「パワハラ被害をもっとも訴えているのは管理職」という意外な事実

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管理職が被害者になるとき

 2020年6月からパワハラ防止法が施行され、企業はこれまで以上にパワハラ対策に取り組まねばならなくなった。違反した場合には、罰金が科せられたり、企業名が公表されたりする可能性もあるのだ。企業側、経営者側にとっては仕事が一つ増えたともいえるが、結果として職場環境改善につながるのならば結構な話だともいえる。

 ただ、現場を預かる管理職の方々は、何でもかんでもパワハラと訴えられるリスクが高まったのではないか、という恐怖心を抱いてもおかしくはない。

 今後管理職はどのようにこの問題と向き合えばよいのか。これまでに千件以上のハラスメント相談を受けてきて、最近『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで―』を上梓したばかりの弁護士・井口博氏に、「管理職のためのパワハラ基礎知識」を聞いてみた。

「泣き寝入り」するのは管理職

――これから先、管理職はますます窮屈な思いをするのでしょうか

井口 まず、ひとつ世間のイメージと管理職の実感とに開きがあることは知っておいていただきたいと思います。

 何となくパワハラと聞くと「管理職が部下にやること」というイメージを抱く方が多いと思うのですが、管理職の方々の中には「我々こそパワハラ被害者だよ」と感じている方も多いと思われます。というのも、2016年度の厚労省の実態調査を見ると、「過去3年間でパワハラを受けたことがある」と回答した男性管理職は36・7%。女性管理職は36・4%でした。

 これを男性正社員全体で見ると、34・8%、女性正社員全体で見ると35・1%ですから、管理職と正社員全体とで比率はほとんど変わりない。それどころか少し管理職のほうが「パワハラ被害を受けた」と感じている率が上回っているのです。

 しかも、被害を受けたあと「何もしなかった」と回答した率を見ると、男性管理職は59・6%、女性管理職が39・1%。正社員全体では男性正社員が48・4%、女性正社員が29・3%です。

 つまり「泣き寝入り」の割合は明らかに管理職の方が多いことを示しています。

――なぜそんなことになるのですか?

井口 パワハラを受けても「管理職ならそれくらい自分でなんとかしろ」と言われるケースもあるでしょうし、下手に声をあげると「管理職不適格」と思われるのではないか、と思って泣き寝入りするというケースもあるでしょう。

――しかし管理職ならば立場が強いはずでは?

井口 社長、会長でない限りは誰かしら上位にいるわけです。また、必ずしも社内の地位が上の者が下の者に行うとは限りません。

上司にリモート会議のやり方をわざと教えない【テクハラ】

 たとえば部下が業務上必要な知識や豊富な経験をもっていて、その協力がなければ業務が円滑に進まないのに、部下が上司に非協力的な姿勢を取れば、それもまたパワハラになるわけです。部下であっても集団になれば上司を追いつめることも可能でしょう。

 近年ではテクノロジー・ハラスメントというものもあります。要はITの知識がない相手にわざと使い方を教えなかったり嘲笑したりするハラスメントです。これも上司が部下にやるだけではなく、部下から上司に対してやりやすいかもしれません。ITにうとい上司に、リモート会議のやり方をわざと教えない、といったことがこれに当たります。

 また、「名ばかり管理職」という問題もあります。いちおう会社からは管理職とされていても、名ばかりで実際は現場の最前線の仕事をしている人は珍しくありません。店長や支社長という肩書はあっても、権限もなく、さらに上からの指示指導によってハラスメントの被害を受けている人は多くいます。

 もちろん、管理職から部下へのパワハラは数多くあります。管理職が辛いからといって相殺されるべき話ではありません。ただ、管理職もまたパワハラ被害者になるのだという視点は必要です。

――まさに中間管理職の悲哀というところでしょうか。

井口 残念ながら部下がいつも良好な人間関係を持ってくれてコミュニケーションをとれるわけではありません。いかに前向きな働きかけをしても、きちんとした人間関係が作れない部下もいるのです。

 何を指示しても文句を言って、少し強く注意するとキレて逆に怒鳴るような部下もいます。「モンスター部下」とでも言うべき存在です。

――そういう人にどう接すればいいのですか?

井口 こういう人には、部下から上司への暴言はハラスメントであることを警告し、少なくとも厳重注意をしておく必要があります。その際には、再び同様の行為をしたときには懲戒処分に付される可能性がある旨を告げておく必要もあります。それにもかかわらず同様の行為があれば懲戒処分を科すことになるでしょう。

 こういうモンスター部下は放置すると、他の社員の就業環境も大きく害されますからきちんと対応しなければなりません。

 また、そういう部下にはメンタルの問題があることも少なくないので、場合によっては産業医の受診を勧める必要もあります。

「冤罪」を防ぐために

――管理職に限った話ではありませんが、パワハラなどで多くの人がおそれるのは「身に覚えのない訴え」をされることではないでしょうか。

井口 「冤罪」を防ぐために会社側は双方の言い分を聞く必要があります。訴えがあったからといって被害者側の言い分だけを聞くのは駄目です。きちんとしたヒアリングを行う必要があります。

 裁判にもなれば、当然ですが、証拠が必要とされます。

 過去、ある会社の部長が「社長から暴言を吐かれ、殴る蹴るの暴行を日常的に受けていた」といって、慰謝料500万円を請求したというケースがありました。このケースでは、裁判所で、「被害者」側の訴えが否定されました。それは、「数年にわたって激しい暴力を受けた」と主張しているにもかかわらず、部長は医者に行って診断書をもらうといったことをしていなかったのです。これでは主張が認められるはずがありません。

 証拠という意味では、被害者側にせよ加害者側にせよ、これからはトラブルになりそうな話し合いの際にはICレコーダーなどで記録をすることが必要なのは間違いないでしょう。

―――話し合いをこっそり録音していいのでしょうか。

井口 過去、上司側が面談を無断録音していたことについて「無断録音は違法だ」と部下の側が訴えたことがありました。しかし、裁判所は「違法とは言えない」として、その録音記録をもとにパワハラの有無を判断しています。

――会社の中で誰もが疑心暗鬼になるような気が……

井口 パワハラ対策の研修などでいつも強調しているのは、職場の人間関係を良好に保つことが何よりの予防策だということです。それ以外には就業規則を定めることを勧めています。法律相談を受けていると、会社に就業規則がないという話をよく聞きます。

 常時10人以上の労働者を使用する使用者は必ず就業規則を作成して、労働基準監督署に提出しなければならないと定められています(労働基準法第89条)。違反したら30万円以下の罰金なのですが、この規定を知らない経営者は多いようです。

 この規則にハラスメントの禁止と懲戒規定を書いておくことが第一歩です。

 また、ハラスメントのない会社にすることを方針として公表することもお勧めします。トップがそういう姿勢だということを発信するのです。できれば「ハラスメント根絶宣言」のようなものを会社全体でまとめると良いでしょう。トップがいきなり発信しても下はついてこないかもしれません。下から上への議論を積み上げていけば、それ自体が社員のハラスメント教育にもなります。

デイリー新潮編集部

2020年10月26日掲載

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