虎ノ門ヒルズ駅開業で考える「鉄道会社の緑化」 都市開発からの脱却

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 6月6日、東京メトロ日比谷線の霞ケ関駅と神谷町駅の間に新駅となる虎ノ門ヒルズ駅が開業した。

 虎ノ門ヒルズ駅は、その名の通り虎ノ門ヒルズに隣接する。2014年に開業した虎ノ門ヒルズは、都市開発事業者である森ビルが悲願としてきた超高層ビルだった。

 都市開発事業者の森ビルの名前を全国に知らしめたのは、2003年に竣工した六本木ヒルズだろう。当時、日本経済は長らく不況に喘いでいたが、バブリーな超高層ビルは世間から注目を浴びた。IT企業で財を成した社長たちが続々と居を構えたことからヒルズ族の名前が生まれ、それらも六本木ヒルズのバブリーさを演出。同時に知名度を押し上げた。一躍、六本木ヒルズは時の人ならぬ時のビルになる。

 世間的な知名度・貢献度から見れば、森ビルの代表作は六本木ヒルズになる。しかし、虎ノ門は森ビル創業の地。ゆえに、虎ノ門ヒルズこそが森ビルの集大成といえる。

 虎ノ門ヒルズを含めて森ビルは最終的に4棟の高層ビルを虎ノ門ヒルズ駅周辺に計画している。そして、東京メトロの駅が新規開業したことからもわかるように、虎ノ門ヒルズに期待を寄せるのは森ビルだけではない。新駅を開業させた東京メトロ、そして立体道路制度を活用して虎ノ門ヒルズの真下に新虎通りこと環状2号線の一部を開通させた東京都も、虎ノ門ヒルズおよび周辺開発に未来を託す。

 こうした背景だけを追っていくと、虎ノ門ヒルズは官民一体による超大型開発案件と受け取れる。しかし、森ビルの辻慎吾社長は、虎ノ門ヒルズ一帯の開発プロジェクトに関して単なる都市開発としなかった。

 虎ノ門ヒルズの以前から、辻社長は森ビルの開発プロジェクトは緑化に力を入れていると繰り返した。そして、虎ノ門ヒルズが完成した際の記者会見でも緑化をコンセプトにしていることを強調している。

 実際、虎ノ門ヒルズには約6000平方メートルの緑地が整備されている。また、ヒルズ内だけではなく、街全体にグリーンロードと呼ばれる緑道を造成するプロジェクトにも取り組んでいる。

 このほど開業した虎ノ門ヒルズ駅にも、そうした森ビルの緑化へのこだわりが反映されている。地下鉄のホームや構内は東京メトロの管轄にあたり、なおかつ地下という構造から緑化が難しい。緑化には潅水・日照などが肝心になるため、地下にあるホームやコンコースで目立つような緑化は取り組まれていない。

 しかし、駅から一歩外へ出ると、そこにはデッキや駅前広場があり、森ビルのコンセプトを体現したような緑が目に飛び込む。

 森ビルは鉄道事業者ではないが、近年は鉄道事業者や都市開発事業者、地方自治体などが協力して、駅や線路の緑化を積極的に進めている。

 西武鉄道は首都圏で緑化を積極的に進める鉄道会社のひとつ。西武鉄道は東京の池袋駅・新宿駅を起点に多摩エリアや埼玉方面に路線を広げる。

 西武鉄道は沿線の秩父や川越などが人気観光地になり、近年は観光需要が伸びていた。とはいえ、経営基盤を支える大半は沿線住民による通勤・通学の需要だった。

 沿線のブランド化に成功した東急と比べると、西武の沿線はどこか垢抜けない部分が残る。そうしたジレンマを抱えていた西武は、系列の西武造園と協力して緑化に乗り出すことでイメージの向上を目指した。

 沿線に緑が増えたところで、乗客が増えるわけではない。しかし、緑化は沿線のブランド力を高める効果があり、街のブランド化が進むことで西武沿線の人気は上昇する。住みたい街として人気が高まれば、居住者が増えることにつながる。居住者が増えれば、比例して利用者も増える。

 遠回りな考えだが、近年は人口減少が顕著になり、それは東京近郊にも及んでいる。大規模開発をしたからといって、必ずしも投資に見合った成果が得られるわけではない。

 仮に大規模な沿線開発に取り組んでも、渋谷や新宿といった繁華街に太刀打ちできない。それだったら手堅く緑化を進めて、住宅地としてのブランドを高める方が得策だ。そのような考えから、西武は駅の緑化に着手した。

 2000年頃から都市の温暖化、いわゆるヒートアイランド現象は切実な行政課題になっていた。ヒートアイランドを抑制するには、都市の緑化が有効とされたが、東京をはじめとする大都市の都心部にはスペース的な余裕はなく、緑化は困難だった。

 都市緑化を推進するべく、国土交通省は建物の屋上に着目する。国交省は自身のオフィススペースでもある中央合同庁舎3号館の屋上を緑化。これが先例となって、各地の市役所・公共施設の屋上でも緑化が進められていった。そして、屋上緑化は百貨店や学校、駅舎などにも波及していく。

 屋上緑化では、JR東日本系列の鉄建建設が先駆的なノウハウを培った。鉄建建設本社の社屋には屋上庭園があり、2018年まで一般公開をしていた。

 屋上緑化は屋上の面積が広いことが前提条件になるため、大きな建物でなければ難しい。個人住宅でも屋上緑化は可能だが、緑化には土壌や排水設備が必要になるために屋根の積載荷重の制限から断念するケースが多い。

 特に個人宅は、屋上に庭をつくることを想定して建てられていない。だから、個人宅で屋上緑化が進まないことは仕方がなかった。そうした事情から、屋上緑化は思ったほど広がりを見せず。ヒートアイランドを大幅に抑制することは叶わなかった。

 屋上緑化の次なる手として、西武造園は壁面緑化に緑化拡大のチャンスを求めた。ターニングポイントになったのは、2005年の愛知万博だった。

 愛知万博では、バイオラングと呼ばれる緑化壁がお披露目された。これを機に、西武は駅舎や駅構内にある店舗の壁を緑化していく。西武は、それらを“みどりのネットワーク”と名付け、積極的に沿線緑化を進めていった。

 こうした取り組みは他社にも広がり、現在では駅舎のあちこちで壁面緑化を見ることができる。

 鉄道業界では駅の壁面緑化・屋上緑化よりも早い時期から、線路内を緑化する取り組みも実施されていた。

 線路内を緑化する取り組みは、軌道緑化と呼ばれる。軌道緑化に積極的なのは、路面電車の運行事業者だ。路面電車の運行事業者が軌道緑化に積極的な姿勢を見せるのは、路面電車が地上を走っていること、走行スピードが速くないので植物を傷めにくいなどの理由が挙げられる。

 路面電車で最初に軌道緑化を始めたのは、高知県の土佐電気鉄道とも熊本県の熊本市電ともいわれるが、現在のトップランナーは鹿児島市電で衆目一致している。

 鹿児島市電の軌道緑化は全国一の規模を誇り、芝生が敷き詰められた緑の絨毯は、鉄道の線路内とは思えないほどの美しさを誇っている。こうした美観効果も手伝い、市民が日常の交通手段として使うだけではなく、観光客の利用も新たに生み出した。

 鹿児島市電の軌道緑化が有名になると、ほかの路面電車事業者も追随した。同じ路面電車といっても、気候や路盤の性質が違い、電車の運行頻度も異なる。取り巻く条件が変われば、軌道緑化で植える芝の品種も変わる。

 そのため、鹿児島市電を真似るだけでは軌道緑化は成功しない。単に芝生を植えるだけの簡単に見える軌道緑化だが、結実までには何度も試行錯誤を重ねなければならなかった。都電荒川線は軌道緑化に一度失敗し、再チャレンジを試みている。一朝一夕で軌道緑化は実現しない。

 鉄道の緑化トレンドは、とどまることを知らない。千葉県の小湊鉄道は沿線すべてを緑化する勢いで緑化に取り組む。

 JR内房線と接続する五井駅を除けば、小湊鉄道各駅の利用者は1日1000人に届かない。そうした利用状況からもわかるように、各駅の駅前に繁華街が形成されているわけではない。駅前は閑散としている。

 この田舎然とした環境を逆手に取り、小湊鉄道は2017年から養老渓谷駅の逆開発に着手する。通常、鉄道会社は人の流れを生み出すために、駅前に商業施設や住宅地、マンションなどを建設する。そうした都市化を進めることで利用者を創出してきた。

 逆開発は文字通り都市化とは真逆の発想で、小湊鉄道は養老渓谷駅前のロータリーのアスファルトを剥がして表面を土に戻し、木を植えて森をつくろうとしている。養老渓谷駅前のロータリーは、10年の歳月をかけて自然に戻す予定だ。

 小湊鉄道の緑化は養老渓谷駅だけで進められているわけではない。そのほかの駅でも、小湊鉄道は森づくりを進めている。2014年に芸術祭を開催したのを機に、月崎駅前は“森ラジオ”として整備。木造の保線作業員詰所を移築し、森づくりに一役買っている。

 きわめつけは、五井駅にある本社敷地内の一部を森にして一般開放する計画だ。まだ構想段階ながら、本社敷地を森にするという大胆なプランは逆開発を断行した小湊鉄道ならではと言える。

 これまで鉄道会社は都市開発を牽引する存在だった。しかし、時代とともにそうした考え方からの脱却が始まっている。

小川裕夫/フリーランスライター

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月17日掲載

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