タイの反政府・王室改革運動 19日に大規模な集会、クーデターの可能性は…

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国王を刑罰の対象に、実現可能性は

――学生たちが主張する、王制改革に関する「10箇条の要求」について伺います。学生たちは国王を「憲法下」に戻そうとしており、その中で、「国王も刑罰の対象とする」と主張しています。彼らの主張はタイでの王制改革の歴史でどういう意味を持つのでしょうか。実現はするのでしょうか。

「タイには1932年の立憲革命で、国王を拉致監禁して憲法を発布させ、さらに国会を開設させて国王の絶対的な統治権を剥奪したという経験があります。今回の集会でも立憲革命の宣言文がステージ上で読み上げられたりしています。

 つまりタイの人々には国王の権限に制限を加えるという歴史的な経験があるわけで、学生たちは前代未聞の要求をしているわけではありません。とはいえ、圧倒的な財力と、軍の中枢部に強い影響力を持つようになった国王の権限を縮小するのは、容易なことではありません。また一方で、タイの多くの人たちは、国王神話に幻滅しています。国民に、再び国王神話を信じ込ませることが無理であるのも事実です。よって、しばらくは不安定な状況が続くと思いますが、最終的には国王の権限は縮小されることになると私は思います。

 タイの憲法の規定(現行憲法では第3条)では国王も憲法に従うことになっています。ただ日本もそうですが、憲法には一般に罰則規定はありません。たとえば日本の天皇は、国事行為に関しては内閣の助言と承認を必要とする(第3条)と書かれています。でもそれに従わなかった際に、天皇をどう処罰するかは憲法には規定がない。それを定めた法律もありません。このため、国会が首相に選出した人を、天皇が拒否すると、困ったことになります。日本国憲法では内閣総理大臣は国会が指名することになっていますが、内閣総理大臣の任命は天皇が行うことになっています(第4条)。天皇に任命されないと、閣議の開催もできません。

 日本もそうですが、天皇や国王に関しては、多くの国が性善説に立っています。いろいろ規定はあっても、罰則は明確でないことが多いのです。そういう意味では、国王が憲法に従わなかった場合に、どのような法的根拠に基づいて処罰するのかが明確になっていないのはタイに限ったことではありません」

亡命中の京大准教授の引き渡し要求…日本とタイの関係は

――今回の運動には日本も巻き込まれています。日本に亡命しているタイの政治学者、パヴィン・チャチャワーンポンパン博士(京都大東南アジア地域研究研究所准教授)が立ち上げたフェイスブックグループを遮断するよう、タイ政府がフェイスブック社に強いていたことが発覚すると、世界のメディアが驚きをもって報道しました。

「集会に参加している若者の中にはパヴィン氏の写真を掲げたりしている人もいますが、氏の指示を直接、受けているわけではありません。日本政府もタイ政府も、そのことはよくわかっています。ただ、彼が開設した『Royalist Marketplace』というグループに100万人を超える人びとがアクセスして、政府や王室が隠しておきたい情報をシェアしていることに国王は激怒しているとは言われていますね。

 タイ政府は、国内からこのグループにアクセスできないようにさせましたが、パヴィン氏はすぐに新しいグループを立ち上げました。このことはタイ国内でも広く報道されたため、かえってグループの知名度を高めてしまい、再開設後の参加者数は、以前よりも増えてしまっています。再びグループを閉鎖させたとしても、別の人が同じようなグループを立ち上げるだけなので、パヴィンを捕まえたりしても、運動はダメージを受けないと思われます。むしろそんなことをすれば、国王の命令による人権侵害だとして、運動がさらに盛り上がるだけでしょう」

――最後に、日本とタイの関係について。私は今回、パヴィン氏にインタビューする機会がありましたが(参考「今タイ王室で何が起きているのか 日本に亡命、カギを握る『タイ人教授』独占インタビュー」9月12日配信)、昨年、氏は自宅で何者かに襲われており、犯人はいまだ捕まっていません。国連では、タイの反政府活動家の失踪や暗殺事件の捜査をタイ政府に求めています。今後、日本で政治的難民として亡命中の京大のパヴィン氏の身柄を、タイ政府が日本政府に正式に要請する可能性はあるでしょうか。法的には難しいとは思いますが……。

「タイ政府が、パヴィン氏の送還を日本政府に要請する可能性はあります。ただ日本政府がこれに応じないことはタイ政府は百も承知ですし、日タイ関係には何の影響もないでしょう。これまでタイ政府は、イギリスに滞在しているインラック元首相(タクシン元首相の実妹)の送還をイギリス政府に要請しましたし、ドバイに滞在しているタクシン元首相の送還もUAE(アラブ首長国連邦)政府に要請しました。しかし、イギリス政府もUAE政府もその要請には応じていません。いずれも国同士の関係は悪化していません」

週刊新潮WEB取材班編集

浅見靖仁(あさみ・やすひと)
1960年、愛知県生まれ。法政大学法学部国際政治学科教授。政治学者。87年、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。88年、タイ・タマサート大学大学院修士課程修了。92年、米ハーバード大学大学院博士課程コースワーク修了。93年、東京大学大学院博士課程単位取得退学。2006年、一橋大学大学院社会学研究科教授、2015年より現職。タイ政治、東南アジア地域研究、比較政治学、国際開発論が専門。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

2020年9月18日掲載

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