「眞子さま問題」で思い出す、昭和天皇に対する「婚約反対キャンペーン」
11月13日、結婚が延期されている眞子さまの「お気持ち」を、宮内庁は文書で公表したが、この「決意文書」を識者はどのように読んだのか。放送大学教授で日本政治思想史が専門の原武史氏の見解とは――。
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今回の「お気持ち」文書には「結婚に否定的な方がいらっしゃるのも承知している」といったくだりがあります。私が文面を読んで反射的に思ったのは、1920年から翌年にかけて起こった「宮中某重大事件」です。ご存知のように、昭和天皇が皇太子時代、久邇宮良子(くにのみやながこ)女王(のちの香淳皇后)との婚約がいったん決まったのに、良子女王の母方の家系に色覚異常の遺伝子があるということが明るみに出て、婚約に反対する大キャンペーンが展開されました。
隠然たる力を持っていた元老の山縣有朋が暗躍したとも言われていますが、昭和天皇は初志貫徹、良子女王に対する思いが揺らぐことは全くありませんでした。それでも関東大震災の影響もあり、婚約内定から結婚までに6年近い月日を要したのです。この一件は、大変スキャンダラスに取り上げられました。「噂」が一人歩きし、婚約に反対する人も少なからずいましたが、昭和天皇はそうした声を見事に撥ねつけ、愛情の力で勝ったわけです。
私が今回、最も気になったのは、眞子内親王がこの事件をどう意識しているかということです。もちろん知らないはずがないでしょうが、この文書をしたためるにあたり、どれほど強く意識したのか、例えば『昭和天皇実録』の該当箇所に目を通したのかといった点に興味が湧きました。
当時は良子女王の父親の久邇宮邦彦王が随分と政治的に動いたようです。娘が昭和天皇と結婚すれば自分が皇后の父となる。だからどうしても結婚を成就させたかった。そうした振る舞いが貞明皇后(大正天皇の皇后)や当時の首相・原敬らの反発を買ったと言われています。こういうふうに「本人の親」が関わっているという点も今回と似ており、また最終的には本人同士の愛情が上回るという経緯も、近しさを感じるところです。



