コロナで帰国拒否される「中国人船員残酷物語」 自殺者も出る“洋上出稼ぎ人”のSOS

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洋上出稼ぎ人

 アジアの客を相手にしたクルーズ船市場の成長は著しい。世界観光機関(UNWTO)の調べでは、2018年の中国人の海外旅行者は世界で約2800億ドル(約30兆円)を支出し、国別では世界でトップだった。また、世界のクルーズ業界団体であるクルーズライン国際協会(CLIA)によると、2013年から2018年までの過去5年間のアジアの乗客数は、120万人から420万人に急増し、その半数以上が富裕層の中国人だったという。

 マリナー・オブ・ザ・シーズ号で相次いだ自殺者や、先の「ココ」氏らは、急増する中国人客をもてなす要員として、船で働いていた。富裕層の中国人が船を利用する一方、中国人船員の多くは、農村などの出身の貧困層だ。本国に残した家族に仕送りする“洋上出稼ぎ人”なのだ。中国国務院は3月中旬に「国際船で働く中国人国籍乗組員は約8万人に達した」と明らかにしている。

 チャイナマネーをあてにして、中国人顧客の取り込みに先陣を切ったのが、ダイヤモンド・プリンセス号の運用企業として一躍名前が知られた米カーニバル・コーポレーションの傘下にある「コスタ・クルーズ」だった。世界三大クルーズ会社のひとつに数えられる同社が2019年5月に就航させた「コスタ・スメラルダ号」は、カジノやカラオケルームを完備。中国客をターゲットにした仕様だった。自殺者の出たマリナー・オブ・ザ・シーズ号を所有する米ロイヤル・カリビアン社も、今年、豪華客船2隻を中国に寄港する運航予定を組んでいたが、中止は免れないだろう。

帰国して毒を輸入するな

 なぜ、中国人船員だけが、祖国に帰れないのだろうか。

 海事専門家らは「北京などでコロナの第二波の可能性があり、“輸入コロナ”を阻止するため」と言うが、香港メディアで働く筆者の友人は「彼らは帰国を拒否されている」と明かす。

「中国共産党政権下では、国家のために個人の犠牲は当たり前。つい最近も、パンデミックのロシアから国境線を越えて逃れてきた自国民を、在ロシアの中国大使が『モラルも何もない最低の国民』と罵倒しました。中国内で“逆流”と呼ばれるロシア経由のコロナ感染があったのもありますが、中国政府にとっては、国民の命なんて虫けらのようなものなのでしょう」

 中国は一貫して“武漢発祥説”を否定し、コロナウイルスは「海外で発生した輸入されたウイルス」と主張している。それもあり、海外で暮らす中国の人々は、中国本土の人間から「ウイルスを持ち込む存在」として誹謗中傷のターゲットにされているという。実際、SNSを覗けば、〈祖国がコロナと戦っていた時、お前たちは海外にいた。(帰国して)毒を輸入するな〉と、いった差別投稿が見受けられる。中国人船員が帰国できない背景には、こうした中国内の世論もあるようだ。

 終わりの見えない中国人船員残酷物語。ココ氏らの“洋上監禁”は1年近くに迫る。事態は国連が危機を表明するほどまでに逼迫し、彼らの精神状態は限界に達しつつある――。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月1日掲載

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