「矢作穂香」の欲望丸出しヒロインに痺れる「おしゃ子」とりあえず観てくれ!

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 以前乗ったタクシーの運転手が「酔った若い女性を乗せた」話をしてくれた。車内を汚されたワケではない。用を足したいと途中で車を降りて、道端で堂々と済ませたら警官が来てひと悶着というだけの話だ。「若い女が元気で豪快っていいですね。この国もまだまだ捨てたもんじゃねーなと思いますよ!」と言ったら、運転手は口ごもった。私の返答が予想外だった様子。どうやら彼はその若い女性を一緒に戒めて貶(おとし)めてほしかったようだ。忘れてた。この国は女が「みっともない」「はしたない」と呪いをかけられて育つ国だったことを。若い女というだけで浴びせられる言葉や行動規制が死ぬほど山ほど、ある。

 若い女性には堂々と生きてほしいし、女らしさと世間体という抑制で行動を狭めないでほしいし、自分の欲望に忠実であってほしい。

 まずはドラマから改革を。料理や掃除ができなくて恥じる女を減らす。家政婦やシッターを罪悪感なく雇う女を登場させる。丁寧なメシと従順な態度で夫を癒やすだけの妻を撲滅する。己の性欲を恥じることなく当たり前に語らせる! と思っていたら、溜飲の下がるドラマが。「おしゃ家(いえ)ソムリエおしゃ子!」(テレ東)だ。

 しかし、納得のいく若い女性像が描かれるドラマはたいてい深夜枠か配信系。「毒島(ぶすじま)ゆり子のせきらら日記」「ラブラブエイリアン」「来世ではちゃんとします」とか。ゴールデン枠では人知を超える技術をもったスーパー変わり者かドジっ娘かワーカホリックの女しかいない。イギリスのドラマのように、まともに主語をもつヒロインがなぜいないのかと書き出したら止まらんので、おしゃ子の話を。

 主人公のおしゃ子は、おしゃれな家に住む男を日々漁る。会ったばかりの男でもとにかく家へ行く。男の部屋を内見し、オシャレかどうかを見極めるだけでなく、その男自身のやましさや甘さ、至らなさを看破。致命傷に近いダメ出しを展開するが、男が猛省するための愛の鞭でもあり。言わなきゃわからんからな。おしゃ子の鋭い観察眼と豊富な語彙、ウィットに富んだ実地検分法には毎回大笑い。

 演じるのは矢作穂香。最高なのよ、穂香が。惚れっぽく冷めやすい感情の起伏を、時に媚態、時に変顔で見事にこなす。家に行くまでは欲望丸出しで超絶可愛くコケティッシュ。家に入った途端、ユーモアたっぷりな毒舌批評家に。ヒロインがやりがちな「心の声」に逃げたりせず、面と向かって理路整然と、男に説教。

 こてんぱんに男の沽券を傷つけるのが面白いのではない。若い女性にいい子ぶらせない、善人ヅラさせないところが心地よいの。「うっせー、バーカ!」と男や世間に悪態つくくらい、元気と自信に満ちてほしい。そういう国は栄えると思う。

 しまった。ドラマ概要を解説する前に紙幅が尽きた。おしゃ子、とりあえず観て。矢作が繰り出す名言と正論に痺れるから。おしゃ子のように、主義と主語が明確なヒロインが深夜枠コメディにしか出てこない段階で、日本のドラマ界、終わってるからね。そこから変えて。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年8月13・20日号掲載

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