香港に続く「台湾有事」は「日本有事」になる――香田洋二(元海上自衛隊自衛艦隊司令官)【佐藤優の頂上対決】

佐藤優 佐藤優の頂上対決 ビジネス 週刊新潮 2020年10月22日号掲載

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 国際的な批判をものともせず、国家安全維持法を成立させて一国二制度の「香港」を自国に組み込んだ中国。その次なる狙いは「台湾」である。建国100年を迎える2049年までに、台湾への侵攻に踏み切る可能性が高い。その時、アメリカはどう動くのか、そして東アジアはどうなるのか。

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佐藤 9月の国連総会で、トランプ大統領は中国に対して新型コロナ感染拡大の責任を追及し、改めて対決姿勢を印象づけました。この非常時にあっても米中の対立はますます激化しています。

香田 コロナ禍の中で、中国は香港での国家安全維持法を成立させて施行するとともに、南シナ海でも領土・領海拡大の活動をやめようとしていません。中国の冒険主義にも拍車がかかっているように見えますね。

佐藤 アメリカは、スパイの拠点だとしてヒューストンの中国総領事館を閉鎖させました。これに対抗して中国は成都の米国総領事館を閉鎖しています。関税問題からのこうした一連の流れを、ほとんどの日本の有識者たちは「新冷戦」と言いますが、私はちょっと違うのではないかと思っています。

香田 かつてのソ連との冷戦とはまったく違いますね。

佐藤 あの時は米ソが数千発の核兵器を持ち、両者の力が均衡していたからこそ武力行使ができない状況が生まれました。しかしいま、米中の力の不均衡は明らかで、まだまだアメリカが優位にあります。その中で、アメリカに追いつこうとしている中国が、状況打開に向け、局地的に「熱戦」を仕掛ける可能性は排除できないと思います。

香田 オバマ政権時代に中国は、領土紛争のある南シナ海の西沙(パラセル)諸島や南沙(スプラトリー)諸島で人工島造成を行い、滑走路を作って軍事基地化しました。それまでアメリカは、中国と現在の国際秩序の中で共存できると考えていました。共産体制でもいつかは民主主義を理解し、貿易のルールを守るようになって、自由主義陣営と協調してやっていけると。オバマ大統領は軍事拠点化を黙認してしまいましたが、中国への認識が誤りだとはっきり自覚し、トランプ大統領は2018年7月、関税の引き上げという形で中国への態度を豹変させました。アメリカは軍事力を使いたがる国ですが、ここでの軍事的手段の行使はお互いの被害が大きすぎる。だから経済とハイテク分野に対し関税と圧力をかけていく形で、中国を抑え込もうとしたわけです。

佐藤 しかし中国も力をつけてきています。しかもそれまで何も言われなかったわけですから、当然反発します。

香田 やはり2010年にGDPが日本を超えて世界第2位になったことが大きい。あれから国民の意識が大きく変わったと思います。当時、私はハーバード大学の研究員だったのですが、アメリカの中国人たちはお祭り騒ぎでした。これからはアメリカと中国のG2で世界を二分する、という意識が生まれました。

佐藤 ただ人口は日本の10倍以上ありますから、1人当たりのGDPだとまだまだ低い。

香田 だから中国は、自分たちはまだ経済的に発展途上国であるとして、WTO(世界貿易機関)では途上国としてのさまざまな優遇措置を受けています。

佐藤 かなり歪な形の発展です。

香田 もう意識としては大国ですから、トランプ政権の関税措置に対し、受けて立とう、ということになります。さらには国際的なルールを無視して、領土拡大を狙い、一帯一路という対外政策も推し進めています。もうこれからは自分たちのやり方でやる、と言っているに等しい。ここで起きている対立は、我々が理解している「冷戦」とは違うものです。

佐藤 アメリカはウイグルの人権問題を持ち出すなど、さらに価値観の対立軸を作り出そうとしています。

香田 人道とか人権、自由といったものは、支持党派の別なくアメリカ人にアピールしやすいものです。

佐藤 そもそもアメリカはそうした理念によって移民が集まってできた国です。

香田 トランプ大統領としても、そこは大統領選にも効いてくると考えていますから、ますます人権問題を突いてくるでしょう。

知られざる危機

佐藤 アメリカやアジア各国との軋轢を生みながらも、冒険主義とも戦狼外交とも呼ばれる政策を取り続ける中国は、どこを目指しているのでしょうか。

香田 当然、アメリカに負けないということですが、具体的には台湾の統一でしょう。中国は2049年に建国100年を迎えます。それまでに何とか国家統一を成したい。特に人民解放軍はそれを最大の任務だと心得ていますし、それが国民との絶対的な約束であるという心理的な負荷もかかっています。

佐藤 台湾統一は、共産党統治の正統性を守るためにも譲れない。

香田 そうです。共産党政権の正統性、主権、領土保全は最重要国益と位置づけられます。そして中国が主張する「核心的利益」は、もともと台湾とチベットのことでした。

佐藤 いまは尖閣諸島も入っていますが、広げすぎです。

香田 もちろん冷静に分析すれば、2049年までにアメリカと互角に戦えるようになることは難しい。それは中国もよくわかっています。ただ一方で、チャンスはあるとも思っている。おそらく今回のコロナ禍はその一つになると中国は期待していた節があります。

佐藤 アメリカは想像以上にコロナで混乱が深まっていますからね。

香田 3月に、太平洋に展開する原子力空母「セオドア・ルーズベルト」でコロナの感染が広がりました。同船には約4800人の乗組員がいますが、千人以上が罹患した。

佐藤 ニュースでも大きく取り上げられましたね。しかもその対応を巡って艦長が解任された。

香田 おそらく中国は、コロナが米軍全体、陸、空、海、海兵隊に蔓延するだろうと思ったでしょう。そしてこのチャンスを生かせないかと考えたはずです。

佐藤 何か兆候はあったのですか。

香田 南シナ海での活動を活発化させました。西沙諸島周辺では、日本の海上保安庁にあたる中国の海警局がベトナムの漁船に体当たりをして沈没させていますし、ベトナムがアメリカと契約している石油会社の探査船も妨害しました。また中国の海洋調査船がベトナムのEEZ(排他的経済水域)に侵入し、さらにマレーシア、ブルネイの近海にも入りました。

佐藤 尖閣諸島の接続水域にも、4月から8月まで連続111日間、海警が入ってきましたね。

香田 ええ。ここでも動きが活発化しましたね。ベトナム沖には、佐世保に展開している「アメリカ」という大型の強襲揚陸艦が急遽出動しました。中国もアメリカにそこまで出てこられると引かざるを得ない。

佐藤 空母はどうなりましたか。

香田 ペンタゴンはすぐ手を打ちました。通常、アメリカはペルシャ湾と太平洋の二つの地域で空母駆動隊を展開しています。「ルーズベルト」がコロナ禍に見舞われグアムで立ち往生した時、もう1隻の「ハリー・S・トルーマン」は、ペルシャ湾での7カ月の展開を終え、母港であるバージニア州のノーフォーク港に帰港直前でした。それを大西洋上で待機させたのです。

佐藤 それはコロナ対策というより、中国を睨んでのことなのですね。

香田 大西洋では台湾から遠いのですが、台湾で何か悪さをやろうと思ったら中国にもそれなりの時間が必要です。「トルーマン」がその兆候を察知して駆けつけるなら、間に合いはしないけれども、少し遅れて着くことはできる。このように中国にメッセージを発したのです。

佐藤 なるほど。

香田 同時に、次に展開することになっていた「ニミッツ」では、乗組員と搭載する70機の航空部隊合わせて約5千人を1カ月間隔離しました。発病リスクのある2週間を優に超える期間、徹底的に管理して万全な態勢で洋上に出したのです。横須賀の「ロナルド・レーガン」でも感染者が出ましたが、これもたちまち態勢を整え、出港させました。

佐藤 アメリカはこれまでに750万人近い世界最大の感染者数を出し、死者も20万人以上ですが、軍隊はまったく対応が違いますね。

香田 トランプ大統領の方針とは関係なく、軍は軍で情報収集を行い、冷静に情勢判断して対応しています。もちろん中国の動きを睨みながらです。その結果、6月には「レーガン」「ニミッツ」とコロナから回復した「ルーズベルト」の原子力空母3隻が太平洋に同時展開しました。これは北朝鮮情勢が緊迫した2017年11月以来のことです。8月に米軍全体の機能が正常に戻るまで、アメリカは4カ月間、踏ん張ったのです。

佐藤 4月から7月くらいまでが、知られざる危機だったのですね。

香田 一番危ない時期でした。

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