「特例」は誰かのためではなく皆のために公平であるべき 風の向こう側(78)

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 昨年のメジャー「全英女子オープン」を制したシンデレラは渋野日向子(21)だったが、今年の同大会に世界304位から挑み、見事に勝利した27歳のドイツ人、ソフィア・ポポフも「これぞ、シンデレラ!」と絶賛された。

 世界ランキングが何位であろうとも、たとえそれまでは無名選手であろうとも、メジャー大会で優勝すれば、その後のすべてのメジャー大会の出場資格が得られることはゴルフ界の常識のようなもの。

 しかし、今月10日から開催されるメジャー第2戦「ANAインスピレーション」(9月10~13日)や、当初の6月から12月に延期されている「全米女子オープン」(12月10~13日)に、

「ポポフが出られないのは、おかしいのではないか?」

 そんな激しい批判が欧米メディアやファンの間から上がっている。

 米男子ゴルフに目をやれば、コロナ禍で6月から再開された米ツアー(PGAツアー)の再開初戦「チャールズ・シュワブ・チャレンジ」(6月11~14日)を制し、その後も優勝争いにたびたび絡み、トップ3入りを3度も続けている27歳の米国人選手、ダニエル・バーガーは、現在、世界13位(8月31日時点)のトップ・プレーヤーだが、

「これほど絶好調のバーガーが『マスターズ』に出られないのは、おかしいのではないか?」

「出場できるよう特例を設けるべきではないか?」

 と、米メディアは疑問と批判を展開している。

 メジャー・チャンピオンやトップ・プレーヤーがメジャー大会に出場できない事態。それは本当に「おかしい」ことで、「特例」を設けるべきなのだろうか――。

「みんなが見たがっている」

「全英女子オープン」で勝利したポポフが、なぜ、これから開催される「ANAインスピレーション」と「全米女子オープン」に出場できないのかと言えば、それはコロナ禍の影響で、今季のメジャー開催日程が大幅変更されていることが、そもそもの原因だ。

 本来なら「ANAインスピレーション」は4月、「全米女子オープン」は6月、そして「全英女子オープン」は8月という順序で開催されるはずだった。しかし、今年はコロナ禍で順序が入れ替わってしまい、「全英女子オープン」の後に「ANAインスピレーション」と「全米女子オープン」が開催されることになっている。

 しかし、優勝者に与えられる他大会への出場資格に関しては、コロナ禍での特例は設けられておらず、2020年「全英女子オープン」を制したポポフは、その優勝資格によって、従来の規定通り2021年の「ANAインスピレーション」や「全米女子オープン」への出場資格は得られたが、本来ならすでに終了していたはずの2020年の両メジャーへの出場資格は「規定にはない」ため、付与されないのである。

 それならば、今回のメジャー初勝利で手に入れたビッグな優勝賞金67万5000ドル(約7200万円)があるのだから、賞金ランキング・トップ20の資格で米国開催のメジャー大会に出場という選択肢が想起される。

 だが、シード落ちしていたポポフは、今季の米女子ツアー(米LPGA)メンバー資格を有していないため、せっかくのメジャー優勝賞金はカウントされない。

 長年、感染症の「ライム病」と闘いながら、世界304位から一挙にメジャー・チャンピオンに輝き、世界中に夢と希望をもたらしたというのに、コロナ禍以前の規定がそのまま適用されるため、ポポフはこれから開催される2つのメジャー大会には出ることが叶わない。

 この事態に、欧州男子選手のイアン・ポールター(44)やトミー・フリートウッド(29)らは、「(2つのメジャー大会の主催者たちの)対応は恥ずべきものだ」と怒りの声を上げた。

 さらに米メディアは、

「夢に向かって進み続ける彼女のさらなるマーチ(行進)をみんなが見たがっているはずなのに……」

「ポポフが出場できるような特例を、なぜ設けない?」

 と批判記事を発信。

 しかし、米LPGAのマイク・ワン会長は、冷静な態度で、こう言った。

「大会出場資格は、すでに決定していたことだ。決定事項を後から変えるわけにはいかない」

「出られないなんて馬鹿げている」

 バーガーが今年11月に開催される「マスターズ」に出場できないのも、やはりコロナ禍におけるツアー日程の大幅変更が理由である。

 バーガーは前述した「チャールズ・シュワブ・チャレンジ」を制した後、「RBCヘリテージ」で3位タイ、世界選手権シリーズの「WGCフェデックス・セントジュード招待」で2位タイ、プレーオフ第1戦の「ザ・ノーザントラスト」で単独3位と大躍進を続けている。

 それなのになぜ「マスターズ」に出られないのかと言えば、もしもマスターズが本来の日程通り今年4月に開催されていたとしたら、その時点ではバーガーは「オーガスタ・ナショナル」への切符を持っていなかったから。

 コロナ禍で開催時期は4月から11月に変更されたが、今、急上昇中のバーガーを突然、迎え入れる特例まで設けられたわけではない。

 しかし米メディアは、

「世界13位の米ツアー選手が『マスターズ』に出られないなんて馬鹿げている」

「『マスターズ』は『オーガスタ・ナショナル』の大会だから、『はい、そうですか』と規定を変更するようなマスターズ委員会ではないが、やっぱりバーガーが出られないのは納得がいかない」

「特例を設けるべきだ」

 等々、これでもかという批判的な記事を繰り返しているのだ。

結果が出る「前」か「後」か

「特例」というものは、滅多に設けられないからこそ、それが設けられたときに「特別」となるわけで、「特例を設けろ」「はい、設けます」では、単に「リクエストに応えた」ことにしかならない。

 しかし、メジャー大会で出場資格に関する特例と言える規定変更が設けられたケースは、実を言えば昨年末、1つあった。しかも、その特例を設けたのは、ポポフが出られない状況にある「ANAインスピレーション」だという点が、なんとも興味深い。

 2019年12月、同大会は出場資格の新しいカテゴリーを追加し、発表した。それは、

「日本の女子ツアー(JLPGA)の最終のメルセデス・ランキングの最上位者が、まだ同大会への出場資格を満たしていない場合、その選手に同大会への出場資格を付与する」

 というものだった。

 その主旨は、

「才能を伸ばしつつある選手にメジャー大会出場の機会を与える」

 ということで、その意味では、ポポフへの特例を求めている欧米メディアや他選手たちの声と、ほぼ同じに聞こえる。

 ただし、大きく違う点が1つあり、そこが重要だと私は思っている。

 それは、結果が出てからの変更要求なのか、結果が出る前の変更だったかの違いである。言うまでもなく前者がポポフ、バーガーらを巡る欧米メディアの批判であり、後者が「ANAインスピレーション」の規定変更だ。

 そもそも同大会は、若い芽を見出しては大きく開花させることを目指しており、トップランクのアマチュアやジュニアにも早くから出場の道を開いてきた。

 とりわけジュニア育成には注力しており、世界中から48名のトップジュニアを招き、本選「ANAインスピレーション」のジュニア・バージョンとして、3日間54ホールの「ANAジュニア・インスピレーション」を開催。その優勝者に「本戦」への出場資格を与えている。ミッシェル・ウィ(30)、リディア・コ(23)、ジョージア・ホール(24)といった選手たちは、みな同大会を経てビッグになった。

 才能ある選手に、まだ見ぬメジャー大会を見せてやりたい。まだ踏んだことのないメジャー大会の土を踏ませてやりたい、経験させてやりたい。そこを足場にして、もっと成長してほしい――。

 そんな大会側の想いが、ジュニアやアマチュアに門戸を開き、同様に、日本の女子ツアーのトップランカーにも道を開き、出場資格の「特例」が設けられたのだ。

 そのタイミングは、ちょうど渋野ブームの真っ只中。とは言え、渋野は2019年「全英女子オープン」優勝によって、すでに2020年「ANAインスピレーション」への自力出場が決まっており、この特例は、同大会に出場できるJLPGA選手をもう1人増やすことが目的だ。

「ANA」は日本企業ゆえ、日本選手だけを優遇するこの特例に首を傾げた人々は、それなりに居たはずである。しかし、この特例の発表に際しての「ANA」役員による、

「ほんの少し(日本に)肩入れはしていますけど、とてもポジティブな追加特例だと思っています」

 という説明は、とってつけたようなエクスキューズではなく正直な発言だったがゆえに、人々の理解を促したのではないだろうか。

選手本人は頷いている

 特例は、それを設けた時点では、特定の誰かを指していないことが重要なのではないだろうか。

「このジュニア大会で優勝したら、あのメジャーに出られる」

「このアマチュア大会で優勝したら、あのメジャーに出られる」

「このランキングでトップになったら、あのメジャーに出られる」

 誰がそうなるかは蓋を開けてみるまでわからない。そういう仕掛けであれば、フェアだと誰もが思う。

 しかし、

「すごい勝ち方をしたポポフだから、メジャーに出すべき」

「急上昇中で絶好調のバーガーだから『マスターズ』に出すべき」

 というのは、心情的には「そうだよね、そうなったらいいね」とエールを送りたくなるが、公平性や社会性に照らせば、特定の状況で特定の選手のためだけに特例を設けるのは、やっぱりフェアではない。

 フェアかどうかに関しては、なにより選手本人がすでに頷いている。

 2つのメジャーに出場できないポポフは、こう語っている。

「もちろん残念ではあります。メジャー優勝者はそのあとのメジャーにも出られるものだと、いつも思ってきましたから。でも(コロナ禍で)メジャーが延期された今年は、誰もがタフな状況にある。そして、決定事項は決定事項として、誰に対してもフェアであるべきだと思います」

「マスターズ」に出場できないバーガーも、こう言っている。

「僕が『マスターズ』出場に値するかどうかは、わからない。でも、少なくとも僕は自分自身が出場資格を得るに十分匹敵するプレーをしていると自負しています」

 ときには、スパッと割り切ることもアスリートには必要であろう。望んでも叶わぬことは早々に割り切り、次のチャンスに備え、そして次のチャンスをモノにする。そういう姿勢もアスリートには必要であろう。

 勝負の世界には心技体のみならず運も必要だ。特例をひたすら待っているようでは、最終的には大物にはなれないし、ならないだろう。

 特例は誰かに向けて作り出すものではなく、ビッグな選手を育てるためのお膳立てとして誰に対しても公平に設けられるべきものだ。たとえ今は不遇のように思えているとしても、選手には「特例なんて要らない」「運も機会も自分で掴み取りに行く」というぐらいの気概でドンと構え、挑んでほしい。幸運は、そういう選手にこそ舞い込むものだ。

 その意味で、すでに割り切っているポポフやバーガーに幸運が舞い込めばいいのにと、ひっそり願っている。批判ではなく、そう願うことが、周囲にできるせめてもの応援だと思う。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年9月7日掲載

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