カロリー目標900kcalは至難の技 知られざる「食事介助」の大きな負担 助けになったのはあのコンビニ──在宅で妻を介護するということ(第13回)

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カロリー目標900kcal、水600mlのノルマと格闘する

「カロリーは1日最低900kcal、水は600mlを目安にしてください。おかゆをつくるのが大変なら、今はコンビニでも介護食品コーナーがありますから」

 看護師さんに言われ、早速近所のセイムス(大手ドラッグストア)に買い出しに行った。今まで全くその存在に気付かなかったが、言われてみると確かにおむつが陳列された棚の近くに、半固形状態に調理したレトルトパックの「介護食品」や「栄養調整食品」が並んでいた。

「舌でつぶせる」「容易にかめる」といった嚥下の度合いの表示があり、栄養バランスもいい。値段は1袋150~200円と高めだが、レンジでチンしてすぐに出せる手軽さは何物にも代えられない。「日替わりで出せばいいか」と、私の不安は半分ほど解消された。

 種類も豊富だ。定番のおかゆのほか、雑炊、やわらかご飯、さらにはすき焼き、親子丼、ハンバーグ風味まで出ている。さすがは高齢者大国・ニッポン、ここまでそろっていれば安心だ。逆にいえば、それだけ「在宅」のマーケットは成熟しているのだと感心させられたが、それがぬか喜びと気付くのに時間はかからなかった。

 第一の問題点はカロリー不足だ。これらの介護食品の熱量はほとんど1袋100kcalかそれ以下で、1日3袋完食しても目安の900kcalの半分にも満たない。ほかに何か高カロリーのものも食べさせ、合算で目標をクリアーするほかない。

 嚥下しやすく高カロリーの食品はないだろうか。いきついたのはバナナであった。最近はドラッグストアでもコンビニでも、お菓子がわりに置いている。調べたところバナナ1本は100kcalあり、このころずいぶんお世話になった。

 それに加えて最終的にカロリー問題を解決してくれたのは、それまで鼻から経管で流し込んでいた栄養剤(400kcal)であった。注射はできないが、経管・経口両用で、試しに飲ませてみるとおいしいという。これで一件落着。1日1回、栄養剤1袋にとろみをつけ、これを主食とした。

 第二の問題点は味である。おかゆはさておき、その他の介護食品は見た目も悪ければ味も今ひとつだ。一般食品ではないからしかたないが、女房も渋い顔。もったいないからと残り物を猫の「元気くん」の皿に盛ると、においを嗅ぐなりスルーしてしまったのには驚いた。

 味の問題を解決してくれたのは、好物と甘いものだった。半固形のもので彼女が好きといえば「茶碗蒸し」と「プリン」。そして「杏仁豆腐」。その結果、セブン・イレブンが御用達となった。独身女性や個食にシフトした品ぞろえは、介護食品に適用できるものが多いのである。

 おいしいだけでなく、甘いものはカロリーも稼げる。栄養剤+バナナ+スイーツで、食べる方の1日900kcalは何とかクリアすることができた。しかし、水の1日600mlの方はお手上げだった。1日300mlがせいぜいで、何とか量を稼ごうとジューサーミキサーを買って果物ジュースで量を飲ませたりした。

 カロリーや水分補給に苦労したのは、口で食べられるようになってから1カ月ほどだったと記憶している。12月に入るととろみ剤は不要になり、バナナはパクパク、おかゆもふつうに近い速さで飲み込めるようになった。

 心なしか体重も増したように見えたが、訪問入浴スタッフに特殊な体重計で量ってもらったところ41.4kgしかない。元気なときの3分の2だ。「何かの間違いじゃないか、それじゃ浅丘ルリ子じゃないか?」──小学生のような軽さに私は言葉を失った。

 血圧や血糖値は毎日測るのに、寝たきりだとなかなか体重を量る機会がない。おそろしいもので毎日見ていると、頬がこけた顔も肉が落ちて棒のようになった足にも慣れてくるのだ。数字は正直だ。以来、月初の訪問入浴時には必ず体重測定をしてもらうことにした。

 何とか脂肪をつけねば回復の力にもならない。当面の目標体重は45kg。介護士に加えて、調理士、栄養士の役割が不器用な私に課せられることとなった。

平尾俊郎:1952(昭和27)年横浜市生まれ。明治大学卒業。企業広報誌等の編集を経てフリーライターとして独立。著書に『二十年後 くらしの未来図』ほか。

2020年11月19日掲載

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