歌舞伎町のベルサイユ宮殿…ホストクラブの草分け「愛本店」が週末カフェで大盛況

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 新型コロナウイルス感染者を多数出すなど、日本有数の歓楽街である新宿歌舞伎町が、ニュースワードともなっている昨今。歌舞伎町といえば、言わずと知れたホストクラブのメッカでもある。歌舞伎町関係者はいう。

「コロナ前まで、ホストクラブは約260店舗ほどありましたが、このご時世ですからグループ内で系列店を閉店したり統合させたりと、今で230店舗ほどに減っています。今後もじわじわと影響が出て、来年あたりには、もっと減ってしまうでしょう」

 そんな渦中にあり、ビルの老朽化で“移転のための一時閉店”をするのが、ホストクラブの草分け「愛本店」。1971年に創業され、半世紀のあいだ業界をリードしてきた伝説の老舗だ。創業者の愛田武氏は2018年10月に78歳で他界し、現在は業界最大手グループが引き継ぎ、運営している。

 愛本店は、この6月で現在の店舗での営業が最後となるため、土日の昼間の時間帯をカフェとして開放し、大盛況となっている。女性客はもとより若いカップルや、およそホストには無縁の中年男性らが、「一度店内を見てみたかった」と行列を作っているのだ。

「最初は『たとえ5人でもお客様が来て下されば』との試みだったのですが、SNSで拡散されたこともあってか、日を追ってお客様が増えている状態です」(広報担当)

 取材日のこの日も、入場者は220名。

「密を避けるために時間交代制で整理券を出し、入場制限もしているので、今日は100名ほどの方々に帰っていただくことになってしまったほどでした」(同前)

 愛本店代表の壱(いち)氏はいう。

「移転するのは僕らも寂しいです。店の前の道が通称『愛本通り』と呼ばれるくらいで、観光スポットとして、海外からもお客様が見学に来る。ホストクラブは別世界で、どうしても敷居が高いと思われがちです。最後となってしまいましたけれど、この機会に店内を見ていただき、また認知していただければと思っているんです」

 ダンスフロアもある200坪の店内は、まさに“現代の竜宮城”“歌舞伎町のベルサイユ宮殿”だ。シャンデリアが煌めき、そこかしこに金色の調度品があしらわれ、壁面には大きな鏡が。浮世離れしたゴージャスな異空間なのだ。

 1990年代後半、“カリスマナンバーワンホスト”の肩書きで各メディアに登場し、ホストの存在を認知させたのが、この店で育った“零士”や“城咲仁”でもあった。愛本店を旗艦店とした「愛田観光グループ」5店舗での年商は、実に25億円を超えたという。1990年代は業界の波が最高潮で「一番よい時代でしたね」と、狂乱の日々を懐かしむのは同店OBの宮崎健氏だ。

「店の内装は、すべて“ホストの帝王”“ホスト界のカリスマ”と呼ばれたオヤジ――愛田社長(当時)の趣味ですよ。社長が朝からパジャマ姿で金のスプレーを吹き付けていたり、思えばDIYの先駆けかも。出勤すると店内がスプレー臭いんですから(笑)。出前の寿司桶を返さずに、『これ、使えるな』とみんな金色に塗っちゃう。社長に『これは余計ですよ。ゴチャゴチャし過ぎでは?』と言っても、『これが“愛”だから』の一言でね。この世界観は社長にしか作れない。『ギンギラギンで、よく見りゃガラクタじゃないか?』『逆に俺たちホストが輝かないじゃないか!(笑)』なんて当時の俺は思ったけど、今となっては、そのひとつひとつが愛おしいです」

 現代的でクラブ感のある内装や、若い女性が好む洒落た空間を演出する店がひしめくなか、愛本店はあくまでも「女性の社交場」として、古き良き昭和時代の「ホスト界の王道」を行く。昨今では”ジャニーズアイドルもかくや”と思われる、ラフでカジュアルな服装で接客するホストクラブばかりだが、愛本店ではネクタイにスーツが必須。生バンド演奏もあり(現在は休止)、提供するフードメニューは一流レストラン出身の専属シェフの特製だ。歴代ホストたちは週に1度はダンス講師を招き、社交ダンスを学んでもいたという。

 凛として端正な顔立ちの神上(しんじょう)ダイヤ氏は、夜の通常営業とは別の、昼営業「アフタヌーン愛」責任者として、社交ダンスをたしなむ女性客たちの人気を集めている。その腕前は公式大会で優勝するほどで、「社交ダンスは愛本店に入店した7年前に覚えた」のだそうだ。

 入店16年、現在は代表代行の肩書きを持つ慎(しん)氏が、店内を懐かしそうに見渡しながら語る。

「7月からの新店舗に、シャンデリアや調度品のすべてをそのまま持っていくことは、構造上ちょっと難しいです。もちろんホスト業界も、店の在り方や客層としても時代の変化の影響が大きい。水商売や風俗関係のお客様を中心とする店も多いなか、うちの店は昔でいえば『マダム』とでも言いますか、資産家の年配の女性、実業家や経営者のお客様なども多いんです。古くさいと思われても、愛田社長の遺志を、ダイヤ君みたいな若いホストたちに引き継いでいけたらいいと思っているんです」

“健全な、女性の娯楽としてのホストクラブ経営”を貫いた愛田氏は、晩年、経営を退き、老人福祉施設に入居していた。毎年7月の誕生日に、子どもや孫のような年齢のホストたちに祝われることを、唯一の楽しみとしていたという。車椅子姿で”自分の築いた城”を訪れ、現役ホスト時代から愛飲していたヌルいビールで乾杯する姿は、今、愛本店を守るホストたち誰もの目に焼き付いている(ちなみにヌルいビールとは、キンキンに冷えたサッポロビールをわざわざお湯で薄める“愛田武ブレンド”ビールだったそう)。

 期間限定「カフェ愛本店」と名付けられた今回のイベント。物珍しく店内を巡り、喜々として記念撮影をする客たちを目にし、スタッフが問わず語りにつぶやいていた。

「愛田社長――最後は名誉会長でした――がこの光景を見たら、さぞ喜んだことでしょう。きっと各テーブルを回って、みなさんと記念撮影に収まって……。目に浮かびますね」

 トレードマークだったメガネにヒゲ姿の、ホストの帝王――愛田武の微笑む写真が店内のそこかしこに飾られている。それは、シャンデリアやどの黄金の置物よりも、まばゆく輝いているようだった。

佐藤祥子/ノンフィクションライター

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月24日掲載