「思いやり経費」は「傭兵経費」:「在日米軍経費日本負担」思考の転換を

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 ドナルド・トランプ米大統領の前補佐官(国家安全保障問題担当)ジョン・ボルトン氏のホワイトハウス暴露本 “THE ROOM WHERE IT HAPPENED”の、

「大統領は、『日本政府に在日米軍駐留費年間80億ドル(約8600億円)の負担を要求、応じなければ、在日米軍を撤退させると脅せ』と話した」

 という記述が話題になっている。

 日本政府は否定しているが、トランプ大統領の発言を、多くの報道・評論は、「強請、集り」の類いと言わないまでも、批判的空気を漂わせている。そもそも在日米軍駐留費の日本負担は、1978年、金丸信防衛庁長官(当時)が「思いやりを持って対処する」と発言したことに端を発して「思いやり予算」と呼ぶようになったものだ。

自前で用意すれば要求以上の経費負担に

 米海軍基地から米空軍基地へと転換した青森県三沢基地にF16が本格的に展開したのは、1985年である。米本土からやって来る在日米空軍の新設部隊軍人のために、家族および基地内居住隊員の新たな宿舎建設には「思いやり予算」から充当された。航空自衛隊三沢基地の隊員は、自分たちの家族官舎や隊舎と較べ米軍の新築宿舎の充実に羨望を隠さなかった。

 当時、三沢基地空自部隊指揮官を拝命していた筆者は、

「米空軍戦闘機部隊は、対ソ連日米共同航空作戦のために駐留している。それは、三沢の米軍が命懸けで日本を防衛するために存在することでもある。米本土からの赴任先で、居心地のいい極上の生活環境に恵まれれば、日本のための戦闘に身を投じてくれるはずだ。帯同の家族は、日本での生活に満足するだろう。米空軍軍人は、家族を守るためにも必死になる。

 突き詰めて言えば、三沢の米空軍は、『思いやり経費』を充当した日本防衛の『傭兵』である。彼らの宿舎や隊舎が格段に恵まれていても、それは『相応の投資』だ」

 と、部下隊員に話した記憶がある。

 米空軍三沢基地には、1987年に50機余のF16が配備完了した。

 仮に航空自衛隊がF16の2個飛行隊50機を新たに配備する場合、保有そのものに必要な経費は5000億円である。1機あたり100億円相当となる。

 戦闘機は「置き物」ではない。運用するためにはさらに、パイロットや整備員、基地業務を含む各種支援要員の確保、航空機燃料、空対空ミサイルなどの搭載弾薬、地上支援資器材、整備補給用部品の取得、格納庫・駐機場・誘導路・滑走路・オペレーションルーム・宿舎/隊舎などの施設設備の建設維持、教育訓練などの経費が必須だ。

 その総額は、「トランプ大統領の請求書8600億円」を遥かに超える1兆5000億円に達する。戦闘機購入価格の3倍になるのだ。

 在日米軍の戦闘機は、山口県岩国米海兵隊、沖縄県嘉手納米空軍に配備されている。加えて、在日米海軍には航空母艦搭載戦闘機もある。在日米軍はほかにも巨大な戦力を保有しているから、日本がこれと同等の防衛力を整備するには、莫大な投資が必要だ。

「防衛のあり方」を再考すべき

 冷戦時には、敗戦後の成り行きから「日本の防衛」を在日米軍に負うところ大であった。

 今日でも「集団安全保障」に加えて「専守防衛」から「集団的自衛権行使」への転換、「敵策源地攻撃の検討」の示唆、イージス・アショア配備に代わる「中距離弾道弾配備」の憶測など、日本の防衛は引き続き、米国との一蓮托生という文脈の「米軍依存」が強化されつつある。

 こうした状況下で「米国から『平和の代償』を求められる」ならば、被害者意識ではなく、「傭兵」の発想に転換したらどうであろう。そうすれば「思いやり経費」は、日本に米軍が駐留する「米国にとって都合のいい日本」という「米国側のメリット」との差し引きで価格を算定すればよいことになるからだ。

 自国で有効な防衛力保有を完結できるのであれば、「同盟破棄」に至る「在日米軍撤退」を受け容れられる。しかし日本は、自衛力の欠落を自力で補えないから集団安全保障を選択している。ドイツが在独米軍の大量削減を容認できるのは、「EU(欧州連合)軍」や「NATO(北大西洋条約機構)軍」による安全保障があるからだろう。他方の日本は、米国が一国主義、孤立主義といった「傍観」に走った場合、頼る術が皆無である。

 中国、北朝鮮、ロシア、そして韓国までも敵に回そうとする今日の「日本の防衛政策」は、改めて「日本の国のかたち」、そしてその「防衛のあり方」が問われ、再考する転機に来ている。

 その「かたち」は「専守防衛」に徹し、「敵せず味方せず、競わず争わない『侵される隙がなく、侵されれば相手に多大な犠牲・損害を生ぜしめる合理的防衛力を保持する中庸の国家“Middle Power Country”』を目指し、『仲介・調停に長けた立ち位置』で国際社会に寄与できる実力を備えた『新たな概念の中立国家』である」ことが望ましい。

 そのためにも、「次期日本のリーダー」には、最適任者が選ばれなければならないのである。

林吉永
はやし・よしなが NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。1942年神奈川県生れ。65年防衛大卒、米国空軍大学留学、航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長。日本戦略研究フォーラム常務理事を経て、2011年9月国際地政学研究所を発起設立。政府調査業務の執筆編集、シンポジウムの企画運営、海外研究所との協同セミナーの企画運営などを行っている。

Foresight 2020年6月29日掲載

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