「バイデン大統領」で朝鮮半島に迫られる「新戦略」(下)

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 韓国や北朝鮮は息をこらして米大統領選挙の行方を見守った。しかし、米国の側から見れば、ジョー・バイデン次期大統領の最初の課題は、ドナルド・トランプ大統領によって引き起こされた世界的な規模の「異常」を正常化させることであり、朝鮮半島政策の優先順位は高くない。

朝鮮問題は低い優先順位

 まずはトランプ大統領が離脱した地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定への再加入から始まり、世界保健機関(WHO)からの脱退取り消しなど、国際的協調路線への復帰だけでも課題が山積している。

 バイデン氏は、上院外交委員長を務めるなど外交に明るいとされるが、朝鮮半島の特異性、特に北朝鮮の特異性を十分に知っているとは思えない。

 トランプ政権にはスティーブ・ビーガン国務副長官兼北朝鮮担当特別代表という、北朝鮮をよく研究し、北朝鮮の非核化に真剣に取り組もうとする人物がいた。

 ビーガン氏は当初は朝鮮半島問題の素人と思われたが、精力的な学習と誠実な交渉姿勢で、米国の対北朝鮮外交ではなくてはならない存在になった。政治家でも官僚でもないので、交渉を政治利用したり、出世の踏み台にしたりする可能性は低い。北朝鮮はジョン・ボルトン前大統領補佐官やマイク・ポンペオ国務長官への激しい批判を行っているが、ビーガン特別代表への批判は控えている。

 だが、バイデン政権で誰が朝鮮半島を担当するのかは、まだ見えてこない。

 国務長官にはスーザン・ライス元国連大使やクリス・クーンズ上院議員、トニー・ブリンケン元国務副長官などの名前が挙がっている。ライス元大使の起用はバイデン当選を生み出した黒人票への配慮になろう。

 バイデン氏は11月4日未明の「すべての開票を待とう」と訴えた演説の中で、

「クリス・クーンズ、デラウェア州の上院議員選勝利おめでとう」

 と、わざわざクーンズ上院議員の当選を祝って親密さを示した。ブリンケン氏は金党委員長を「最悪の暴君」と述べるなど、北朝鮮への強硬姿勢を示している。

 バイデン次期政権では、国務長官に始まりホワイトハウスの国家安全保障問題担当補佐官、実務を担当する国務省の朝鮮部長や北朝鮮担当特別代表などの人事がすべて終わるのは、来年の夏になるとみられる。

 米朝交渉があるとしてもそれからで、交渉の方法論でも米朝間の溝は深く、そう簡単には埋まらない。北朝鮮はおそらく、それまでは待てず、挑発に出て、米国が交渉に乗り出すしかない状況をつくり出すというこれまでの手法を繰り返す危険性が高い。

「米韓同盟」の修復は可能か?

 一方、韓国とバイデン次期政権の関係はどうなるのだろうか。

 韓国政府は11月5日、国家安全保障会議(NSC)常任委員会、文在寅大統領主宰の外交安保関係閣僚会議を相次いで開き、米大統領選挙への対応を協議した。

 青瓦台(大統領府)の康珉碩(カン・ミンソク)報道官は、

「韓国政府は堅固な韓米同盟を土台に両国関係の発展と韓半島平和プロセスの進展に向けた努力に空白が生じないよう協力していく」

 とし、文在寅政権の「韓(朝鮮)半島平和プロセス」を次期米政権に働き掛けていくとした。

 康京和(カン・ギョンファ)外相は11月8日に訪米に出発し、同9日にポンペオ国務長官と昼食を兼ねた会談をした。韓国側によると、両外相は米韓同盟の発展と朝鮮半島平和プロセスの進展のための努力を持続させていかなければならないことで意見を一致させた。康外相はバイデン陣営とも接触し、意思疎通を図る計画だ。だが、バイデン陣営はトランプ大統領が敗北を認めていない状況での外交的な動きには慎重で、接触しても公表を控えるとみられる。また、与党の「共に民主党」も文在寅大統領側近の尹建永(ユン・ゴンヨン)議員や金映豪(キム・ヨンホ)議員らを中心に訪米の計画を進めている。

 バイデン氏は昨年12月の米外交協会とのインタビューで、

「米国はアジア国家、中でも特に韓国との連携を強化しなければならない」

 と語った。バイデン政権では、まずトランプ政権下で揺らいだ米韓関係を修復しようとするだろう。

 バイデン氏は投票前の10月29日の『聯合ニュース』への寄稿で、

「私は大統領として、われわれの軍隊を撤収するという無謀な脅迫で韓国をゆするよりも、東アジアとそれ以上の地域で平和を守るため同盟を強化し、韓国とともに立つだろう」

 と述べ、在韓米軍撤収をちらつかせての脅迫外交はしないと言明した。

 トランプ大統領は在韓米軍の駐留経費負担について、現在の約9億2000万ドル(1兆389億ウォン)の5倍以上となる約50億ドルを要求した。米国側はその後、増額幅を50%まで下げたが、13%増を主張する韓国とまだ大きな隔たりがある。

 しかし、同盟重視のバイデン氏が大統領に就任することで、在韓米軍の駐留費負担は適切な線で合意される可能性が高まった。

 トランプ大統領は駐留費負担増を実現するために、在韓米軍の削減や撤収をちらつかせたが、これもバイデン氏の「脅迫外交はしない」との姿勢で、沈静化するだろう。在韓米軍は現在の2万8500人規模が維持されることになろう。ただ、米国は在韓米軍が北朝鮮専用部隊となっている現状から、中国までを睨んだ柔軟な存在として性格を変えたいという意向を持っている。そうした役割変更も米韓間の協議を通じて行うという姿勢を示すとみられる。

 さらに、「自主防衛」を標榜する文在寅大統領は、自分の任期内に有事の作戦統制権を韓国に移管したいとしている。

 米韓両国は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権当時の2006年9月の首脳会談で有事の作戦統制権を韓国に移管するとし、2007年2月、2012年4月に移管することで合意した。

 しかし、その後の保守の李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)両政権でこれが延期され、朴槿恵政権当時の2014年10月に、「北朝鮮の脅威に対処する防衛能力が韓国側に整うまで延期」することで合意した。

 文政権は任期内の移管を求めているが、作戦統制権移管のための米韓合同軍事演習がたびたび中止になり、文政権内の移管は事実上、困難とみられている。

 韓国軍に北朝鮮の脅威に対処する能力が備わったと米国が認めるまでには時間が必要で、事実上は韓国の次期政権に持ち越されるとみられる。

 さらに、来年春には米韓合同軍事演習が予定されている。バイデン政権は予定通り、演習の実施を主張するだろう。北朝鮮に配慮する文大統領がこれにどう対応するか。米韓両国が合同軍事演習を実施すれば、北朝鮮の反発は必至で、朝鮮半島情勢は一気に緊張の度を高めるだろう。

 バイデン氏が、朝鮮半島の担当者などを最終的に決めるのは来年夏になるだろうが、そうすれば文大統領の任期は1年を切っていることになる。バイデン政権の韓国側パートナーは実質的には韓国の次期大統領になるということだ。

 自分の任期内での南北関係の改善を目指し、それを功績として残したい文大統領は関係改善を急ぐだろうが、バイデン政権は条件が満たされるまで待つ姿勢で、その温度差により米韓関係がぎくしゃくする可能性はある。

北朝鮮の中国接近

 さらに、バイデン政権が誕生したからといって、米中の覇権争いが沈静化するわけではない。バイデン政権はトランプ政権のような無鉄砲な中国圧迫政策は取らないだろうが、日本や韓国などとの同盟関係を強化しながら中国圧迫を強めていくとみられる。

 中国にしてみれば、より制度化された圧迫を受ける状況に直面することになる。中国は国際的な孤立化を避ける意味でも、周辺国家への影響力強化、特に北朝鮮、韓国の南北両政権に対する圧迫と同調要求を強めるだろう。

 北朝鮮は新型コロナのために今年1月から中朝国境を事実上封鎖。このため中朝貿易は激減した。しかし、金党委員長は国境封鎖を年内までとし、来年1月初めの第8回党大会後に国境を開く可能性が高いとみられる。

 韓国は、北朝鮮の今年の食糧生産が水害や肥料不足などで例年より約20万トン減少するとみている。中国は北朝鮮への大量食糧支援を行っているとみられるが、今後も北朝鮮への支援を強めるだろう。

 北朝鮮も長期化する経済制裁に耐え、第8回党大会で決定する「国家経済発展5カ年計画」を順調にスタートさせるためには中国の支援が必須だ。

韓国は米中股割けの危険性も

 一方、韓国はどうだろうか。

 日本と米国、オーストラリア、インドの4カ国外相は10月6日、東京都内で会合を開き、台頭する中国を念頭に「自由で開かれたインド太平洋」構想の推進に向けた連携の強化で一致した。この4カ国外相会合は「QUAD(クアッド)」とも呼ばれ、米国の対中包囲網形成の役割を担っている。

 米国は韓国にクアッドへの参加を求めている。オバマ政権の「リバランス戦略」や、トランプ政権の「インド太平洋戦略」は、米国のアジアにおける存在の理念的な概念であったが、「クアッドプラス」は対中包囲網へ向けたより具体的な機構整備という点で一歩進んだものだ。一部では、「クアッドプラス」はアジア版NATO(北大西洋条約機構)になるのではとの見方も出ている。

 バイデン氏は、オバマ政権の副大統領時代の2013年に朴槿恵大統領(当時)との会談で、

「米国の反対側(中国側)に賭けるのは良い賭けではない」

 と述べ、当時、中国との蜜月ぶりを示した朴槿恵大統領に苦言を呈した。バイデン氏が大統領に就任すれば、韓国に「米国か、中国か」選択せよと強く迫るとみられる。

 しかし、韓国は「安全保障は米国、経済は中国」というバランスを崩そうとしていない。韓国の康京和外相は9月25日、アジアソサイアティのリモート会合で韓国が「クアッドプラス」に参加することについて、

「他の国々の利益を自動的に排除するいかなることも良いアイデアではないと考える」

 と語り、韓国の「クアッド」参加に否定的な姿勢を示した。

 次期バイデン政権が、トランプ政権が推進した「クアッドプラス」を推進するかどうかはまだ分からないが、同盟国との関係強化を通じた対中圧迫を強めるだろう。韓国は経済を中国に大きく依存していることに加え、北朝鮮を非核化や開放へと導くには中国の協力が必須だ。日本が日米同盟強化だけでなく、中国包囲網への参加を強める中で、韓国は米中の間で股割け状態になる危険性を孕んでいる。

 また、バイデン氏は同盟関係の再構築を訴えていることから、日韓双方に対して関係改善を求める可能性が高い。

 安倍晋三前首相がオバマ政権時代の2013年12月に靖国神社を訪問した際に、米政府は「失望した」というコメントを出し、事実上の批判をした。この背景には、バイデン副大統領(当時)の意向があったという。一方でバイデン副大統領は、2015年12月に慰安婦問題で日韓の合意が成立すると、これを歓迎したという。日本が歴史修正主義的な方向に動けばこれを批判するが、韓国が度を超した対日姿勢を示せば抑えに掛かるだろう。

軍事挑発という「古い手法」の可能性

 北朝鮮はバイデン氏が勝利宣言をした後も沈黙を続けている。11月9日現在、北朝鮮メディはバイデン次期政権に対する論評どころか、大統領選挙の結果さえも報じていない。

 北朝鮮は10月10日の党創建75周年の軍事パレードで、「怪物」といわれた新型ICBMや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星4」をはじめ各種のミサイルを登場させた。弾道ミサイルは9種類、76基と、これまでの最大規模がパレードに姿を見せた。これは、ある意味ではバイデン次期政権への「威嚇」といえる。

 トランプ大統領は大統領選挙結果を訴訟に持ち込む構えを見せており、バイデン氏が大統領に就任する来年1月20日正午までは、米国の権力は極めて不安定な状況だ。

 北朝鮮は12月30日までは住民動員による生産増大運動である「80日戦闘」を続け、来年1月初めに第8回党大会を開催する予定だ。金党委員長は、この党大会での組織総括報告で新しい内外政策を発表するとみられる。

 北朝鮮の軍事挑発がこの党大会前にあるかどうかは不明だ。トランプ大統領の再選を視野に入れて軍事挑発を自制してきたが、非核化を強く求めるバイデン政権が誕生することになるなら、バイデン政権との交渉能力を高めるために北朝鮮の核ミサイルの驚異を見せつける可能性がある。

 最も考えられるのはSLBMの発射だ。

 韓国の情報機関、国家情報院は11月3日に国会情報委員会への報告で、北朝鮮がSLBMを搭載することができる2隻の潜水艦を建造中であるとした。1隻はロメオ級の既存の潜水艦の改造型であり、もう1隻は新型中大型の潜水艦であるとした。金正恩党委員長は昨年7月に建造中の潜水艦の視察をした。

 北朝鮮はSLBMの発射実験に先立ち、SLBM搭載可能な潜水艦の進水式を行う可能性がある。これによって米国に圧迫を加えるとみられる。

 さらに、これまでのSLBM発射は潜水艦からではなく、水中発射台からのものでしかない。昨年10月に発射実験をした「北極星3」はロフテッド方式で発射されたが、通常角度で発射すれば約2500キロの飛距離があるとみられた。北朝鮮がすでに発射実験をした「北極星3」を発射するのか、軍事パレードに登場した「北極星4」を発射するのかは分からない。

 もっとも、北朝鮮が現在建造中の潜水艦は騒音が大きく、米国の立場からは北朝鮮潜水艦がどこにいるのかは比較的探知しやすいとみられている 。SLBMの飛距離もまだ米国に到達するほどではない。その意味で、SLBMは日本や韓国など東アジアでは大きな脅威になるが、米国にとってはそれほどではない。

 こうしたことから、北朝鮮がバイデン新政権への挑発として、米国への直接的な脅威ではないSLBMを発射することで圧迫戦術をスタートさせる可能性がある。

 経済的な困難の続く北朝鮮は、米国のバイデン政権の陣容が整う来年夏までは待てないだろう。そのため、バイデン政権を北朝鮮に振り向かせるための軍事挑発という「古い手法」に戻る可能性が高い。韓国に、そして任期末期を迎えた文在寅政権にできることがあるとすれば、恐らくやってくる米朝の緊張激化に際して、危機緩和の役割を果たすことだ。

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年11月11日掲載

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