「敗北」トランプ大統領「孤立化」の予兆

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 米国東部時間の11月7日(日本時間8日未明)、米国の各主要メディアは接戦が展開されていた東部「激戦州」のペンシルベニア州で民主党大統領候補のジョー・バイデン前副大統領が勝利を収め、大統領選挙人(合計538人)獲得数が過半数270人を上回り、次期大統領当選を一斉に報じた。

 また、西部ネバダ州についてもバイデン氏の勝利が報じられ、『ワシントン・ポスト』、『ニューヨーク・タイムズ』、『ABCニュース』、『NBCニュース』は、ドナルド・トランプ大統領の214人に対してバイデン氏は279人を獲得したとして、次期大統領当選確定を報道した。

 トランプ大統領自身が贔屓にしている保守系ネットワーク『FOXニュース』や保守系有力紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』も、ペンシルベニア、ネバダ両州のみならず、西部の「激戦州」アリゾナ州もバイデン氏が勝利したと報道し、アリゾナ州の大統領選挙人11人をバイデン氏に加え、獲得数は290人とした。

必要な州で勝利

 1日当たりの新型コロナウイルスの感染者数が10万人を超え、感染拡大により米国経済も急失速するという大統領選挙キャンペーンの基調が大きく変化する極めて異例の状況下で行われた今回の大統領選挙では、約1億4500万人もの有権者が投票し、投票率は65%に達したと推測されている。これは、20世紀初頭の1908年に共和党候補のウィリアム・タフト陸軍長官と民主党候補のウィリアム・ジェニングス・ブライアン元下院議員との間で争われた大統領選挙での投票率65.4%に匹敵する112年ぶりの高水準の投票率となった。

 現時点(11月9日)で4年前の2016年大統領選挙と比較すると、バイデン氏はウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニア、アリゾナの4州を奪還した。これら4州は4年前にヒラリー・クリントン候補が勝利する可能性が指摘され、実際、クリントン候補自身も選挙キャンペーン中に頻繁に遊説のために訪れていた地域であり、バイデン氏はまさにホワイトハウス奪還のために勝利しなければならない地域で勝利を収めた。

 まだ勝敗が明らかになっていない南部のジョージア、ノースカロライナ両州は、近年民主党の党勢が拡大しつつあるが、こうした南部の「激戦州」でも、バイデン氏はアフリカ系有権者と都市近郊に居住する有権者の支持を取り付けることで接戦に持ち込むことに成功した。

驚異的巻き返し

 投票日直前に公表されていた全米レベルでの各種世論調査結果では、バイデン氏はトランプ大統領に対して2桁近い差をつけており、「激戦州」でも優勢を維持していたことを考慮すると、トランプ大統領は驚異的巻き返しを図ったという評価を下すことができる。

 大統領候補としては、バラク・オバマ上院議員(当時)の2008年大統領選挙での約6950万票という過去最高の得票数を打ち破る約7555万票(得票率50.6%)をバイデン氏が獲得したのに対し、トランプ大統領も約7118万票(同47.7%)を獲得しており、4年前の2016年大統領選挙での得票数と比較すると、820万票も上積みしている(米国東部時間11月9日午前3時現在)。

 新型コロナ対策について批判を浴び、新型コロナの感染拡大により堅調であった米国経済が急失速したために経済を主要争点として位置付けられず、しかも、投票日の約1カ月前の10月2日には自らが感染して約10日間再選キャンペーンを中断せざるをえなかった事実を考え合わせると、トランプ大統領がいかに最終盤で激しい追い上げを示したかが明らかである。

再検証が求められる各種世論調査

 開票作業が進められる中、最大の「激戦州」であるフロリダ州で、トランプ大統領はバイデン氏に対して3.4ポイント引き離し、前回2016年大統領選挙での得票差1.2ポイントを大きく上回り、絶対に敗北できなかったフロリダ州で勝利した。

 また、中西部の主要州であるオハイオ州では、4年前とほぼ同水準の8.1ポイントもの大差でトランプ大統領はバイデン氏を破っている。

 郵便投票の開票がまだ十分進められていない中、トランプ大統領はウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアの3州で優勢を維持していた時点で、再選を果たす可能性が大きく浮上していた。

 4年前の大統領選挙でのトランプ氏の勝利後、主要メディアによる各種世論調査の精度について批判の声が高まった。そのため、今回の大統領選挙キャンペーン中の各種世論調査でのサンプルでは、登録有権者の実態に近い修正が加えられていたにもかかわらず、実際の結果とは乖離があることが再び明らかになり、その点は今後再検証が必要となるだろう。

息子2人のツイッターからも

 熾烈であった大統領選挙が終わり、敗北した候補が勝利した対立候補に電話で祝意を伝えて支持者を前にした敗北宣言を行い、それを受けて勝利した候補が勝利宣言を行うことで勝敗が確定する、というのが良き米国政治の慣例であった。しかし、それが今回は打ち破られ、トランプ大統領は敗北宣言をせず、バイデン氏はそれを待たずに勝利宣言を行った。

 敗北を認めていないトランプ大統領は、法廷闘争による長期戦を辞さない頑なな姿勢を明確にし、すぐさま法廷闘争を本格化する意向を示している。それだけに、任期が満了する日を前に自らが敗北を認める可能性も極めて低いように映る。

 だが、今後トランプ大統領を巡る状況はより厳しい方向へと向かうのではないかと筆者は考えている。

 トランプ大統領は開票作業が進められていた投開票日の深夜、事実上の勝利宣言を一方的に行うとともに、集計作業の差し止めを訴えた。米国民は、そうしたトランプ大統領の姿勢に厳しい視線を注いでいる。

 大統領選挙翌日の11月4日と5日の両日、『ロイター通信』と世論調査会社『イプソス』は共同で、米国の成人1115人(民主党支持者524人、共和党支持者417人、無党派174人)を対象にした世論調査を実施している。それによると、トランプ大統領が事実上の勝利宣言を一方的に行ったことについて、「受け入れる」との回答は僅か16%(民主党支持者7%、共和党支持者30%)であったのに対し、「すべての集計作業が終了するまでは大統領候補は勝利宣言すべきではない」との回答は実に84%(民主党支持者93%、共和党支持者70%)に達した。こうした結果は、トランプ大統領の事実上の勝利宣言を米国民が党派を超えて拒否したことを示している。

 また、トランプ大統領が具体的証拠も示さずに法廷闘争を長期化させようとしても、今後は、世論のみならず、与党・共和党内からも、トランプ大統領に対して敗北を認め、バイデン次期大統領とカマラ・ハリス次期副大統領への円滑な政権移行に協力すべきとの議論が広がり、ホワイトハウス内で次第に孤立していく可能性が高いと筆者は考えている。

 敗北し、権力を失いつつあるトランプ大統領に対し、従来までとは異なる姿勢を共和党政治家が次々に明らかにするに違いない。

 トランプ大統領は、郵便投票の集計作業が開始される中で、自らの優勢が「魔法のように消え去った」として強い不満を再三表明している。トランプ大統領の顧問を務めるルドロフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長は、ペンシルベニア州の事例を挙げつつ、トランプ大統領のそうした不正投票に関する主張を繰り返している。

 だが、今後、トランプ大統領がホワイトハウス内で次第に孤立する兆候は、すでに周辺で明らかになっている。

 2016年共和党大統領候補指名獲得争いから撤退後にトランプ陣営に加わり、今回の再選キャンペーンでは、大統領候補テレビ討論会の準備でバイデン候補役を務めるなどトランプ大統領を支え続けてきたクリス・クリスティー前ニュージャージー州知事は、具体的な証拠を提示することなく不正投票を訴えているトランプ大統領に対し、具体的証拠を示した上で不正投票の議論を展開すべきであると苦言を呈している。

 トランプ大統領の2人の子息ドナルド・トランプ・ジュニア氏やエリック・トランプ氏は、トランプ大統領が主張している不正投票について共和党政治家は抗議のために立ち上がっていないことに不信感を露わにする投稿をツイッター上に行っているが、こうした投稿自体が、トランプ大統領と距離を取り始めている共和党政治家の姿を浮き彫りにしており、今後トランプ大統領が次第に孤立無援となる予兆と筆者は受け止めている。

政権移行の公式サイト

 バイデン氏は投票日から4日目となる11月7日夜に地元デラウェア州ウィルミングトンで勝利宣言を行ったが、前夜の6日夜に勝利を確信しつつ、円滑な政権移行への準備に着手する意向を示し、政権移行の公式サイトも立ち上げた。

 バイデン氏は、大統領就任初日には新型コロナ感染拡大阻止のための政策を導入する方針を明確にしており、大統領就任までの今後2カ月余りで、組閣人事や新政権として取り組むべき主要政策が次々に明らかになる。そうした中、時間にも押される形で、トランプ大統領には、敗北を認めて平和的な政権移行に協力するよう圧力が加わり、ますます苦境に陥るのではないだろうか。

足立正彦
住友商事グローバルリサーチ株式会社シニアアナリスト。1965年生まれ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より、住友商事グローバルリサーチにて、シニアアナリストとして米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当し、17年10月から米州住友商事ワシントン事務所に勤務、20年4月に帰国して現職。

Foresight 2020年11月10日掲載

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