コロナ禍はドラマ界にどんな影響を与えるか “現代的な作品”をつくるのは無理なワケ

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 各テレビ局は、緊急事態宣言が解除され、ドラマの新規収録を順次再開させている。しかし、早くも新たな難題が突き付けられている。「ポストコロナの世界をどう描くか」と「専門家会議が提唱する新しい生活様式をドラマでどう扱うか」である。TBSの元ドラマプロデューサーで元中央大特任教授の市川哲夫氏(70)に聞いた。

「親にはナイショで…」(1986)や「課長サンの厄年」(1993)など数々の名作ドラマを過去に手掛けた市川哲夫氏はこう語る。

「コロナ禍は戦後最大の危機。人々の生活や意識の変化は免れない。当然、テレビドラマの内容も変わらざるを得ません」

 市川氏の持論は「ドラマはジャーナリズム」。時代に合わないドラマを視聴者は受け入れないと考えている。

 それはドラマ史も証明している。例えば、2011年3月11日の東日本大震災から約半年後に放送された「家政婦のミタ」(日本テレビ)は最終回で視聴率が40・0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)にも達した。

 メインテーマは「喪失と再生」だった。作品も優れていたが、未曾有の大災害によって、多くの人が絶望的な喪失感に襲われていた時期だったからこそ、国民的ドラマになったというのが定説だ。

 この4月からTBSが再放送した名作ドラマ「JIN―仁―」(2009、2011)が、あらためて大好評を博したのも、今という時代に合っていたからに違いない。コレラなどの難病に対し、無私の精神で立ち向かい続けた南方仁(大沢たかお、52)と、現在の日本が置かれた苦境、医療関係者たちの姿を、無意識のうちに重ね合わせた人が少なくなかったのだろう。

 ポストコロナの世界でドラマはどうなるのだろう。

「これから撮り始め、7月期以降に放送されるドラマは、内容等が再検討されるでしょう」(市川氏)

 まず描かれるドラマのストーリーが変わる。具体的にはどうなるのか?

「今をドラマにするのは難しい。当面は過去ドラマと歴史ドラマを撮り、乗り切るしかないのではないか」(市川氏)

 過去ドラマとは、昭和、平成、そして令和2年1月までを描く作品だ。つまり、日本がコロナ禍に襲われる前までの話である。

 時代設定をそうした上で、今の視聴者のマインドを読み、受け入れられる内容にする。古関裕而さん(1909~1989)の生涯を題材にしたNHK連続テレビ小説「エール」も過去ドラマの1つである。

 なぜ、今をドラマにするのは難しいのだろう。

「コンテンポラリー(現代的)なドラマを作る時、描写はリアルでなくてはなりません。今という時代の情景を映像に取り込まざるを得ない。それが困難だからです」(市川氏)

 リアルを追おうとすると、いくつもの壁にぶちあたってしまうのだ。その一例がマスクである。

「今はほぼ100%の人がマスクをしています。緊急事態宣言の解除後もすべての人がマスクを外すことはないでしょう。それに合わせ、登場人物たちの多くにマスクをしてもらうと、ドラマとして成立しにくいと思います」(市川氏)

 ドラマにおいて俳優と女優の顔は大きなチャームポイントである。例えば綾瀬はるか(35)や新垣結衣(31)を出演させながら、大半のシーンはマスク姿でいいかというと、それは疑問だ。視聴者の多くがそれを望まないのではないか。もっとも、マスクを付けないとなると、やはり相当数の視聴者が違和感をおぼえてしまうはずだ。

 リアルを追い求めると、レストランでの食事シーンでは横並びで座らなくてはならない。会話はままならず、食べることに集中しなくてはならない。酒場のシーンも同じだ。お仕事ドラマの場合、ほとんど人のいないオフィスを登場させなくてはならない……。

「そんなドラマをはたして視聴者は見たいでしょうか? 少なくとも僕は見たくない」(市川氏)

 一方で、時代設定は今なのに、「新しい生活様式」を無視してしまうと、リアリティーは消え、パラレルワールドを舞台にした作品になってしまう。

 だから市川氏は、当面は過去ドラマと時代劇で乗り切るしかないと考えているのだ。

 数々の名作を生んだ群像劇というジャンルがある。「男女7人夏物語」(TBS、1986)や「愛という名のもとに」(フジテレビ、1992)などだ。男女が誰かの家に集まったり、頻繁に居酒屋などで飲み会を催したり。何かにつけ「密」になる。

 時代設定を今にすると、群像劇をやるのは不可能だろう。仮に出演陣の抗体検査などを行った上で収録に臨もうが、見る側から「不謹慎」との誹りを受けかねない。現実で無理なことをドラマがやってしまうと、やはりパラレルワールドの作品になってしまう。

 NHKはビデオ通話を駆使したリモートドラマの制作に熱心で、5月4日から「今だから、新作ドラマ作ってみました」という企画をスタートさせた。これには「さすがNHK」という声が上がっているものの、「面白い」という意見は少数派で、視聴率も低迷している。

 音声が悪く、映像もクリアとは言えない。そういった技術面の問題はやがて解消されるだろうが、そもそもドラマとリモートドラマは全く違うものと言わざるを得ない。

 ビデオ通話で会議や講義を行うのは分かるものの、出演陣が役柄を克明に表現し、さらに物語を展開するのは難しい。リモートドラマはドラマの代替品とはならないだろう。

「ドラマは自分の夢を仮託する場です。ある種の理想や希望をドラマに見出している」(市川氏)

 となると、やはり行き着くのは過去ドラマと時代劇ではないか。

 確実に言えるのは、ポストコロナのドラマ界では、医療ドラマの流行が終焉する。2020年1月期の連ドラには医療ドラマが「トップナイフ―天才脳外科医の条件―」(日本テレビ)など6本もあったが、これから撮るのは不可能だ。

 コロナ禍という現実がドラマを超えてしまったからではない。撮影のために施設を貸す病院があるとは到底思えないからだ。となると、医療ドラマは成立しない。

 コロナ禍下で病院側は院内感染の防止に向けて躍起になっている。また仕事量が激増している。「監察医 朝顔」(フジ、2019)などに施設を提供した東京臨海病院(江戸川区)の場合、コロナ治療の拠点と化している。

 東京臨海病院には専用のコロナ病棟もあり、医師や看護師らが24時間体制で懸命に治療に当たっている。同院に限らず施設を貸す余地はないはずだ。

 最近のニュースやワイドショーは感動を伝えることがほとんどないだけに、ドラマにはそれが求められる。だが、制作者たちの試行錯誤が続きそうだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月13日掲載

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