猫好きに捧ぐ2分半「きょうの猫村さん」おっさん松重豊の猫しぐさを見よ

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 私が住む国は地獄です。緊急事態宣言っつって、あの顔が地上波全放送局に映し出されるも、ドヤ顔の割に具体性のない、ふんわりしたことしか言わず。左右をキョロキョロ、言霊(ことだま)ゼロ。でも、責任をとらないことだけは断言。マジか。万一自分が感染したら、副総理に託すという。それはそれで阿鼻叫喚(あびきょうかん)。別の地獄だ。

 驚いたのは、孤高を貫くテレ東ですら急遽、番組変更。それこそ天変地異。記者会見は迅速に切り上げておきながら、その後NHKやテレ東に出演する愚行。私が住む国はそんな人が上に立つ恐ろしい国なのです。

 怒りや絶望はモフモフした動物動画を観て鎮めるに限るのだが、最近ちょっと飽きた。まあ、原稿を書くとき、たいてい膝の上に猫がいるので。それでなぜかドウェイン・ジョンソンへ流れた。筋骨隆々のロック様がテキーラ飲みながらゴキゲンで歌う動画で、心のささくれを保護しとる。

 新ドラマが始まればまだ気が逸れるのだが、軒並み放送延期になってしまった。しかしだな、テレ東は決して私を裏切らなかった。長身痩躯のおっさんが猫の着ぐるみで大真面目に家政婦を演じる「きょうの猫村さん」が始まったから。

 演じるのは松重豊。いや、ちょっと待て。首が出ちゃってるよ! 生々しいおっさんの肌感の首が出ちゃってるよ! と思ったのは私だけかな。あえての間抜けさを出す狙いなのか。猫背を誇張するために、わざと頭部と体部で分けたのか。

 原作漫画は余白多め、鉛筆でさらりと描いた愛らしいタッチ。4巻までは購入したが、展開が「キャプテン翼」的になった(つまり、なかなか進まない)ので、くじけた。でも大好き。右肩下がりのマガジンハウスを救ったのも実質、猫村さんだ。猫が家政婦というファンタジーだが、市原悦子の「家政婦は見た!」オマージュもぐっとくるし、大映系ドラマの空気感もある。それでいて、そこはかとなくカワイイ。猫の習性を入れこみつつも、きちんとドラマ。そんな猫村さんの朴訥(ぼくとつ)とした世界観を松重豊に担わせる無茶ぶり&三段跳びの発想。さすがテレ東だ。

 ドラマはたったの2分半。ミニドラマというかマイクロドラマである。毎日観たくなる軽やかさ。歯を磨く時間よりも短い! 今後登場する役者もこれまたいい感じで、私の好みが揃っている。もっと観てから描きたかったが、空虚な緊急事態宣言で、心のささくれが裂傷になりそうだったので。

 松重の猫村さんに最初は違和感を覚えたものの、繰り返して観てみると、甘くなり過ぎない細心の節度があった。猫役だからといって、ニャンとかなんとか言って、かわいこぶったら台無し。松重はその点、安心だ。さりげなく丸めた猫手、瞬膜を見せながら(実際は白目)けだるく眠りに落ちる表情、目を合わせたように見えて実際には遠くを見ているそっけなさ。そうそう、猫ってそんな感じ。猫飼いは「おっさんにとってつけた可愛らしさ」だけでは誤魔化されない。猫の仕草にこうるさいのだ。さあ、猫好きは2分半、お試しを。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年4月23日号掲載

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