安倍政権「半島外交」完全総括【韓国編】歴史修正・嫌韓・遺恨の8年

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 安倍晋三首相は8月28日、持病の潰瘍性大腸炎の症状悪化を理由に辞職を表明した。約7年8カ月という憲政史上最長政権のあっけない幕切れだった。

 国民の意思を反映した辞任でも、政策課題が達成できたということでもなく、任期満了などの政治的な区切りによる辞任でもなかった。むしろ、行き詰まり、実現不可能になった課題を放棄するための、病気辞任のように映った。

 安倍首相は、「拉致問題の解決」ができなかったことは「痛恨の極み」であり、「ロシアとの平和条約」と「憲法改正」ができなかったことは「断腸の思い」だとした。日朝関係については「拉致問題」を挙げただけで、最悪といわれる日韓関係については一言もなく、記者たちの質問にも上がらなかった。

 安倍政権の日韓関係、日朝関係を検証するとともに、菅義偉首相になるとみられる次期政権の朝鮮半島政策の行方を考えてみたい。

韓国が「保守」でも関係悪化

 まずは、安倍首相が一言も言及しなかった「日韓関係」である。

 安倍首相は在任期間中、朴槿恵(パク・クネ)、文在寅(ムン・ジェイン)両大統領をカウンターパートとした。2度目の就任は2012年12月だったが、朴槿恵政権の誕生は2013年2月で、ほぼ同じスタートだった。

 安倍首相と文大統領との関係は保守と進歩でミスマッチといわれるが、同じ保守であると朴大統領の関係がグッドマッチだったとは言い難い。

 日韓関係は、2012年8月に当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が竹島(韓国名・独島)を訪問してから急速に悪化した。

 日本側は、日韓国交正常化を成し遂げた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の長女である朴槿恵氏が当選したことで、関係が改善されると期待した。

 しかし、韓国では歴史問題に対する考えは保守、進歩両陣営にとって共通であり、特に韓国初の女性大統領である朴槿恵氏にとって、元従軍慰安婦問題の解決を重視するしかなかった。

 朴大統領の就任式には、安倍首相の盟友の麻生太郎副総理兼財務相が、日本政府代表として出席した。訪韓した麻生副総理は2013年2月25日、就任したばかりの朴新大統領と会談した。会談では未来志向で緊密な協力をしていくことで一致した、と無難な発表がされた。

 しかし、実情は異なった。朴大統領は麻生副総理に、

「韓日間の真の友好関係構築のために歴史を直視し、過去の傷がこれ以上悪化せず治癒するようにお互いが努力しましょう」

 と口を切った。

 これに対し、麻生副総理は米国の南北戦争に言及した。韓国紙『中央日報』によると、

「米国を見てほしい。米国は南と北が分かれて激しく戦った。しかし南北戦争をめぐり北部の学校では相変わらず“市民戦争”と表現するところがある一方、南部では“北部の侵略”と教える。このように同じ国、民族でも歴史認識は一致しないものだ。異なる国の間ではなおさらそうだ。日韓関係も同じだ。それを前提に歴史認識を論じるべきではないだろうか」

 と自説を展開した。朴大統領の立場からは麻生副総理の発言は、大統領就任の「祝賀使節」というよりは、「挑発使節」、「説教特使」と映っただろう。

 朴大統領はこの直後の3月1日の3・1独立運動の記念式典で、日韓がパートナーになるためには、

「日本が歴史を正しく直視し、責任を取る姿勢を持たねばならない」

 と訴え、日本が竹島領有権や従軍慰安婦などの歴史問題で対応を取るよう求めた。さらに、

「加害者と被害者の立場は千年の歴史が流れても変わらない」

 とした。

安倍政権初期は「歴史修正主義」を実践

 その後の安倍政権の姿勢も、朴政権を刺激した。

 安倍首相は、靖国神社の春季例大祭に合わせ「真榊」と呼ばれる供物を「内閣総理大臣」名で奉納し、麻生副総理は4月21日、靖国神社を参拝した。尹炳世(ユン・ビョンセ)外相(当時)は、4月下旬に予定していた訪日と日韓外相会談を中止した。

 さらに安倍首相は2013年4月23日の参議院予算委員会で、

「『侵略』という定義は国際的にも定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかということにおいて(評価が)違う」

 と述べた。さらに24日にも靖国神社参拝について、

「国のために命を落とした尊い英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。その自由を確保していくのは当然のことだ。国益を守り、歴史や伝統の上に立った誇りを守ることも私の仕事だ。それを削れば外交関係がうまくいくという考え方は間違っている」

 と述べた。安倍首相は自身の支持基盤である保守強硬派の支持を背景に、自身の信じる「歴史修正主義」を実践しようとしたのだった。

結果的には村山、河野談話を継承

 このように、安倍政権は発足当初は自身の歴史観をそのまま表明し、韓国との軋轢が高まった。しかし、こうした「原色路線」は次第に修正を迫られていく。

 安倍首相は、当初は、従軍慰安婦問題をめぐり旧日本軍の関与と強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官談話の、見直しの動きを示した。

 しかし、安倍首相は2014年3月14日、参院予算委員会で河野談話について、

「安倍内閣で見直すことは考えていない」

 と表明し、菅官房長官も、

「河野談話を継承する」

 と言明した。安倍首相自身は不本意ながらも、安倍政権としては河野談話を継承せざるを得なかった。

 また戦後50年に当たり、公式に植民地支配を認め、「痛切な反省の意」と「心からのおわびの気持ち」を表明した村山富市首相談話についても、安倍首相は2015年8月の戦後70年談話の際の会見で、

「歴代内閣が表明した気持ちを私の内閣においても揺るぎないものとして引き継いでいく。そのことを今回の談話の中で明確にしたところであります」

 とし、村山談話の継承を確認した。

 2015年の戦後70年の安倍談話は中途半端なものであったが、安倍首相の歴史修正主義的な動きを封じ込めた産物でもあった。

ようやく「慰安婦合意」

 朴大統領は慰安婦問題の解決がない限り、日韓首脳会談には応じないとの姿勢を堅持した。日本側は隣国との首脳会談に条件を付けるべきではないと反発、首脳会談を急ぐ必要ないとした。

 それでも、2015年は日韓条約締結から50周年の年でもあり、首脳会談開催への努力が続いた。米国も慰安婦問題の解決を含め、日韓関係改善への圧力を両国にかけた。

 両国は、2015年の日韓条約締結50周年の6月までの首脳会談実現を目指したが、結局、開催できなかった。

 しかし、2015年11月1日にソウルで日中韓首脳会談が開催され、翌11月2日に、安倍首相と朴大統領の首脳会談が初めて実現した。両首脳は慰安婦問題を2015年中に解決し、未来志向的な関係に向けて努力していくとした。

 この結果、岸田文雄外相(当時)と韓国の尹炳世外相が2015年12月28日、慰安婦問題について共同記者発表の形式で合意を発表した。岸田外相が、

「安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」

 と述べ、尹炳世外相が、

「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は、日本政府の実施する措置に協力する」

 とし、日本大使館前の少女像について、

「韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」

 と述べた。

ろうそくデモから大政変

 しかし、韓国では2016年10月に朴大統領の知人、崔順実(チェ・スンシル)氏の国政介入疑惑が表面化。同年12月に韓国国会は朴大統領への弾劾訴追案を可決した。

 そして朴大統領の退陣を求める大規模な「ろうそくデモ」が勃発。

 憲法裁判所は2017年3月、8人の裁判官全員一致で大統領職からの罷免を決定した。

 さらに、検察当局は同年3月31日、収賄などの容疑で朴槿恵氏を逮捕。これによって大統領選挙が同年5月に行われ、文在寅氏が当選し、即日、大統領に就任した。

文大統領は就任早々に特使を日本へ派遣、日韓首脳が1年に1度相互訪問する「シャトル外交」の復活などで合意した。だが、2015年12月の「慰安婦合意」については、

「国民の大多数が受け入れられない」

 と否定的な姿勢を示したのである。

元徴用工問題で日本企業に賠償判決

 そして、韓国大法院(最高裁)は2018年10月、元徴用工やその家族が起こした訴訟で、

「原告らが主張する被告に対する損害賠償請求権は、請求権協定の適用対象に含まれるとはいえない」

 と、日本企業側の敗訴を言い渡した。

 文政権は、三権分立の原則があるから司法の判断に介入できないとして、この問題の積極的な解決を模索しなかった。

 安倍政権は慰安婦問題の合意を壊し、日韓請求権協定で解決済みとされてきた元徴用工問題まで合意を覆されたとして、文政権相手にせずとの姿勢を固めた。

 これで日韓関係はさらに悪化した。

 その直後、日本の防衛省は2018年12月21日、石川県の能登半島沖で同月20日午後、韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊のP1哨戒機に火器管制レーダーを照射したと発表した。日本側は「極めて危険な行為」だと韓国に強く抗議した。

 韓国側は、遭難した北朝鮮船舶を捜索するためにレーダーを使用したが、むしろ哨戒機が低空飛行で接近してきたとして日本側を非難した。日本側が、哨戒機が撮影した当時の映像を公開すると韓国側も動画を作成し反論するなど、双方が主張を譲らなかった。日本では「嫌韓感情」がこれまでになく高まった。

韓国に輸出規制

 それから半年後、日本の経済産業省は2019年7月1日、半導体製造に使う「フッ化水素」など3品目の韓国向け輸出規制を同4日から強化すると発表した。さらに安全保障上問題がない国に適用している「ホワイト国」から韓国を除外する手続きに入るとした。

 経産省はこうした措置の理由として、

「日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況」

「大韓民国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっている」

「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこと」

 としたが、「不適切な事案」とは何なのかは明らかにしなかった。

安保分野にまで広がった対立

 もともとこうした対抗措置は、韓国が元徴用工問題で差し押さえ資産を現金化した場合に備えて準備していたものであった。

 しかし、これを前倒しで実施した。日本政府は元徴用工問題とは関係ないとしたが、事実上の対抗措置であった。

 それは参院選挙の直前であり、日本国内で広がる嫌韓感情もあり、韓国への輸出規制は世論の支持を得ると同時に、参院選挙での自民勝利の要因の一翼を担った。日本国内に広がる「嫌韓」感情を、政権基盤強化に利用したといえる。

 だが、それは歴史問題での日韓の葛藤を、経済分野にまで広げることとなった。

 韓国では、輸出の最大品目である半導体への大打撃になるという危機感が広がり、一般市民の間でも日本製品の不買運動などが広がった。

 韓国人は慰安婦問題など歴史問題では日本を厳しく批判する一方、日本製ビールを好み、日本旅行を楽しむという「2トラック」だったが、経済分野での日本からの規制により、ビール、衣料、自動車など幅広い日本製品への不買運動が広がり、それは今でも続いている。

 また、日本政府が安全保障上、韓国が信頼できないとして「ホワイト国」から除外したことを逆手に取り、韓国政府は2019年8月22日、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を決めた。

 日本政府は歴史問題での対立を経済分野に広げ、韓国政府はそれを安保分野にまで広げる愚を犯し、日韓の対立はさらに深まった。

 ただし、米国の強い反対などもあり、韓国政府はGSOMIAの失効直前の11月22日になり、破棄通告の効力を一時停止するという奇妙な決定で、GSOMIAは継続されることになった。

お互いに「遺恨」

 安倍首相と文大統領はよくミスマッチといわれる。本人の考えはともかく、安倍首相の支持勢力は「嫌韓」、文大統領の支持勢力である「文派」は「反日」である。これに加えて、お互いが相手のやり方に恨みを抱くことがあった。

 文大統領にとっては、2018年2月の平昌冬季五輪は南北の和解を世界に発する重要なイベントだった。さらに、この冬季五輪を米朝接触の場にもしようとしていた。

 同2月9日の平昌冬季五輪の開会式を前にした文大統領主催のレセプションがあり、各国代表が参加した。文大統領はここで自然な形での米朝接触を実現しようとした。

 しかし、米国のマイク・ペンス副大統領と安倍首相はわざと遅刻した。しかも、ペンス副大統領は主賓席の人々と挨拶を交わしただけで着席せず、退席した。このため、ペンス副大統領と北朝鮮代表団との接触は不発に終わった。安倍首相は会場に残り、レセプションが終わり、開会式が始まる直前に、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長(当時)に話し掛けたが、事実上、対話を拒絶された。

 文大統領は、翌2月10日、青瓦台(大統領府)で北朝鮮代表団との会談後、大統領と入れ違いにペンス副大統領が入り、米朝接触をつくる考えだった。米朝の情報機関間の事前協議で計画され、ドナルド・トランプ大統領の了承も出ていた。

 しかしその直前に、北朝鮮側が「拒否」を通告してきた。理由は明らかにされなかったが、ペンス副大統領が訪韓前に立ち寄った日本で、安倍首相とともに対北強硬発言を続けたことが理由とみられた。

 文大統領は米朝接触をつくり、平昌冬季五輪の意義をさらに高めようとしたが、開会式前のレセプションでも青瓦台での秘密接触でも、失敗し、その原因のかなりの部分は安倍首相による妨害、という意識が残った。

 一方の安倍首相にとっては、2019年6月に大阪で開催した20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)は日本国内で開催した史上最大規模の首脳会議で、大きな業績づくりとなるイベントであった。だが安倍首相は、G20大阪サミットに参加した文大統領と立ち話すらせず、無視した。

 ところが、G20大阪サミットに参加したトランプ大統領は突如、ツイッターで米朝首脳会談を呼び掛け、記者会見で、

「板門店で金正恩(キム・ジョンウン)党委員長と会うかもしれない」

 と語り、世界の関心はG20よりも米朝首脳の対面に集中した。これはG20の成果を世界にアピールしようとした安倍首相の意図を打ち砕くものであった。

 そして実際、文大統領は板門店でトランプ大統領とともに金党委員長と対面し、初の「米朝韓」首脳の対面を実現したが、安倍首相にとっては、G20大阪サミットの成果を潰したのは文大統領、という遺恨を抱かせた。

 保守の安倍首相、進歩の文大統領という基本的な対立構造に加えて、お互いが自分の執権期間内で最大のイベントと考えていた催しを台無しにされた、という思いが今も残っているであろう。

 その意味で、安倍首相と文大統領はミスマッチというか、犬猿の関係になったといえる。

 しかし、隣国同士の指導者の対立が、国家の対立にまで発展することで被害を蒙るのは国民である。

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年9月12日掲載

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