「フロイド事件」抗議デモで燃え上がる「ミネアポリス」の夜(上) 【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート(15)

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「防弾チョッキとヘルメットは持っているのか!」

 警察から必死に逃げてきた20代の白人の男に向かって、

「事件はどこで起きているのか?」

 と私が尋ねると、こんな怒鳴り声が男から返ってきた。

 もちろん、そんなものは持っていない。

 まぁ大袈裟に言っているのだろう、くらいに思って、彼が逃げてきた方向に歩を進める。

 街灯が少ないところでは、空の高い位置にある半月の明かりだけが頼りだ。

 私の後ろには、焼け落ちた地元のレストランがあり、前方右手には、3日前に火を放たれ、いまだに煙を上げる全国チェーンスーパーのターゲットが見える。

 私はこのターゲットの周囲に車を停め、取材をはじめていた。

 2、3分歩いたところで、私の横を通り過ぎようとした白の四輪駆動車が、追いかけてきた4台のパトカーに行く手を塞がれた。数人の警察官が飛び降りてきて、運転手に大声で叫ぶ。運転手が窓を開けるやいなや、警官がペッパースプレーらしきものを、車の中に数回噴射した。

「うぁ、いくら何でも、やりすぎだろう……」

 と思いながら、私はカメラのシャッターを何度か切った。

警棒と実弾と

 直後に、2台のパトカーが追いかけてきて、警官3人が、写真を撮っている私をめがけ警棒を振り上げながら迫ってきた。そのうち1人は私の右腕をがっしとつかんだ。

 胸にかけていた記者証を掲げ、

「ジャーナリストだ!」

「日本からのジャーナリストだ!」

 と声を限りに叫ぶと、警棒を振り上げた警官が、

「さっさと、ここから立ち去れ‼」

 と居丈高に言い捨てて、四輪駆動車の方へと向かった。

 警官に殴られずに済んだのは、おそらく私がフラッシュをたかずに写真を撮っていたからだと思われる。もしフラッシュをたいていたら、殴られていたかもしれない。そう考える余裕が出るのは、長い一夜が終わってからのことだった。

 メモ帳には、

「(午後)10時45分。黒の4WD(実際は白)。パトカー4台」

 と書いてある。場所は、2日前にデモ隊が焼き払ったミネアポリス警察の、第3管区の前だった。

 さらに歩を進めたところでメモを取っていると、

「デモ隊はこの先に逃げて行ったのかい」

 という声に、私は目を上げる。

 小型のテレビカメラを担いだ同業者の2人の顔があった。

 ワシントンDCをベースに活動しているイラク・クルディスタンのテレビクルーで、クルド人の記者ジャッシュは40代。それをサポートするアメリカ人のショーンは20代。

 3人で情報を交換していると、頭上をロケット花火が通り抜けたような、

「シュー」

 という音がした。

 ジャッシュが「しゃがめ!」と叫ぶ。シリアの内戦も取材したことがあるというジャッシュが、

「今のは間違いなく実弾だ」

 と請け合う。

 しばらく3人で路上に這いつくばり、耳を澄ませる。

 実弾がどの方角から飛んできたのか、だれが何の目的で、実弾を撃ったのかはわからない。すべては、夜の闇が覆い隠している。

抗議運動は暴徒化

 私がミネソタ州ミネアポリスに到着したのは、5月30日のことだった。

 黒人男性のジョージ・フロイド(享年46)が、ミネアポリス市内にある「カップ・フーズ」という食料品雑貨屋で偽札20ドルを使おうとして、警察に通報されたのが25日。

 現場に現れた白人警官デレク・ショービン(44)が、手錠をかけられて身動きの取れないフロイドの首筋に膝を落とす。フロイドは、

「息ができない(I can’t breathe)」

 と何度も訴えるが、ショービンが8分46秒も気道を圧迫した結果、フロイドは亡くなる。

 この8分46秒という数字は、その後、アメリカにおける人種差別を象徴する数字として、2000年に起きた同時多発テロ事件の「9・11」のように扱われる。

 ショービン以外にも3人の警官が現場にいた。周囲の目撃者が、その警官たちに、ショービンの行為を止めるようにと頼むが、誰も目の前の殺人を止めることはなかった。

 現場近くに居合わせた地元の女子高生が、一部始終をスマホで撮った。動画は瞬く間に拡散した。この動画に触発され、抗議運動が全米のみならず、世界中を席巻する。

 ミネアポリスでは、すぐに抗議運動がはじまった。当初は平和的だった抗議運動に、一部の暴徒が加わり、街の商業施設を焼き払ったり、略奪をはじめたのが2日目の27日のこと。

 翌28日には、私が立っていた同市警察の第3管区を、デモ隊が焼き払った。フロイドを殺害した警察官4人が所属する建物だったからだ。

 暴徒を含んだ抗議運動がピークを迎えたのは、27日から30日までの4日間。それを抑えるため、警察だけでなく州兵までもが投入され、デモ隊と揉み合っていた。

 つまり私はミネアポリスでの抗議運動のピークの尻尾のところを体感することができたのだった。

「正義なくして、平和はこない」

 もともと、私はミネアポリスで取材をするつもりはなかった。

 ミネアポリスから車で20分ほど離れた隣町セントポールにあるカトリック教会が、日曜日(5月31日)からミサを再開するというので、それを取材するつもりだったのだ(2020年7月4日『第14回 トランプ「教会再開」を痛烈批判した「教会」』)。

 私がアパートのあるミシガン州からセントポールを目指して2日間車を走らせていた間、ミネアポリスでの抗議運動が全米の注目を集める出来事に広がっていった。

 私は当日の朝、カーナビに事件現場の住所を打ち込んで出発した。到着したのは午後6時だった。

 ジョージ・フロイドが殺された店の壁には、大きな似顔絵が描かれており、数多くの献花が並んでいた。

 事件現場を歩いてすぐに気づいたのは、集まった人々の人種の多様性だった。黒人が多いのはもちろん、白人も数多くいた。アジア系アメリカ人のグループは、

「アジア系がこの黒人の問題で沈黙すれば、アジア系が同意したのも同じだ。黒人たちのため立ち上がれ」

 と書いたプラカードを持っていた。

 次に気づいたのは、マスク着用率の高さだ。目測では半分以上の人たちがマスクを着けている。

 これら2つの点は、ほぼ白人だけで、マスクもしないドナルド・トランプ大統領の支援者集会などとは真逆の位相にあった。

 この日、事件現場の空気は尖っていた。

 頭上に警察らしきヘリコプターが飛んでくると、一斉に中指を立ててブーイングを浴びせた。ドローンが飛んでくると、

「警察がオレたちの写真を撮るために飛ばしているんだ」

 との大声が聞こえてきた。

 即興で作られた演説会場では、

「What’s his name?」

「George Floyd!」

 という掛け合いがつづいた。

 通りは「No justice, no peace!」(正義なくして、平和はこない)という叫び声であふれていた。

 私は何人かに、話を聞かせてほしいとお願いしたが、そっけなく断られた。ようやく話を聞かせてくれたのは、当日、シカゴからやってきたという20代の兄弟だった。

 弟のロマネ・ウィリアム(21)はこう憤る。

「警官が、オレたちの仲間を理由もなしに殺しているんだよ。信じられないよ。昨日になって、やっと警官が起訴されたけれど、第3級殺人罪だって。絶対に第1級殺人罪にすべきだよ。オレたちは正義がほしくって、ここまできたんだ」

 主犯の警察官ショービンが第3級殺人罪で起訴されたのは、前日のことだった。

 アメリカの殺人罪には、第1級から第3級まである。第1級殺人罪として起訴するには、事前の十分な計画と殺意が必要なので、これを今回のケースに当てはめるのは難しい。第2級殺人罪と第3級殺人罪の違いは、暴行の程度や殺意の有無などが問題となる。

 ミネソタ州は当初、ショービンを第3級殺人罪として起訴したが、その後、抗議の声に押されて第2級殺人罪も起訴内容に加えた。第3級殺人の量刑は最大で禁錮25年。それが第2級殺人罪となると40年となる。

 ほかの3人の傍観していた警官については、第2級殺人の幇助罪で起訴した。

 兄のタイレイ(27)が続ける。

「黒人に対する差別は、制度としてこの国に存在するんだよ。オレ自身、何度も“Nワード”(黒人に対する侮蔑語であるNiggerを指す)で呼ばれたことがある。そうした差別は政府からはじまっているんだ。

 それが警察にも広がり、差別に乗じて権力を乱用する警官が出てくる。すべてがつながっているんだよ。そのトランプが、ミネアポリスに軍隊を送り込んで、抗議運動を抑え込もうとしているんだって。そんな奴は一緒に起訴してしまえばいいんだよ」

「略奪が始まるとき、銃撃が起こる」

 トランプは前日29日、全米で広がる抗議活動に業を煮やし、ツイッターにこう書き込んだ。

「略奪が始まるとき、銃撃が起こる」

 この言葉は、1960年代に、黒人による公民権運動から発生した抗議活動を抑え込むため、南部の警察長官が使った差別的な言葉で、アメリカ史の汚点として残っている。

 その言葉を引用したトランプの書き込みに対し、ツイッター社は、暴力を賛美しているという理由で、警告を表示した。

 事件現場では尖った雰囲気は感じたものの、警察官の姿は1人も見かけることもなく、暴動が起こる兆しも感じられなかった。

 まだホテルにチェックインしていなかった私は、午後8時前にいったん現場を離れた。

 隣町のセントポールでホテルのチェックインに手間取った私が、テレビをつけたのは10時前のこと。

 テレビのキャスターが、午後10時の番組の冒頭でこう言った。

「アメリカは今晩、大混乱に陥っています」

 テレビの画面には、夜のとばりが降りたミネアポリスの建物が炎に包まれている様子が映っていた。

 ミネアポリス市内で午後8時から夜間外出禁止令が出ていたのは知っていた。しかし、その8時以降に、大量の警察や州兵が現場に投入され、抗議運動と衝突し、街が燃え上がることになるとは思いもしなかった。

 私はもう1度ハンドルを握り、ニュース映像が映していた場所を目指して車を走らせた。

ジャーナリストも追い払われる

 イラク・クルディスタンのテレビクルーと話し合い、抗議運動と警察が揉み合っているのは、西に2マイルほど離れたところにある警察の第5管区周辺だろうとあたりを付けて、3人で歩きはじめた。真っ直ぐ歩けば、30分強で到着する。

 すぐに白人の中年男性と白人女性も一緒になった。

 男性の名前はマイキー。50代の私とほぼ同年代か。

 酒臭い息を吐きながら、右手には1ガロンのミルクが入ったプラスチック容器を提げている。

 数年前までミネアポリスのダウンタウンに住んでいたというマイキーは、問わず語りにしゃべった。

「俺は、同胞が殺された黒人たちに同情しているんだ。国や警察は、ほんとにロクなことをしやしない。今回、ジョージ・フロイドが殺されたのもその1例にしか過ぎないんだよ。

 なぜそう思うかだって? 俺自身が、マリファナを持っていただけで逮捕され、5年間もムショにぶち込まれたことがあるからだよ。それも、初犯でだぜ。政府は俺の人生をめちゃくちゃにしたんだ。この牛乳かい。困った人に会ったら渡そうと思ってさ」

 マイキーとはすぐに別れ、4人での行動となった。

 女性はリズと名乗り、

「トリビューンの記者よ」

 と自己紹介して、躊躇なく握手する手を差し伸べてきた。新型コロナウイルスの蔓延以降、アメリカでも握手をする人が少なくなっているだけに、印象に残った。

『スター・トリビューン』は、ミネアポリスに本社を置くミネソタ州で最大の地元紙である。

 30代のリズは、地元の治安問題を扱う部署に所属しており、今夜の取材もその一環だという。その彼女もまた、警察の第5管区に向かっているところだった。地元の地理や事情に詳しい記者と同行するのは心強い、と思った。

 しかし、第5管区へ向かう道では、四つ角ごとに、警察官や州兵が通りをシャットダウンしていた。そのたびに、われわれがジャーナリストであることを叫び、通り抜けようとすると、

「ダメだ」

「あっちへ行け」

 と追い払われるだけだった。

 その前日、『CNN』の記者が事件現場近くを取材している時、警察に逮捕されるという事件が起きていた。

 記者はすぐに釈放され、ミネソタ州知事のティム・ウォルツが、記者会見で謝罪したうえ、

「このような非常事態で、現場の安全を維持している時でさえ、ジャーナリストが事件を伝える安全な場所を確保しなければならない。これは信用の問題だ」

 と記者会見で語っていた。

 報道陣には、夜間外出禁止令は適用されないことになっていた。

 しかし、そうした知事の言葉も、戦場のような街では無力に等しかった。

 ジャッシュは身を守る手段として、警察が近くにいる時は、テレビカメラの照明を点けながら歩く。

「こうすれば、警察は、こちらをデモ隊や暴徒だと勘違いして攻撃してこないだろう」

 と言う。

 その言葉を聞きながら、警察も、この暗闇の中で怯えながら任務に就いているのではないか、と考えた。お互いに、相手はだれなのか、次に何が起こるかがわからない状況では、ちょっとしたことが、思わぬ大惨事を招くことになるのではないか、と。

責任は反対勢力に

 目指す第5管区までは、通りを一直線で行けるはずが、だんだん横道にそれていく。そうした中、リズは、地元の人たちが家の前に集まり、事の行方を見守っているところに屈託なく声をかける。

「大丈夫?」

「問題はない?」

 彼らは暴徒が住宅地まで入ってこないように、夜が更けるまで見張る自警隊を作っているのよ、とリズが教えてくれた。

 歩いて行くうちに、リズの同僚チャオが自宅前で、近くの住民と話をしているところに出くわす。40代に見える温厚そうな男性。一目でアジア系とわかり、チャオという名前から中華系と推測する。

 そのチャオが、車で第5管区まで連れて行ってくれる、と言う。

 あとで同紙のサイトを見ると、チャオはアイオワ州の出身で、第2外国語は「フモン語」とある。中国南部の山岳地帯に住む人々が話す言葉だ。

 さらに見ていくと、私とは5年ほど年月の差があるのだが、同じアイオワ大学で勉強し、同じ学生新聞で働いていたことがわかる。世界は案外狭い。

 チャオが運転するトヨタ・プリウスに乗って出発する。チャオは、2日前に手に入れたという催涙弾除けのフェイスカバーとガスマスクを持ってきていた。

 リズが助手席に乗り、男3人が後部座席に乗る。スマホで『スター・トリビューン』のサイトにアクセスしたリズが叫ぶ。

「うちの明日の1面の写真、かっこいいと思わない?」

 スマホに映し出された紙面を、われわれにも見せてくれる。

 この記者は、自分の仕事も職場も好きなんだなぁ、と伝わってくる。私が、その日の『スター・トリビューン』の朝刊を買ったことを告げると、

「うちの新聞、いいでしょう。多くの地方紙は大手ネットワークに買収されちゃったけれど、うちの新聞はまだ社主が経営権を握っているので、編集部の予算にも余裕があるのよ」

 と、これまた嬉しそうに話をつづける。

 車なら第5管区まですんなり行けると思ったが、状況は同じだった。警察がことごとく行く手を塞いでどこにも行けない。

 車を停めて5人で歩いていると、白のセダンに乗った黒人女性2人組が、われわれの横で停まった。第5管区近くで警察に追い払われて逃げてきた、という。

「あそこらへんでは、白人至上主義者たち(white supremacists)がデモを煽っていたわ」

 と、1人が言った。

 私は反射的に訊き返した。

「どうして白人至上主義者だとわかったのですか」

「……」

 悪名高いKKK(クー・クラックス・クラン)をはじめとする人種差別主義者を指すのが、白人至上主義者という言葉だ。

 この抗議運動をめぐる報道を見ていると、抗議運動を正当化したい人々は、一部の暴徒は白人至上主義者が操って、その趣旨を貶めようとしている、と言う。抗議運動を否定したい人々は、極左勢力が抗議運動に乗じて略奪を働いている、と言う。

 この日、ミネソタ州のトランプ寄りの右派勢力が、Facebookに「アンティファ=Antifaが(ミネアポリスに)やってきた」と書き込んでいる。アンティファは、トランプが厳罰の対象とすると言及した極左グループだ。しかし、この書き込みにも根拠はない。

 言っていることは正反対だが、責任は反対勢力にあると言いたい点は共通している。もう1つの共通点は、いずれの説も証明されておらず、陰謀説の枠組みから出ていないことだ。

 私の質問に対する明確な答えがなかったということは、この発言も、ネットなどで流布する陰謀説を信じ込んだ結果だったのだろうか。

ゴム弾で失明したカメラマンも

 そこから少し歩くと、10台近い警察車両が通り過ぎる。照射機でわれわれを照らす。

「お前らはだれだ。外出禁止令の時間はとうに過ぎているぞ」

 と脅しをかけてくる。

 こちらが、記者証を掲げジャーナリストであることを名乗っても、

「そんなカードなんてクソくらえだ!(Your card is bullshit!)」

 という声が拡声器から発せられた。

 その直後、チャオが用心のために、スマホで動画を撮ってツイッターで配信をはじめた。こうすれば、万が一警察に襲われることがあっても証拠が残る、と言って。

 再び車に乗り込んで出発すると、リズが再度叫んだ。

「同僚のスティーブが、警察のゴム弾に撃たれてケガをしているみたい」

 場所は、われわれが向かう方向とは逆だという。人情味あふれる彼女が、同僚を助けに行きたがっているのは明らかだった。

 そこで、私を含む外人記者部隊の3人が、車を降りることにした。

 この抗議運動が起こってから最初の10日間で、300人以上のジャーナリストが逮捕されたり警察の襲撃を受けたという報道がある。

 最悪のケースは、この夜、テネシー州からミネアポリスの抗議運動を取材に来た女性カメラマンが、警察が放ったゴム弾を受けて左目を失明した事件だ。

 われわれ3人が流れ流れて行き着いた場所は、私が車を停めた場所から3マイル以上離れていた。こんな夜に走っているタクシーは1台もない。

 ジャッシュとショーンのホテルは、歩いて5分のところにあるという。彼らは、泊まっていけ、としきりに言ってくれるのだが、そこまで甘えるわけにはいかない。

生きた心地がしない

 私が車を停めた場所まで歩きはじめたのは午前零時半過ぎだった。

 メモを取り出し、スマホに車を停めた住所を打ち込む。現在地からは、1時間以上かかると表示される。

 スマホに映し出された地図だけを頼りに歩いた。明るい材料は、スマホの電池が十分に残っていることだった。

 正直言って、生きた心地がしなかった。公園を横切るとき、ウサギが前を通るだけで、びっくりして飛び上がった。

 できるだけ平然を装い、人気のない夜道を歩きつづけた。暴走する自動車や警察車両ともすれ違ったが、前だけを向いて歩きつづけた。

 しばらくしていると周りの風景が視界に入ってきた。街中が事件に関連する落書きやポスター、プラカードなどであふれていた。

 この後、アメリカ中で問題になる「警察を解体せよ」(Defund the Police)というポスターも、この夜見つけた。

「Justice for George Floyd」(ジョージ・フロイドに正義を)

「Rest in Power」

「Black Lives Matter」

 といった言葉も見つけた。

「Rest in Power」(権力のうちに眠れ)というのは、2018年に制作されたテレビのドキュメンタリー番組のタイトル。17歳の黒人少年が2012年、フロリダの自宅付近で射殺され、その後犯人が無罪となる事件を描いたものだ。

 この事件を契機に、「Black Lives Matter(黒人の命も大切にしろ)運動」が広がった。

 歩道に「ACAB!」と書かれているのを見つけた。あとで辞書を引くと、「All Coppers Are Bastards」(ポリ公なんてくそくらえ)の略語だとある。

 そうして気を紛らわして歩くこと約1時間半、ようやく出発点となったターゲットの店舗が見えてきた。この夜、取材をはじめたときには頭上にあった半月が、大きく西に傾いていた。

 スマホを見つづけて歩いていると、突然、目の前に私の車が現れた――。(この稿つづく)

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横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年7月8日掲載

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