亡霊と身内に苦しめられ……バイデン政権はいきなり“レイム・ダック化”する可能性

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 ロイターが11月10日に公表した世論調査によれば、米国人の8割近くが「バイデン氏が当選した」と認識していることがわかった。共和党員でさえ約6割がバイデン氏の勝利を認めているのにもかかわらず、トランプ大統領は「不正選挙だ」として敗北を認めないという異例の事態が続いている。

 意外なことに、共和党内でもトランプ氏の姿勢を容認する動きが強まっている。その背景にはトランプ大統領の圧倒的な存在感がある。

 トランプ氏は大統領選挙で敗北したものの、共和党は「トランプ旋風」のおかげで上院で過半数を維持する可能性が高まっている。下院でも勢力を伸ばしており、新人議員の多くはトランプ氏以上にトランプ的であると評されている。

 多くの共和党員たちは、トランプ氏が圧倒的多数の「献身的な有権者」の支持を獲得していることを良く認識している。

 トランプ氏に批判的なロムニー共和党上院議員でさえ、11月8日のCNNの番組で「トランプ氏のことを体重900ポンド(約400キロ)のゴリラ」と呼び、「今後も巨大な影響力を持つことになる」と語った。

 トランプ氏が2024年の大統領選に出馬する可能性について秘密裏の話し合いを進めているとの情報もある(11月10日付Forbes)。

 これに対し、勝利したにもかかわらず、バイデン氏の影は薄い。民主党は「反トランプ」のためにバイデン氏を擁立したが、彼に対する熱狂的な支持者は少ないからである。

 民主党内に不協和音が広がっているのも頭が痛い。下院で議席数を圧勝するシナリオが不発に終わったことから、穏健派は過激な政策を訴える左派の責任を追及し、左派はこれに反発する事態となっている。

 バイデン氏は、左派の支援を得るため、医療保険制度の拡充や環境技術への大型投資、中産階級の大学生の学費無償化といった野心的な政策課題を掲げているが、共和党の協力が得られない限り、ほとんど何も成し遂げることはできない。だが共和党と妥協すれば、民主党の左派を遠ざけてしまう。

 民主党内からは早くも「党が完全に分裂してしまう」との声が出ており、路線対立が激化すれば、バイデン氏の政権運営が難しくなる要因になることは間違いない。
さらにバイデン氏は、現在のホワイトハウスの主と対峙しなければならない。

 1896年の大統領選以降、負けた候補が勝者に祝福のメッセージを送り、敗北宣言をする伝統があった。これにより政権移行のプロセスが始まる慣行だったが、トランプ陣営が敗北を認め、11週間の政権移行期間に協力の手を差し伸べる可能性はゼロと言っても過言ではない。

 バイデン氏は11月10日、トランプ大統領が敗北を認めないことについて「恥ずべきことである」と指摘したが、「(妨害があっても)移行への取り組みは軌道に乗っている」との認識を示した。

 バイデン氏は11月9日、新型コロナウイルス対策を政権の優先事項にすると発表した。新型コロナウイルス対策を科学的根拠に基づくものにするため、公衆衛生の専門家ら12人からなるコロナ対策タスクフォースを立ち上げ、コロナ対策の立案に着手した。

 トランプ氏にしてみれば、大統領選挙で敗北したのは、バイデン氏の人気ではなく、新型コロナウイルスという人類の天敵である感染症のせいである。

 コロナ禍前までは、大型減税や規制緩和を前面に打ち出したトランプ政権の下で、米国経済は拡大を続けていた。雇用も創出され、オバマ政権の低成長時代に置き去りにされていた人々の賃金も引き上げられた。多くの米国人が恩恵を受けつつあったが、新型コロナウイルスの襲来でこれらが帳消しになってしまったのである。

 バイデン氏が「大統領がもっと早く行動していれば、数万人の命が救われた。大統領としては不適格だ」と糾弾したように、トランプ氏の対策ははっきり言ってお粗末だった。

 新型コロナの感染リスクを正しく理解し、専門家のアドバイスを受け入れていれば、2期目のゴールデンチケットをつかんでいたことだろう。

 CNNの7日の報道によれば、トランプ大統領に仕えるシニアアドバイザーが、「大統領選敗北の大きな要因は、大統領が感染対策を軽視したことで高齢者を遠ざけてしまったことにある」と指摘している。

 トランプ氏再選の躓きの石となったコロナ対策は、バイデン氏にとっても政権の成否を占う試金石となる。「厳格な計画を就任後すぐに実行すべき」と考えるバイデン氏は「全米でのマスク着用の義務化」を掲げている。専門家の1人は「全米規模のロックダウンを4~6週間実施する必要がある」と主張している(11月11日付ZeroHedge)、がはたしてうまくいくだろうか。

 11月9日付フィナンシャルタイムズは、バイデン陣営の動きについて「医療専門家からの助言を信用しない住民の抵抗に遭って、対策は難航するのではないか」と懸念を示している。

 新型コロナのリスクを過小評価したトランプ政権の「情報操作」を長期にわたり浴び続けた米国民の多く(特にトランプ支持者)を説得させることは困難であり、強行すれば大きな混乱を招く事態になりかねないからである。

 フィナンシャルタイムズは「トランプ氏の亡霊がバイデン・アメリカに付きまとっている」と結論づけているが、政権奪回の決め手となった新型コロナ対策に失敗すれば、バイデン政権は船出と同時にレイム・ダック化してしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月16日掲載

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