「お客様第一主義」に苦しめられる宅配ドライバー コロナが追い打ち【#コロナとどう暮らす】

ビジネス 企業・業界 2020年6月19日掲載

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訪問先でいきなり消毒液をかけられ…

 ステイホームの影響で以前よりも宅配やネット通販の需要は激増。自宅にいながら何でも手に入ることの便利さを痛感した方も多いはずだ。

 一方で、宅配便のドライバーが訪問先で嫌な目にあったという現場の悲鳴もしばしば報道された。注文の品を届けに行っただけなのに罵声を浴びせられた、いきなり消毒液をかけられた等々。

 これらは新型コロナのせいで……といった文脈で語られがちだが、実のところ物流を支えるエッセンシャル・ワーカーであるはずのトラック・ドライバーたちは日頃から、かなり差別的な扱いを受けている。そう指摘するのは、自身、ドライバー経験を持つライターの橋本愛喜さんだ。

 橋本さんの著書『トラックドライバーにも言わせて』では、「トラック・ドライバーの人権問題」と題された章がある。そこで描かれているのは、自宅の玄関前か路上運転中の彼らしか知らない人には見えづらい「差別的」状況だ。

「延着」は論外だが、「早着」も許されない

 たとえばドライバーの多くが直面している問題に「荷待ち」というものがあるという。これは「積んでいる荷物を現場で降ろすまでの待機状態」のことだ。普通ならば「早く着いて荷物を降ろせばいいのでは」と思われるかもしれないが、荷主は往々にしてそれを許さない。延着は論外だが、「早着」も許されない現場が多いのだ。

「それゆえ、ほとんどの現場でこの荷待ちが発生することになる。それどころか、近所迷惑という理由で、荷主の建物付近で待機することすら禁じられることもあり、そのためドライバーには、常に早く到着した時の『待機場所』を考えて、走ったり時間調整したりする必要が生じる」(同書より)

 しかも、受け取り手の荷主側の都合で、時間通りに到着しても荷降ろしさせてくれなかったり、他のトラックの作業が終わるまで3時間以上待たせたりするため、トラック・ドライバーの拘束時間は伸びる一方だという。

「現在、多くの荷待ち現場では、他トラックが作る長い列の最後尾に並び、前車がじりじりと動くたびに自車も前へ進ませねばならず、おちおち休憩もしていられない。長時間運転し、軽い仮眠しかとっていない彼らにとって、この待ち時間は非常に辛い」(同)

 こうした待ち時間は彼らの給料には反映しない。荷主の意向が何よりも優先し、現場の彼らの労働環境は後回しにされるのだ。今でこそ数は減ったものの、中には荷主から過積載を求められるドライバーもおり、これとて拒否するのは至難の業だという。言うまでもなく過積載は重大な事故の要因になる。

30キロの米800袋を積みこみ

 また、そもそも彼らの仕事は荷物を届けるところまでのはずなのだが、多くの場合「荷役」が要求されている。要するに届けた荷物の積み降ろしである。

「都合よく『荷物を積んで降ろすまでがドライバーの仕事』と考える荷主が業界には多く、結果、ドライバーは『トラックの運転』以外にも、契約にない荷役という実質的な『オマケ仕事』や『ついで仕事』を余儀なくさせられている現状がある」(同)

 この荷役は「オマケ」というにはあまりに負担が大きい。中でも荷物を一つひとつ手で積み降ろしする「手荷役」においては、橋本さんが聞き取った具体例を聞くと凄まじい。

「パチンコ台(1台30キロ)を40台」「米の30キロ紙袋の800袋を積んだ」「45キロはある便器を50程手積み」等々。

 これら「立派な労働」に対して何の対価も支払われないのは、ドライバー軽視以外の何ものでもない。

 こうした無茶なサービスを強いられる背景には、「お客様第一主義」があるという。話題になった宅配便ドライバーへの差別的な対応もまた、こうした「お客様第一主義」の延長線上にあると言っていいだろう。問題は、そのツケを払わされているのが現場のドライバーたちだという点である。

 改めて、橋本さんに話を聞いてみた。

「図らずもコロナ禍で、ドライバーがエッセンシャル・ワーカーであることの認識が高まったことは良かったと思います。ただ、本にも書いたように、ドライバーの待遇がこうして不条理なものになっている原因の根源に、我々消費者自身がいるということは、あまり意識されません。送料無料という表現や、再配達、時間帯指定などのサービスを“当然”とする消費者の意識を変えない限り、彼らの労働環境は変わっていかないと思っています」

 トラック・ドライバーに限らず多くのエッセンシャル・ワーカーが存在し、日々働いているが、医療従事者などに比べると、その苦労に思いを馳せる機会は少ないかもしれない。しかし彼らがなくては、リモートワークやステイホームどころか、日常生活が成り立たないことは忘れてはならないだろう。コロナ禍を機に、消費者の意識を変える必要があるのではないだろうか。

デイリー新潮編集部