川上高司(拓殖大学海外事情研究所所長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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使われない自衛隊

佐藤 戦時下においては、やはりその国の文化が強く出てきます。日本でなぜ都市封鎖が可能な法律が作れないかといえば、戦後の文化がある。例えば、すぐに違憲訴訟を起こしてくる勢力があります。この状況下で、その対応にエネルギーをかけるわけにはいかない。

川上 憲法論議とか法律論議をしているうちにどんどん事態が悪化して、死者が増えていく。それなら現行憲法、法律を解釈によって弾力的に運用していく方がいい。でも初動段階でこの対策を厚労省や経産省中心の官邸でやろうとしたのは間違いでした。これは安全保障も含めた危機管理という観点で対処する必要があったと思います。

佐藤 同感です。ただ危機管理という言葉には問題があって、日本語だとリスクマネージメントもクライシスマネージメントも危機管理という表現になってしまうんですね。今回はクライシスの方で、語源の古代ギリシア語のクリシスは峠や分かれ道を表し、道を誤れば死んでしまう重篤、危篤という意味合いのある言葉です。そういう局面だという認識が「危機管理」では薄れてしまう。

川上 おっしゃる通りで、私はコロナ対策は「国家安全保障政策」として取り組まなければならないと考えています。その観点からすると、今回、自衛隊の顔がまったく見えてこないのが不思議です。

佐藤 それは変ですよね。

川上 自衛隊に生物兵器に対処する部隊があるわけですから、もっと自衛隊を使うべきではないでしょうか。

佐藤 埼玉の大宮には、核兵器、生物兵器、化学兵器に対処する陸上自衛隊の中央特殊武器防護隊があります。また防衛医大でも感染症を研究している。クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の時も海上自衛隊はほとんど活動していない。

川上 クルーズ船のケースなら、陸上自衛隊が米軍と一緒に同様の事態をかなり綿密にシミュレーションをしています。それに検疫の場所なら自衛隊の敷地にテントを張ってベッドを用意すればいいし、日米安保を使って米軍基地も使ったらいいんです。東日本大震災では、自衛隊と連携して米軍がトモダチ作戦を行いました。あの時はちゃんと司令部があり、オペレーションがあった。中国、ロシアの動きを監視しながら、被災者の救助を行い、見事な安全保障体制を作り上げました。

佐藤 自民党は、自衛隊を使うと野党に責められるんじゃないかと思っている。また、メディアにも袋叩きにされるのではないかという恐れもある。でもいま自衛隊を使っても、国民は反発しませんよ。

川上 政府は自分で自分を抑圧している。

佐藤 考えてみれば、東日本大震災の時は、社会党の流れを引く民主党政権だったから、憚ることなく自衛隊を使うことができた。自民党から攻撃されるリスクはありませんからね。もっとも自衛隊をあんな乱暴に使っていいのかという問題はありましたが。

川上 原子炉冷却のため、その上空からヘリで放水させましたね。

佐藤 確かにいま自衛隊を使うと、立憲民主党や共産党は大暴れする。だから政治的なコストと照らして使えないという永田町の論理はわかりますが、そこを突破して欲しい。

川上 ポスト安倍を見据えて、とか政局中心に考えるのは、もうやめて欲しいですね。世界的規模の戦争の真っ最中ですから、永田町の論理は取り払って、指導力、決断力を発揮していただきたい。

佐藤 イスラエルのネタニヤフ首相はあまり人気があるわけではないのですが、感染症対策となると、彼の国では強権の行使を是認するコンセンサスがすぐにできてしまう。それはかつてナチスによってユダヤ人がゲットーに閉じ込められた時、感染症でバタバタ倒れて死んでいった記憶が教育によって継承されているからです。

川上 なるほど。それに加えてイスラエルはずっと周辺国と戦争していますから、いざという時には団結して外敵と戦う状況がずっとあるでしょうね。

佐藤 ええ。ロシアでも、普段はあんなにプーチン大統領を嫌っている国民が今回は素直に言うことを聞いている。それはソ連が崩壊した時の混乱の記憶が残っているからです。その後もモスクワ騒擾事件、チェチェン内戦、それに対するモスクワでの爆弾テロなどがあって、平和な日常が一瞬の間に内戦になっていくのが皮膚感覚でわかっている。

川上 日本は戦後70年以上平和な時代が続き、戦争をリアルに考えられなくなった。そのツケが回ってきているのかもしれません。

佐藤 その点では、歴史戦の側面もある。イスラエルのように、民族としての教育をきちんとしてこなかったわけですから。

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