史上初「秋開催」だけではない「マスターズ」これだけの「特異性」 風の向こう側(82)

国際

  • ブックマーク

Advertisement

 いよいよ今週は世界中のゴルフファンが待ちに待った「マスターズ・ウイーク」。

 だが、開幕を目前に控えた10月30日、チリ出身の21歳、ホアキン・ニーマンは新型コロナウイルス感染が判明し、マスターズ欠場を余儀なくされた。しかし、ニーマンに代わって出場する「補欠選手」はおらず、急きょ、誰かが招待されることもない。

 そして11月9日に発表されたばかりだが、2017年のマスターズ覇者セルヒオ・ガルシア(40)も同じく感染が判明し、欠場となった。

 大会史上初めて11月の秋開催となる今年の出場者は、今年3月時点から合計96人でフィックスされており、それ以上、増えることはないまま、この11月に至り、ニーマンとガルシアの欠場によって94人になった。

 すでに前回お伝えした通り、この時期の米国東海岸の日照時間は午前7時から午後5時半ぐらいまでと短く、日没までに全選手が1日18ホールを終了できるようにするためには、出場選手の人数を最小限に抑える必要がある(2020年10月26日『「巨体化」「長尺ドライバー」デシャンボーの秘策に立ち塞がる「マスターズ委員会」』)。

 従来の4月開催が11月開催に変わり、極端に日が短い中で開催することは、今年のマスターズの最大の特異性。だが、それ以外にも、今年はこれまでには見られなかった特異な状況が多々見られる。

「馬鹿げている」

 特異な状況の筆頭は、今年の出場者の顔ぶれが、必ずしも現在のトッププレーヤー揃いとは言えないという点だ。

 米メディアは、

「世界ランキングのトップ40以内の選手が4人も出られないのはおかしい」

 と、これまでにも何度も問題提起や批判を展開してきたが、「マスターズ委員会」に聞き入れられることは、ついになかった。

 もちろん、特定の4名をマスターズ委員会が締め出したとか、追い出したとか、そういう話ではない。コロナ禍の不規則日程の中で結果的に「そうなってしまった」のだ。

 たとえば、ダニエル・バーガー(27)は今年6月の米ツアー再開初戦「チャールズ・シュワブ・チャレンジ」で優勝し、その後も好調で世界ランキングは現在13位(11月2日付。以下同)まで上昇している。だが、マスターズの出場資格が付与されるのは前年のマスターズから翌年のマスターズまでの間の米ツアー大会優勝者であって、従来のマスターズ開催時期である4月以後だった6月に優勝したバーガーには、来年4月のマスターズ出場資格は付与されたものの、今年のマスターズ出場資格は与えられていない。

 また、2018年「全米アマチュア」を制してプロ転向し、今年2月の「プエルトリコ・オープン」でルーキー優勝を挙げたビクター・ホブランドは現在世界ランキング24位まで上昇。今年の米ツアーで5回もトップ10入りを果たし、そのうち2回は優勝争いに絡んだ。

 そしてライアン・パーマー(44)は世界ランキング33位、ハリス・イングリッシュ(31)も35位まで昇ってきたが、いずれも今週のマスターズへの切符を手にすることはできなかった。

 なぜなら、マスターズ委員会は3月17日時点での世界ランキングに基づいて今年のマスターズ出場者を確定したため、そのとき世界ランキングがトップ50圏外で、それ以外の出場資格も満たしていなかった彼らは、その時点で秋開催の2020年マスターズに出られないことが決まってしまったからだ。

 その後、彼らはどんどん上り調子になり、世界のトップ40に数えられるところまで来た。だが、マスターズ委員会は規定を変更して彼らを後からフィールドに入れることは、決してしなかった。日照時間の関係で出場者の人数を最小限に抑える必要性もあるため、彼らに特別招待を出すこともしなかった。

 その結果、今年のマスターズは世界40位以内の4名ものトッププレーヤーが不在という淋しいフィールドになったのだ。

 米メディアは、

「バーガーらがオーガスタに行けないのは馬鹿げている」

 と激しい批判を展開したが、マスターズ委員会が決定を覆すことはなかった。

昔、好調。今、不調

 そして、その逆のケースもある。好調だったときに今年の出場資格を獲得したものの、その後は不調に陥り、現在は成績もランキングも低迷しているという選手も実はいる。

 たとえば、台湾出身のC.T.パン(28)は、タイガー・ウッズ(44)が見事な復活優勝を遂げたあの2019年マスターズの翌週、「RBCヘリテージ」で優勝し、その資格で2020年マスターズ出場資格を手に入れた。

 しかし、それから1年半以上を経てようやく今週「オーガスタ・ナショナルGC」に向かうのだが、その間に彼の成績はすっかり低迷。現在の世界ランキングは169位まで下降しているが、それでも、ひとたび得た出場資格はもちろん彼のもので有効ゆえ、行使して然るべきだ。

 2019年のマスターズ覇者ウッズは、昨年10月に日本で開催された「ZOZOチャンピオンシップ」でも勝利を挙げた。だが、その後の成績は下降の一途。それでも世界32位に踏みとどまってはいるのだが、「昔、好調。今、不調」というウッズやパンらが出場する一方で、「今、絶好調」の選手を4名も欠いている今年のマスターズは、大会史上稀に見る特異なフィールド(顔ぶれ)と言えそうだ。

400ヤード超え

 今年のマスターズに見られるさらなる特異性は、史上稀に見る用具合戦、飛距離合戦が展開されるであろう現状だ。

 肉体を巨体化して絶大なる飛距離アップを図っているブライソン・デシャンボー(27)が48インチのドライバー持参でオーガスタ・ナショナルに臨むと公言したことは、すでに前回お伝えした通りだが、その後、彼は着々とマスターズ準備を進めてきた。

 2019年の秋には190ポンド(約86キロ)だった体重は、現在は240ポンド(約109キロ)まで増えている。だが、本人いわく「体重を増やすより、もっと筋力を高めたい」。そのワケは、48インチの長尺ドライバーを駆使できる体を作りたいからだ。

 10月上旬の「シュライナーズ・ホスピタルズ・オープン」以後の丸々4週間をマスターズ準備期間に充て、コーチのクリス・コモらとともに、テキサス州の自宅でウエイト・トレーニング、スピード・ドリル、休憩、肉体のトリートメント、球の打ち込みといったメニューを毎日正確にこなし続け、その合間に高カロリー食を6食摂り、プロテイン・ドリンクを6杯も7杯も飲み、その成果として、すでに彼は45.5インチのドライバーで403.1ヤードをマークしている。

 そんなデシャンボーが48インチのドライバーを握ったら、果たして何ヤード飛ばすのか。そこに人々の興味関心が集まっている。

パワーヒッター青田買い

 さらに、マスターズ3勝のフィル・ミケルソン(50)も47.5インチのドライバーを使うつもりであることをマスターズ前週の「ヒューストン・オープン」会場で米メディアに明かした。

 米ツアー選手たちが使っているドライバーのシャフトは44~45インチが平均的。ミケルソンは日ごろから、それよりやや長めのドライバーを使うことが多いのだが、今年のマスターズに備えて、すでに46インチのドライバーを握り、10月に開催された「チャンピオンズツアー」(シニアツアー)の「ドミニオンエナジー・チャリティ・クラシック」で優勝。翌週の米ツアー「ZOZO チャンピオンシップ」でも46インチを握って、良い手ごたえを得たそうだ。

 オーガスタ・ナショナルには「キャロウェイ」の「MAVRIK SUB ZERO 9」のヘッドに47.5インチのシャフトを装着して臨むつもりだというミケルソン。シャフトが長くなる分、キャリーは着実に伸び、オーガスタ・ナショナルを有利に攻めることができると自信を示している。

「オーガスタの1番、2番でフェアウェイ・バンカーを越えていくためには、最低でもキャリーで315~320ヤードを打たなければいけない。それは、かなりの距離だ。14番、17番で丘を越えていくためにも、やっぱりキャリーで320ヤードぐらい打ちたい」

 だから、47.5インチのドライバーで攻略するのだと、ミケルソンは気勢を上げている。

 一方、デシャンボーは48インチのドライバーは「コントロールがなかなか難しい」と語るにとどめ、オーガスタ・ナショナルの具体的な攻略には、まだ言及していない。

 しかし、米メディアは次々に勝手な分析や予想を発信しており、それらを総合すると、こんな具合になる。

 デシャンボーなら3番のパー4は3番ウッドで1オン可能。48インチのドライバーを駆使できれば、7番、9番、17番、18番はショートアイアンでセカンドショットを打ち、ピンそばに付けることができる。14番のパー4はドライバーで1オン可能。すべてのパー5はドライバー&ミドルアイアンで2オンが狙えるはずだ、と。

 これらが実現されたら、ミケルソンもデシャンボーも、まさに異次元のマスターズ攻略方法を披露することになる。

 デシャンボーは9月の「全米オープン」を制覇した直後から48インチのドライバーでマスターズに挑むことを公言していたが、ミケルソンは人知れず46インチを試し、47.5インチでマスターズに挑む準備を進めていた。

 そう考えると、この2人以外にも長尺ドライバーを握ろうとしている選手がいる可能性は大いにあり、今年のマスターズは前代未聞の長尺ドライバー合戦、飛距離合戦という特異な状況を迎えることになるかもしれない。

 そんな史上稀なるパワーの時代の到来を見越しているのか、企業による「パワーヒッター青田買い」も進んでいる。

 デシャンボーは新進の米ゲームソフト会社「デジタル・スポーツ&エンターテインメント」と複数年契約を結んだ。

 以前からロングヒッターとして知られるマスターズ2勝のバッバ・ワトソンは、42歳の誕生日に、8歳のときからお世話になってきたというゴルフメーカー「ピン」と生涯契約を結んだ。

 これでパワーヒッターたちの優勝や大活躍が見られれば、企業の投資効果は絶大となる。

 だが、そんなパワーヒッターたちを、今年の「全米プロ」のごとく、コリン・モリカワ(23)のようなショートヒッターが見事に抑え込んで勝利したら、究極のパワーヒッターを目指すデシャンボーに追随する動きは、今後、見られなくなるかもしれない。

 その意味では、「ゴルフとは何ぞや」という問いの答えが見えてくるかもしれず、それもまた、今年のマスターズが秘めている得意な状況の1つと言えそうだ。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年11月10日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。