「マスク外交」の裏で「アフリカ人差別」理念なき中国の「正体」

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 国際連合アフリカ経済委員会(UNECA)が4月17日に公表した新型コロナウイルス感染に関する報告書によると、アフリカで何も対策が講じられなかった場合、人口約13億人のうち2020年中に12億人以上が感染し、330万人が死亡するという。アフリカ各国が厳しい感染抑制策を実施した場合でも、1億2280万人が感染し、30万人が死亡すると予測している。

 こうした厳しい状況の中、中国はアフリカ諸国に対し、医療器材や人材などを次々と支援する「マスク外交」を展開している。中国の国営メディアは、自国政府の貢献を国内外に宣伝する記事で溢れている。

警察官がアフリカ出身者を隔離

 そんな中、4月18日にケニアの首都ナイロビに住む友人(ケニア人)から筆者のスマートフォンに37秒間の短い動画が送られてきた。

 早速視聴してみると、そこにはアパルトヘイト(人種隔離)政策が存在した1980年代の南アフリカ共和国か、公民権運動以前の1950年代の米国南部ではないかと錯覚するような光景が写っていた。

 スーツ姿の身なりの良い黒人女性がショッピングモールに入ろうとしたところ、左腕に赤い腕章を着けた黒いスーツ姿の中国人男性2人が入店を拒む。黒人女性の友人と思しき白人女性が英語で「なぜ?」と男性2人に食い下がると、男性たちは「あなたは入っていいですよ」と手で合図して白人女性だけを入店させようとするが、黒人女性に対しては「あなたは駄目です」と頑なに入店を拒む。

 動画には、

「この動画はSNSで広く共有されている。ケニア人、そして全てのアフリカ人に対するこの酷い差別に対し、激しい批判と議論の輪が広がっている」

 という友人のコメントが添えてあった。

 友人によると、この動画は最近、中国南部広東省の広州市で撮影されたものだという。

 広州市には、中国製品の買い付けをするアフリカ出身者が多く住む「リトルアフリカ」と呼ばれる地域がある。

 同市では4月に入って以降、新型コロナに感染している可能性が高いとして、アフリカ出身者に対する商店やホテルの利用拒否、賃貸マンションや寮からの強制退去、強制的なウイルス検査などの人権侵害事案が多数発生している。

 すでに一部の日本メディアによっても報道されたが、アフリカ出身者が多い広州市の越秀区では、警察官がアフリカ出身者を隔離し、一帯を厳しく監視している時もあったという。

 いま、アフリカ各国では、そうした中国におけるアフリカ人差別の実態を収めた動画や写真がインターネット上で広く共有され、SNS上には中国への怒りの声が溢れている。マスメディアでは、アパートから叩き出されて河原での野宿を強いられた若者の体験などが紹介され、アフリカ各国の新聞を読むことができるウェブサイト「AllAfrica」を見ると、この問題がアフリカの多くの国で注目を集めていることがうかがえる。

 ケニアの友人が送ってきた動画は、そうした差別の氷山の一角を録画したに過ぎないようだ。

「著しい人権侵害」と強く抗議

 ことの発端は、新型コロナに感染した少なくとも8人のアフリカ出身者が「リトルアフリカ」の住民であり、このうち5人のナイジェリア人が隔離に応じず、レストランなどを訪れたこと──と伝えられている。広州市民の間でアフリカ出身者への怒りが広がり、当局によるアフリカ出身者に対する強制検査にまで発展したという。

 こうした事態を受け、アフリカ側から中国政府に対し、様々なレベルとルートで抗議や事態の改善を求める声が伝えられている。

 アフリカ連合(AU)=アフリカ55の国・地域が加盟=は4月11日、広州市の状況に「極めて強い懸念」を表明し、中国政府に直ちに是正措置を取るよう求めた。

 在北京のアフリカ各国の大使およそ20人は連名で、中国の王毅外相宛てに「著しい人権侵害」として強く抗議した上で改善を求める書簡を出した。

 ケニア、ナイジェリア、ガーナなどでは、閣僚らが中国大使を呼んで抗議し、自国民に中国から帰国するよう促している。

 迫害の対象がアフリカ出身者だけでなく、広く「黒人」となっている実態があることから、在広州の米国領事館はアフリカ系の米国人に対し、同市への渡航を避けるよう勧告を出した。

 中国外務省の趙立堅副報道局長は4月13日の記者会見で、

「我々はアフリカの兄弟を差別することはない」

 と述べ、事態の鎮静化に躍起だ。アフリカ各国に駐在する中国大使らも各国の閣僚らから抗議を受け、一様に「アフリカの人々は我々の兄弟」「中国は差別を容認しない」などと釈明している。

 だが、中国国営『新華社通信』によると、広州市に住む100人以上のアフリカ出身者から相次いで新型コロナの陽性反応が検出されており、市民の差別感情が今後ますます強まることも懸念される。

貢献は正当に評価してきたのに

 周知の通り、21世紀に入って以降のアフリカ経済の成長、とりわけサハラ以南アフリカの経済成長の立役者となってきた外部勢力は、中国である。中国はアフリカから原油や金属資源などを購入しており、アフリカにとって最大の輸出国であり、アフリカの人々に様々な日用品などを供給している国別で最大の輸入国である。

 中国企業は中国政府の資金でアフリカ各地に道路を造り、鉄道を敷設し、港湾を整備し、橋をかけ、縫製業をはじめとする中国の各種製造業がアフリカに進出した。

 米国の「ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院中国アフリカ研究イニシアティブ」の推計では、中国が2000 年から2017年までの間にアフリカの政府・国有企業に実行した融資は累計1433 億米ドル(約15兆4300億円)に上る。そして中国政府は近年、アフリカを巨大経済圏構想「一帯一路」の重要拠点の1つだとみなしている。

 こうした中国の関与の増大は、アフリカ各国の人々に概ね肯定的に評価されてきた。

 英『BBC』が2017年7月に結果を公表した世界規模の世論調査によると、ナイジェリア国民の83%、ケニア国民の63%が世界に対する中国の影響を肯定的に評価すると回答している。

 2018年ごろからアフリカ諸国に対する中国の過剰融資、いわゆる「債務の罠」が問題視されるようになってきてはいるが、アフリカの人々は、中国がインフラ建設などの目に見える形でアフリカの経済の底上げに貢献してきた点については正当に評価してきた。

 そうした中で起きた今回のアフリカ系の人々に対する中国での人権侵害について、動画を送ってきたケニアの友人は、

「近年、アフリカ人に対するこれほど露骨で大規模な人種差別は見たことがない。中国が自国の経済的利益のためだけにアフリカに関与していることが明白になった。新型コロナの感染拡大は、中国の正体をアフリカの人々に見せる機会となった」 

 とのメッセージを添えてきた。

カネでは買えない「人間の尊厳」

 筆者は中国がアフリカでのプレゼンスを高めるようになって以降、およそ20年にわたって中国・アフリカ関係を見てきたが、アフリカ諸国において中国への不信感や反発がこれほど高まったことは初めてのように思う。

 また、今回の問題については、アフリカの発展に対する中国の貢献を台無しにするとの批判が中国人コミュニティからも出ている。

 米誌『Foreign Policy』(電子版)には、この点について、米国を拠点に活動する中国系ジャーナリストの論考が掲載されている(2020年4月15日「China’s Racism Is Wrecking Its Success in Africa」)。

 新型コロナの感染拡大を受け、保育園が医療従事者の子供の登園を拒否するような事案は日本でも発生している。感染者に対する侮辱や暴言も少なくない。また、今回の感染拡大に関係なく、特定の人種や民族に対する差別は日本にも欧米諸国にもある。残念ながら、差別そのものがこの世から完全になくなることは未来永劫ないだろう。

 だが、市民が日常生活の様々な場面で他者に差別的な言動や行動を取ることと、政府機関や警察が特定の人種や民族を組織的に排斥することは、次元が異なる。すべての人の差別意識を変えることは民主主義国家においても不可能だが、民主主義国家の政府機関や警察は基本的人権の保障という原則の下で権力を運用する。

 近現代において世界規模のヘゲモニーを確立した国は、19世紀の大英帝国と20世紀の米国だが、強国のヘゲモニーが世界に受け入れられるには、経済力と軍事力だけでなく、人間社会の根幹にかかわる高位の「理念」が必要だ。

 英米は植民地支配や戦争といった過ちを繰り返しながらも、同時に「個人の自由」「法の下の平等」といった人類全体に対して十分な説得力を持った普遍性のある理念=すなわち基本的人権=を自国政治の柱に据え、世界に広めようとしてきた。

 ドナルド・トランプ大統領の出現で米国の威信は下落しているが、米国にはトランプを批判できる制度と実態があり、それを支える理念がある。一方、中国には習近平体制を批判できる制度はなく、それを支える理念もない。

 アフリカの人々は今回の大規模な人権侵害によって、中国がその巨大な経済力に見合うだけの普遍的な理念を持ち合わせていない国家だという現実を、改めて思い知らされたようだ。

 アフリカの人々はマスクや医療器材を積んだ中国機の到着を知らせる官製ニュースと同時に、1万キロ以上離れた中国で屈辱的な扱いに涙している大勢の同胞の姿をSNSで見ている。

 カネで人間の尊厳を買い尽くすことはできないのである。

白戸圭一
立命館大学国際関係学部教授。1970年生れ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。毎日新聞社の外信部、政治部、ヨハネスブルク支局、北米総局(ワシントン)などで勤務した後、三井物産戦略研究所を経て2018年4月より現職。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『日本人のためのアフリカ入門』(ちくま新書)、『ボコ・ハラム イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』(新潮社)など。京都大学アフリカ地域研究資料センター特任教授、三井物産戦略研究所客員研究員を兼任。

Foresight 2020年4月22日掲載

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