「賠償地獄」「経済崩壊」回避で中露「密約」の動き

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「新型コロナウイルス」の発生源となり、初動の不手際が国際的な非難を浴びる中国に対して、損害賠償を求める動きが各国で広がり、米、英、伊、独、エジプト、インドなど少なくとも8カ国が賠償を要求、請求総額は100兆ドル(約1京1000兆円)に上る――とフランスの放送局『RFI』が4月末に報じた。

 中国の国内総生産(GDP)の7年分に相当し、この動きが広がれば、中国は「賠償地獄」に陥りかねない。

 主権が及ばない実際の訴訟は非現実的だが、中国が自らの責任を全面否定し、国営メディアを通じて米国の陰謀説を流すのは、損害請求をけん制する狙いがあろう。賠償要求が浮上するたびに、中国外交は守勢に回り、国家イメージが傷つけられる。

 中国責任論をめぐって、「放火犯」に同調する主要国はロシアだけだ。ウラジーミル・プーチン大統領は4月16日、習近平中国国家主席との電話会談で、中国の責任を問う米国を批判し、中国を擁護した。

 ロシアは新型コロナによって最大級の被害を受けており、国内世論もSNSで「武漢ウイルス」「中国の仕業」などと中国を批判する声が根強い。プーチン政権がそれを封印し、中国を擁護したのは、中国に恩を売ることで、「コロナ後」の経済再建で支援を求める深謀遠慮がありそうだ。

モスクワで「中国人狩り」

 中国で新型コロナ感染が広がった2月、中露間の外交的摩擦が観測された。

 ロシアは1月末に中露国境を封鎖し、中国人の入国を禁止。エカテリンブルクに赴任した中国総領事も2週間の隔離を命じられた。

 モスクワでは、警察がホテルやアパートを回って中国人を探し出し、強制的に隔離した。地下鉄やバスで、職員が中国人の乗車を阻止する動きもあった。セルゲイ・ソビャーニン・モスクワ市長は、市の隔離規定に違反した中国人数十人を追放したと語った。

 これに対し、在露中国大使館はモスクワ市政府に書簡を送り、

「中国人狩りであり、民族差別だ。中国人の監視は西側諸国でも行われていない」

と抗議。

「良好な両国関係に打撃を与える」

 と警告した。

 2月末時点でロシアの感染者は中国人ら3人だけで、ロシアの対中水際作戦は成功した。しかし、3月にイタリアやスペインの休暇から戻った富裕層がウイルスを持ち込み、またたく間に感染が拡大した。

 ロシアは3月中旬まで、エリート層が利用する欧州航空便を規制せず、この油断が命取りとなった。5月22日時点でロシアの感染者は30万人を超え、米国に次いでワースト2位。感染は南部など地方に広がり、医療崩壊を招いている。米国の感染者は低所得者層が圧倒的だが、モスクワでは中間層以上が比較的多いとされる。

 その後中国は新型コロナを封じ込めたが、4月に極東経由でロシアから帰国した中国人500人以上の陽性反応が判明。今度は中国が感染拡大の第2波を警戒し、ロシアからの入国を禁止した。

 中国共産党系の『環球時報』(4月13日)は、

「ロシアは感染者流入阻止に失敗した最新例であり、他国への警告となる。医療崩壊も招いている」

 と酷評した。自らも新型コロナに感染したロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、

「両国間で相互に批判し合うのは適切ではない」

 と論評していた。ロシア政府高官は、新型コロナに関する詳細な情報提供を中国側に求めても、応じてくれないと不満を漏らした。

 こうした中で、『フィナンシャル・タイムズ』(5月4日)は、

「ロシアからの感染者流入は、ロシアが感染者を隠し、検査能力のないことを示しており、中国側の怒りを買った。これは長年の中国の対露優越感と反露感情を高めそうだ。ロシアでも、コロナ問題が国民の根底にある反中国感情を強めるだろう」

 と書き、中露の摩擦拡大を予測した。

3度の電話会談

 両国の摩擦を懸念し、調整に動いたのが、プーチン大統領と習近平主席だった。

 習主席は国内に新型コロナ禍が広がった1月以降、のべ40カ国以上の首脳と電話会談をしたが、プーチン大統領とは3回行っており、最も多い。 

 ロシア大統領府HPによると、プーチン大統領は3月19日、ウイルス拡散阻止を目指す中国指導部の努力を高く評価。両者は医療や新薬開発での協力拡大で合意した。

 中国外務省HPが伝えた4月16日の電話会談によると、習主席は、

「新型コロナをめぐる政治化や決めつけは、国際協力のプラスにならない」

 と米国をけん制した。プーチン大統領は、中国の人道援助と防疫物資の提供に感謝すると述べ、

「ロシアは中国の防疫経験を見習いたい」

「ロシアは特定の勢力がコロナ問題で中国に泥を塗るやり方に反対し、中国の側に立つ」

 と応じた。

 しかし、ロシア大統領府HPの表現は異なっており、プーチン発言の中に「中国の経験に学ぶ」という表現はなく、

「国際社会に向けて中国非難情報を発信するのは非生産的だ」

 と述べただけだ。「中国の側に立つ」というくだりもなく、微妙な解釈の違いが観測できる。

 さらにロシア側HPによると、5月8日の電話会談では、習主席がロシアの第2次世界大戦戦勝75周年を祝福。両首脳は第2次大戦の結果を修正しようとする動きに一致して反対することを確認した。コロナ問題では、ワクチン開発や国際社会の防疫での結束強化で一致した。

最大の被害国はロシア

 プーチン大統領にとって、新型コロナを拡散させた中国には恨み骨髄のはずである。

 自らの任期延長を図った4月22日の憲法改正国民投票や、各国首脳を招いて威信強化を狙った5月9日の戦勝式典は、新型コロナのせいで延期となり、長期政権構想に狂いが生じた。

 新型コロナによる石油需要減で、原油先物価格は4月に一時マイナス40ドルという史上初の「マイナス価格」を記録し、今後も歴史的な安値が長期化しそうだ。経済活動凍結で、1000万人以上の失業者が出るとの経済予測もある。原油安はロシアの国力や影響力低下につながり、社会不安も予想される。

 30万人以上の感染者を出したことと併せ、新型コロナ禍で最大の被害を被った国はロシアといえよう。本来なら、中国に損害賠償を要求する側に立ってもおかしくないが、プーチン大統領は発生源をめぐる米中の舌戦で、中国擁護に回った。

 大統領より親中的なセルゲイ・ラブロフ外相は、中国への損害賠償要求について、

「受け入れられないし、ショッキングだ。そのような話を聞くと、髪の毛が逆立ってしまう」

 と言い放った。

 ロシアの政府系メディアは、「米軍がウイルスを武漢に持ち込んだ」とする中国外務省の主張を大きく報道した。欧米メディアによれば、ロシアは「ウイルスは米軍の研究所で作られた」「米中経済戦争に勝つための米国の陰謀」といったフェイクニュースをSNSなどで拡散しているという。

ロシアは「北京に従属」

 ロシアの中国擁護姿勢について、ウラジオストクの極東連邦大学に勤めるアルチョム・ルキン教授は5月5日、国営『ロシア・トゥデイ』のサイトに寄稿し、

「コロナ問題が中露関係に悪影響を与えるとの見方は西側の希望的観測であり、実際には中露の連携は一段と強化される」

 と分析した。同教授は、ロシア極東の経済は中国、韓国、日本との経済協力に依存しており、住民は発生源の問題には関心がなく、国際交流の早期再開を切望しているとし、

「米国との対立激化で、中国はますますロシアのような大国の友好国を必要としている。ロシアは、中国によるエネルギー購入継続がないと、経済苦境から絶対に立ち直れない」

 と指摘した。

 実際、中国の1~3月の貿易総額は前年同期比で8%減少したが、ロシアとの貿易は3%増加した。3月の中国のロシア産原油輸入も前年同月比で31%増加しており、中国は需要減の中で、ロシアの経済困難に配慮しているかにみえる。

 4月16日の電話協議で、両首脳は「相互貿易の拡大」で一致しており、発生源問題と貿易拡大で何らかの密約があったかもしれない。両国は5月、東シベリアと中国を結ぶ2本目の天然ガス・パイプラインの事業化調査を開始した。

 ロシア東洋学研究所のアレクセイ・マスロフ所長も、

「中国がウイルスを封じ込め、欧米より早く経済再建に着手したことは、『中国こそ未来』という認識をロシアに植え付けた。今後の国際戦略で、中露ともに互いをますます必要とする」

 とし、中露の連携拡大を予測している。両国の圧倒的な経済格差からみて、ロシアが中国の経済的影響圏に入る可能性があり、2国間関係はもはや対等とは言えないだろう。

 米国のシンクタンク「大西洋評議会」のマーク・カッツ研究員はシンクタンク「クインシー研究所」のサイトで、

「プーチン大統領は中国がロシアよりますます強力になることを懸念しながらも、ワシントンより北京に服従した方が得策と考えている。中国は米国と違って、カラー革命(2000年代に旧共産圏諸国や中東で起きた民主化運動)による民主化を求めないからだ」

 と書いた。政権基盤が揺らぎかねないプーチン政権は、体制延命のためにも中国傾斜を強めそうだ。

名越健郎
1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか』(海竜社)など。

Foresight 2020年5月25日掲載

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