「コロナうつ」には外出、運動、肉が効く? 急増する自殺の防ぎ方

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うつも自殺も遅れてくる

 われわれに日常が保たれていれば、なかったであろう痛ましい相談の数々。これらを受けて、篠原理事長はこう感想をもらす。

「自死を考えるほど思い悩んでいる人に、いまはだれも手を差し伸べません。核家族化とともに、人々が助け合った有縁の社会は無縁の社会になり、新型コロナの流行でそれに拍車がかかってしまった。芸能人の自死の根底にも孤立があるのだと思う。新型コロナへの感染防止策や肉体への影響ばかりが取り沙汰されていますが、われわれの精神が蝕(むしば)まれていることも考慮しなければなりません」

 新型コロナが原因のこのような精神的な不調は、いま一般に「コロナうつ」と呼ばれている。精神科医の和田秀樹氏も、それらを目の当たりにしていて、

「今日診察した70代女性は、現役で仕事をしていたのですが、新型コロナが流行して仕事がなくなった途端に、体の調子が悪くなったそうです。そのうえ同居する50代独身の、イベント関係の仕事をしている息子さんも、失業状態になってしまったのを心配し、ストレスを抱えていました」

 と語り、うつ病を招くメカニズムを解いてくれる。

「うつ病の発症要因には、生物学的な側面と心理学的な側面があるといわれ、前者は(脳内で働く神経伝達物質でいわゆる「幸せホルモン」)セロトニン不足です。セロトニンの分泌量は、日に当たらない、タンパク質が不足する、などの要因で減少し、運動をすると増加します。ですからセロトニンを分泌させるためには、肉を食べ、外に出て運動し、人と話してリラックスすることが大事。ところが新しい生活様式は、日に当たるな、人としゃべるなと、真逆のことを推奨しています。いま心理的にもうつ病になりやすい状況下で、生物学的にも悪いことをして、ダブルパンチの状況です」

 そして、このところの芸能人の自殺の連鎖も「一般に敷衍(ふえん)できる状況だ」として、こう説明する。

「藤木孝さんは新型コロナで仕事を失ってストレスがかかっていたという。高齢でセロトニンの分泌量が少ないところに、輪をかけるように減少する生活を強いられたために起きた、典型例だと思います。竹内結子さんは1月に出産していました。産後でセロトニンの分泌量が減りやすい時期だったのに、さらに減る生活を強いられて起きたことではないでしょうか」

 特に竹内の場合、産後うつという文脈でも語られている。この症状を産婦人科医の森本義晴氏が説く。

「出産前後はホルモンの変動が激しく、それに精神状態がついていけず産後うつになる、といわれます。育児のストレスは産後うつを誘引する要因にはなっても、本質的な原因はホルモンの変動なので、外的要因が積み重なって発症するふつうのうつとは、少し質が違います。その分予測しにくいのですが、ふさぎ込んでいる、育児放棄している、という場合は、早めにうつを疑い、心療内科医や精神科医が判断しないといけません。自殺にも結びつきうるので、非常に恐れられている疾患なのです。特にコロナ禍では運動をせず、血液循環が悪くなり、産後うつになりやすいホルモン環境が作られてしまう。さらに人と会わないことでストレスは溜まりやすく、発散しにくい。うつ症状の発見も遅れがちです」

 緊急事態宣言下はもとより、いまも新しい生活様式が提唱されている。そのなかで、多くの人の目は相変わらず、複数の基礎疾患を抱える高齢者を除けば、死と結びつきにくい新型コロナの感染者数にばかり向く。だが、和田氏が言う。

「芸能人も一般人も、いままでとまったく異なる生活が始まった直後に自殺が増えないから、新型コロナとのからみでは騒ぎになりません。しかし、セロトニンの分泌量が減る生活を続けて、実際にうつになるまでには2~3カ月かかり、それが自殺につながるまでにも時間がかかる。いまの自殺の増加はタイミング的に理解できることです」

追い詰められやすい女性

 和田氏は、コロナうつを発見し、防ぎ、自殺者を減らす戦略を三つ挙げる。

「一つは早期発見、早期治療。眠れない、酒量が増えた等々メンタルの調子が悪い人は医者にかかろう、と啓蒙することです。新潟県松之山町では、保健師が各家庭を訪問することで自殺者が7割減りました。うつ気味の人に医師の受診を勧めることで、自殺を減らせるのです。二つめは、セロトニンを増やすように生活改善すること。なるべく外出し、運動し、肉を食べるのです。三つめは、ものの見方を改善すること。煽り報道の影響で、ウイルスに感染しても、うつしてもいけないし、熱中症になりそうでもマスクは着用する、といった“かくあるべし思考”が強まった。いくら防いでも感染症はゼロにはならないのに、それを求める完璧主義に陥る人も増えました。しかし、それらはうつ病にとってはまずい。もっとゆるい思考パターンにしなくてはいけません」

 ところで、先に挙げた8月の自殺者数は、男性が1199人で、昨年同月比60人増だったのに対し、女性は650人で、186人も増えていた。その意味も考察する必要があろう。医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏が述べる。

「外出自粛で家庭に閉じこもらなければいけない状況が続きましたが、特に子どもがいる人には大きなストレスがかかると、社会全体が認識したほうがいい。私も縁もゆかりもない北海道の夕張に、妻と2歳の第1子と生後間もない第2子と赴任したことがありました。妻は友人もなく、雪があって外出もしづらく、朝から晩まで子どもと家にいましたが、そういう状況が続けばうつになっていたかもしれない。その際は近所のおじいちゃん、おばあちゃんが手を差し伸べてくれて助かりましたが、都会では近所づき合いもほとんどない。近所の方のほか祖父母など、頼れるカードはいろいろあるといいのに、コロナ禍では高齢者には会うなという風潮でしたからね」

 コロナ禍で女性の置かれた状況を、さらに掘り下げてくれるのは、国際政治学者の三浦瑠麗さんだ。

「国立社会保障・人口問題研究所の全国家庭動向調査で、いまだに家事と育児のうち8割の負担が女性にかかっている、という結果が出ています。マクロミル社の調査では、共働きの家庭にかぎっても、半数以上の家庭で8割以上の家事負担が女性にのしかかっていました。当然、睡眠時間は削られ、余暇も女性にだけない状況で、精神的にも肉体的にも女性のほうが追い込まれやすくなります。自宅でのリモートワークも、男性はくつろげる、通勤時間が減って楽だ、という感想の人が多かったのに対し、家庭をもつ女性は追い込まれた人が多かったのが、アンケートでも明らかになっています。特に緊急事態宣言下では、保育園や幼稚園が閉鎖され、子どもたちの権利であり母親の負担を減らす存在でもある学校が休校になり、それらの機能も女性が負うことになった」

 働く女性にかぎっても、

「3~4月の1カ月だけで、100万人単位の非正規労働者が労働市場から消えました。その7割以上が女性。つまりコロナ禍では女性から先にクビを切られたのです。その人たちは家庭に吸収され、職場という社会、自立した収入を得る手段を失い、外とのアクセスを遮断されたうえ、増えてしまった家事や育児の負担は全部担うということになった。そういう女性の追い詰められ方は、想像するに余りあります」

 それも社会における孤立にほかなるまい。しかも孤立するほど、声は上げられない。森田氏が言う。

「男女問わず孤立や孤独が、お酒やたばこ、肥満以上に健康によくないことは、データに出ています。家に閉じこもればだれでも気分が落ち込み、人と接触しなければ社会が壊れていく。だれのことも一人にはさせない社会にする必要があるのに、新型コロナ対策は、みんなを一人にしろと言っているようなものです」

 一人を強いて追い詰める状況を一刻も早く改善することは、菅新総理に強く求めたい。だが、同時に一人一人が、その家族が、異変を早く察知し、医師に診せるように努めることだ。

■相談窓口

・日本いのちの電話連盟
電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)
https://www.inochinodenwa.org/

・よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
電話 0120-279-338(24時間対応。岩手県・宮城県・福島県からは末尾が226)
https://www.since2011.net/yorisoi/

・厚生労働省「こころの健康相談統一ダイヤル」やSNS相談
電話  0570-064-556(対応時間は自治体により異なる)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_info.html

・いのち支える相談窓口一覧(都道府県・政令指定都市別の相談窓口一覧)
https://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php

週刊新潮 2020年10月8日号掲載

特集「異常事態は芸能界だけではない! 自殺急増『コロナ鬱』の早期発見法と防ぎ方」より

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