To」の不備。しかし、このオーナーの憤りは目下、別のところにも向けられている。

 山谷に建ち並ぶ宿泊所は現在、約140軒に上る。このうち9割は生活保護受給者を対象にしているが、残り1割は前述のオーナーが経営する宿泊所のように、外国人を含む一般の観光客を受け入れている。1泊の価格は前者が1700〜2200円なのに対し、後者は2500円程度と少し割高になる。

 前述のオーナーの宿泊所は1泊2500円なので、1泊の場合に発行されるクーポン券は375円になる(宿泊日数に比例する)。前述の通り、クーポン券は1000円の1種類で、旅行代金の15%が500円未満の場合、四捨五入されて1000円に達しないため、配布されない。

 つまり、山谷や大阪の西成、横浜の寿に建ち並ぶ簡易宿泊所、あるいはカプセルホテルなどの低額宿泊所は、大手旅行サイトと連携し、航空券などの交通費を“上積み”しない限り、最初からクーポンの対象になっていないのだ。

 観光庁の「Go To」事業担当者は、この点についてこう説明している。

「クーポン券の最小単位を500円にすると、1000円の倍、印刷代がかかります。利用客の財布も厚くなる上、取り扱い店舗にとっても枚数がかさばる。またこの手の地域振興クーポンの単位は前例で1000円が多かったことなど、色々な状況を勘案しながら、Go To事業で配布するクーポンも1000円にしました。それによって発行できない宿泊所が出てくるのは承知の上でした」

 たとえば、このオーナーの宿泊所(1泊2500円)と、全国にフランチャイズ展開している大手ビジネスホテル(1泊3500円)を比較してみる。前者はクーポン発行の対象外であるため、「Go To」事業下では、35%割引が適用されて1泊1625円になる。ところが後者は割引後の宿泊料金2275円に、1000円のクーポン券がつくため、実質の宿泊料金は「2275−1000=1275円」で、旅行者にとっても前者より得した気分になる。元から国の事業に制度設計上見放されている山谷の宿泊所は、こうした実質宿泊料金の“マジック”により、旅行者からも敬遠されてしまうのだ。

 前述の宿泊所のオーナーはこう嘆く。

「低額の宿泊施設が対象外にされるのはやはり不公平ですよね。財布が厚くなるとかいう理由は屁理屈にしか聞こえないし、電子クーポンにするなど色々やり方はあったと思います。クーポン発行を考えて、宿泊所の料金を引き上げたこともありましたが、全く予約が入らなかった。料金を引き下げた大手には、同じ土俵では勝てないんです」

「Go To トラベル」事業の一時停止は来年1月11日まで。以降は、その時点での感染状況を踏まえて再開の可否が判断される見通しだが、観光業界への打撃や経済的損失を考慮すれば、いずれは再開されるだろう。問題点を指摘したオーナーの声は、果たして国に届くのか。あるいは「低額宿泊所の一意見」としてしかみなされないのだろうか。

 山谷を通して見えた「Go To」の“暗部”──。いつの時代もこの街は、社会の裏側を映し出している。

水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」などをテーマに取材活動を続けている。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月17日掲載

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