ちあきなおみ 28年の「沈黙の理由」

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最後のマネージャーが明かす「ちあきなおみ」の全て

〈「ちあきさんは、本当にもう歌わないのですか?」

 私は復帰については無関心を装い、周りの関係者の口うるさい程の要請にも、「御本人がしないと仰っているのだから、もう放っておいてほしい」とさえ口にしていた。(中略)にもかかわらず、私はこの時初めて、復帰のことを口にしてみた〉

 歌手・ちあきなおみが突然、芸能活動を休止し、表舞台から姿を消して今年で28年になる。日本レコード大賞受賞曲『喝采』をはじめ『紅い花』、『紅とんぼ』『矢切の渡し』『黄昏のビギン』など、その卓越した歌唱力と表現力は、一般ファンだけでなく、業界関係者にも根強い支持者がいることで知られ、現在でもその復帰を願うファンは数多い。

 ちあきなおみはなぜ、歌うことを止めたのか――。

 その理由として長らく語られてきたのが、ちあきの最愛の夫であり、個人事務所の社長でもあった郷鍈治氏の死去(1992年9月)がきっかけとなり、歌う意欲がなくなった、というものだ。

 冒頭の一文は『ちあきなおみ 沈黙の理由』からの引用である。著者の古賀慎一郎氏は、郷氏が亡くなる前年にちあきの事務所に入り、8年間、付き人兼マネージャーを務めた。

 この時、郷氏の死去から3年が過ぎていた。最後のシングルとなった『紅い花』が、石井隆監督の映画『GONIN』の挿入歌に使われ、企画CDなどが発売。周囲から「もうそろそろ」と、復帰待望論が広がっていた時期でもあった。その最中、古賀氏はちあきに向かって初めて「復帰」を口にしたのだという(以下、引用はすべて同書から)。

〈「私はもう、十分働いた……」

「それは仕事ということですよね。でもちあきさんが歌うということは、それ以上の何かがあると思うんです。だからこんなにも復帰待望の声が」

 私は食い下がった。

「……今、私が郷さんと一緒にやってきたことが、間違いではなかったということが分かったはずです」

 私はこの言葉が、どこへ向けられてのものか理解できなかった。真剣な顔で言い放たれたので、本音であることは理解できた〉

「もう無理して歌わなくてもいいよ……郷さんもそう言っていたんです」

 本書の中で詳述されているが、ちあきと郷氏が結婚した際(1978年)、レコード会社からの契約解除や、活動休止を余儀なくされるなど、業界からの様々な「圧力」が二人に加えられたという。それでも、郷氏はちあきのイメージとブランドを頑なに護り、二人は手を取り合って数多の苦難を乗り越えてきたのだが、

〈しかし、御二人の結婚に顔をしかめ、「ちあきなおみ」を護る郷さんを元凶扱いした業界への不信感や怒りが、拭えない事実として、未だちあきさんの心の中に存在しているのが見て取れた。(中略)しかし、それは「沈黙」の理由ではない。

「もう無理して歌わなくてもいいよ……郷さんもそう言っていたんです」

 私にとっては、殺し文句だった。郷さんがそう仰っていたのなら、諦めるしかない。

 ちあきさんは郷さんを失い、もう望むべきものなど何もなく、全てのエネルギーを使い果たしてしまったのだろう……。

 私はもはや返す言葉もなく、黙り込んだ。

 しかし、問題はこの後、ちあきさんが口にした言葉だった〉

 最後のマネージャーが初めて明かした、未だ沈黙を続ける「伝説の歌姫」の素顔と当時の秘話の数々――『ちあきなおみ 沈黙の理由』では、数当時の多くの秘話が明かされている。

週刊新潮WEB取材班

2020年8月26日掲載