総選挙「与党歴史的圧勝」でむしろ逃げ場を失う「文在寅政権」

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「100年に1度あるかどうか(の大勝利)だ」――韓国の与党「共に民主党」の選挙対策委員長を務めた、李海瓚(イ・ヘチャン)同党代表の総選挙後の「驚きの言葉」だ。

 韓国で4月15日に行われた総選挙は、文在寅(ムン・ジェイン)政権の「新型コロナウイルス」対応が評価され、地方区で与党「共に民主党」が163議席、比例区で同党の衛星政党「共に市民党」が17議席を獲得し、与党は全議席数(300議席)の6割を占める180議席を獲得して圧勝した。

 1987年の民主化以降の韓国の総選挙で、与党が最も多くの議席を獲得したのは、2008年の保守党「ハンナラ党」(全議席の51.2%)だった。今回の「共に民主党」の勝利はこれを上回る60%で、歴史的勝利である。

 韓国国会では2012年に「国会先進化法」が成立し、いかなる法案も院内交渉団体の間で合意がない限り、本会議に上程されないことになった。

 だが、議員の5分の3以上が「ファストトラック」(迅速処理案件)に指定すれば、本会議に上程できるという例外措置が設けられている。今回の与党の獲得した180議席は、与党1党だけで「ファストトラック」に指定でき、憲法改正(議席の3分の2以上が必要)以外は何でもできるという絶対的な力を与党に与える議席数である。

全国的選挙4連勝の進歩陣営

 韓国は保守勢力と進歩勢力が激しく対立してきた。

保守勢力は韓国の近代化、産業化を通じた経済発展を主導し、進歩勢力は民主化を主導してきた。韓国が、経済発展と民主化を同時に実現したのは、良い意味で保守と進歩が競い合うことで、有権者がその時その時の優先的な課題を担う政治勢力を選択してきた結果であった。

 しかし最近の韓国では、全国的な選挙で進歩勢力が勝利を続けている。

 1回目は、朴槿恵(パク・クネ)政権時代の2016年4月の総選挙だ。選挙前の世論調査などでは、保守が勝利するとみられたが、野党の「共に民主党」が123議席を獲得し、与党の「セヌリ党」の122議席を1議席の差で上回り、進歩側が第1党になった。

 2回目は2017年5月の大統領選挙だ。何の権限もないはずの朴槿恵大統領の知人、崔順実(チェ・スンシル)氏が国政に大きな影響力を与えてきたことが明らかになり、2016年に大規模な「ろうそくデモ」が発生。朴槿恵大統領は弾劾された。その結果、大統領選挙では文在寅候補が大差で当選した。

 3回目は2018年6月の統一地方選挙だ。政権を握った進歩勢力は、保守政権の積弊清算を掲げて選挙戦を展開、与党「共に民主党」は全国17カ所の広域首長選挙で、ソウル市長など14カ所で勝利するなどして圧勝した。

 そして、4回目が今回の総選挙だ。進歩の与党「共に民主党」が歴史的な勝利を収めたことはすでに述べた通りだ。

 進歩勢力は全国的な選挙で4連勝、保守勢力は4連敗である。今回の選挙結果は、韓国の保守勢力が理念のあり方を含め、根本的な見直しを求められていることを示した。

 今回、与党「共に民主党」と同党系の「共に市民党」が180議席、比例区だけの「開かれた民主党」が3議席、「正義党」が6議席、進歩系の無所属が1議席で、進歩勢力は計190議席を獲得した。

 一方の保守勢力は「未来統合党」と同党系の「未来韓国党」が計103議席、中道保守の「国民の党」が3議席、保守系無所属が4議席で計110議席だった。

 この進歩190、保守110という結果から、一部では、韓国の政治潮流はもはや「進歩が主流」で「保守は傍流」となったのではないか、という見方すら出始めている。

 日本では自民党が巨大与党として政権を握り続け、野党は各党合わせても自民党にはるかに及ばないという状況だが、韓国では、日本とは保守と革新の立場が入れ替わったような状況になったのではないか、という保守派の悲鳴が上がっている。

 これは、保守に大きく傾いている日本の実情からすれば、日韓関係の今後をさらに困難にするものになろう。

「新型コロナ」がつくった与党圧勝

 では、与党圧勝はなぜ実現したのだろうか。

 第1は、文在寅政権下での新型コロナ対策が効果的な結果を生んだからであろう。

 当初、与党を取り巻く状況はそれほど有利ではなかった。世論の反対を押し切って曺国(チョ・グク)法相を任命し、国内世論の対立が激化。大統領府が蔚山市長選挙に介入した疑惑での、検察による青瓦台への捜索、青瓦台と検察当局との対立と、悪材料が続いた。

 そこに新型コロナである。

 文在寅政権は当初、習近平中国国家主席の訪韓を4月初めに想定したため、中国人の入国を禁止せず、2月13日には「コロナは間もなく終息するだろう」という甘い見通しを示す失敗を犯した。1月末の世論調査では、文在寅大統領の支持率は41%まで下落した。

 しかしその後は、専門家集団の判断を尊重した。

 韓国の新型コロナ対応は、文在寅政権の功績というよりは、これまでに中東呼吸器症候群(MERS)やエボラ出血熱の経験を経た韓国社会が、感染症に対してそれなりの準備をし、疫病管理本部を中心とした医療集団が迅速で大量の検査ができる態勢をつくり出したことが大きな成果を生み出した。

 公衆保険医たちが感染の危険性のある人々を訪問してまで大量の検査を行った。感染者が出ると、4分類して軽症者は病院ではなく生活治療センターで、医師の管理のもとで治療し、医療崩壊を防いだ。

 文在寅大統領の功績は、疫病管理本部などの対応を受け入れ、余計な政治判断をせずに情報を公開し、専門家中心の対応を迅速に実践したことにある。政治は結果である。

 現実に、韓国では投票日4月15日の状況は、前日からの感染者増はわずか27人で、感染者総数1万591人、死亡者225人、隔離を解除された人は7616人だった。それまでのPCR検査件数は50万件を超え、国民の100人に1人が検査をした計算だ。

 これに対して米国の同日で感染者数61万3886人、死亡者2万6047人という数字を見れば、韓国の有権者が自国の新型コロナ対応を評価するのは当然だった。

 世界の各国首脳から文在寅大統領に電話が入り、検査キットを含めた支援の要請や、韓国のノウハウを学びたいという申し入れがあったことが、連日報道された。韓国人は日本人以上に、海外からの評価を気にする。とりわけ欧米からの支援要請は、韓国人の自尊心を満足させるに十分であった。

 世論調査会社「韓国ギャラップ」が選挙直前の4月13日から同14日にかけて行った世論調査では、文在寅大統領の「支持」は59%に達し、「不支持」の33%との差は26ポイントまで広がった。支持の理由として「新型コロナ対応を評価」が54%を占めた。

『ニューヨーク・タイムズ』は総選挙結果を報じた記事に、

「韓国の選挙でウイルスが与党に圧勝をもたらした」

 というタイトルを付けた。

「守旧」イメージを抜け出せなかった保守

 第2は、野党第1党「未来統合党」の対応の誤りだ。

 韓国の保守勢力は朴槿恵大統領の弾劾後、親朴派と反朴派の対立が激化して「自由韓国党」は分裂した。

「自由韓国党」の黄教安(ファン・ギョアン)代表、羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)院内代表の党指導部は、曺国法相任命問題などで朴槿恵前大統領支持勢力の「太極旗部隊」とともに大規模集会などの院外闘争を続けた。

 総選挙が近づくにつれて、保守勢力が分裂していては選挙に勝てないと、2月17日に「自由韓国党」「新しい保守党」「前進党」の3党が合同し、新たな保守政党「未来統合党」を結成した。選挙のために、「親朴」「反朴」をとりあえず横に置いた保守新党のスタートだった。

「未来統合党」は、総選挙で文在寅政権へ審判を下そうと、「政権審判論」を掲げて総選挙に臨んだ。

 まず、政府の新型コロナ対応について、中国人の入国禁止措置を取らなかった対中弱腰外交を批判した。

 また政府が、新型コロナ対策として所得下位70%に災害支援金を支給するとの方針を出すと、「未来統合党」は、最初は「バラマキ」「買票行為」と批判した。保守の側は対案を出すのではなく、文在寅政権バッシングに熱を上げたのだ。

 しかし、新型コロナ対策で災害支援金を求める声が高まると、黄教安代表は、

「1人当たり50万ウォン(約4万4000円)を支給すべき」

 と姿勢を変えた。これを受けて、与党も全世帯に100万ウォン(約8万8000円、4人家族基準)と方針を変えた。

 さらに、総選挙の公認をめぐる同党の内紛が支持を下げた。

「未来統合党」では、金炯旿(キム・ヒョンオ)元国会議長を公認管理委員長にして公認候補の大幅な入れ替え作業を行い、親朴系の多選議員から自主的な不出馬を引き出すなどの成果を上げつつあった。

 さらに、改革志向で反朴派の劉承旼(ユ・スンミン)氏らの「新しい保守党」を吸収し、安哲秀(アン・チョルス)氏系の「国民の党」からも人材を受け入れた。

 しかし、次第に金炯旿委員長と黄教安代表の対立が深まっていった。黄教安代表は金炯旿委員長が決定した公認候補を取り下げ、黄教安派の候補者と入れ替えを主張。結局、金炯旿委員長は辞任した。

 こうした公認問題をめぐる内紛によって、「親朴回帰党」「ホットク党」(韓国式の焼き菓子をひっくり返すように候補を入れ替える党の意)という批判が起きた。

 選挙後、党公認を得られず、大邱から無所属で立候補して当選した洪準杓(ホン・ジュンピョ)元「自由韓国党」代表は、「未来統合党」惨敗の理由について、

「政治初歩者による自分の大権(大統領)への欲心が禍を招いたものだ」

 と黄教安代表を非難した。

 さらに野党「未来統合党」に決定的な打撃を与えたのは、京畿道富川丙選挙区から立候補した車明進(チャ・ミョンジン)候補のセウォル号事件に関する暴言など、相次ぐ保守陣営の失言や暴言だった。

 車候補は4月8日の討論会で、セウォル号の遺族が“座り込みテント”で乱れた性関係を持った、と発言した。これに対し、「未来統合党」の倫理委員会は「離党勧告」をしたが、除名を免れた車候補はその後も「セウォル号テントの真実を解明せよ」と主張し続けた。

 車候補は2019年4月にも「フェイスブック」に、

「子供の死に対する世間の同病相憐れむ同情を刺身で食らい、蒸して食らい、それでも足りず骨までしゃぶり、本当に卑しく食らいつくす」

 と、遺族を卑下する文章を上げて問題を起こした人物だ。この時は「自由韓国党」の中央倫理委員会が党員権停止3カ月と警告処分を下した。

 総選挙投票日の翌16日はセウォル号沈没事故6周年の日で、多くの有権者が6年前の事故に思いを寄せる時期だ。

 それなのに突発的な発言ではなく、過去にも問題発言を繰り返してきた人物が、「未来統合党」の公認候補になっていることに有権者は強く反発した。

「未来統合党は何も変わっていない」

 というイメージが急速に広がった。「未来統合党」の選対幹部も、

「独自の状況分析で30~40代の中間層が崩れる現象がはっきりと現れた」

 と嘆いた。危機感を抱いた「未来統合党」は投票直前の4月13日に緊急最高委員会会議を開いて、除名処分を決定した。

 しかし翌日、裁判所が除名手続きに瑕疵があると処分無効を認めたために、車候補は選挙戦を完走してしまったのだった。

 世論は、文在寅政権への「政権審判論」から、野党「未来統合党」への「野党審判論」に向かってしまった。

 セウォル号事故のような大きな悲劇の傷を今もなお引きずっている韓国社会で、多くの国民がつくり出したコンセンサスを引き裂くような行為は、特定候補だけでなく、そういう人物を公認した「未来統合党」への批判へと向かったわけである。結局は「旧態依然の守旧政党」「金持ち政党」というレッテルから抜け出すことができなかった。

多党化から2党体制へ

 今回の総選挙では小政党の死票を少なくする目的で、比例区に「準連動型比例代表制」が導入された。比例区47議席中、30議席については小政党を優遇しようというものだ。この制度の導入で左派政党の「正義党」などが利益を得るものとみられた。

 4年前の総選挙では、与党「共に民主党」が123議席、野党第1党「セヌリ党」(「未来統合党」の前身)122議席、「国民の党」38議席、「正義党」6議席、無所属11議席であった。韓国政界は多党化の傾向を見せており、今回の「準連動型比例代表制」の導入で、多党化がさらに進むとみられていた。

 しかし、結果はまったく反対になった。先に示したように、選挙結果は2党体制をもたらしたのである。

 この原因は、与党「共に民主党」が比例区用の「共に市民党」、野党第1党の「未来統合党」が「未来韓国党」という「衛星政党」をつくり、選挙管理委員会がこれを認めてしまったためである。選挙前から「衛星政党」の候補者たちは選挙後に本来の政党に入党する、と公言しており、まったく選挙制度改正の意味を失わせる行為であった。

 このため、左派「正義党」は今回、比例区で9.67%とほぼ10%近い議席を獲得したが、議席は6議席に終わった。与党「共に民主党」は比例区で33.35%しか獲得できなかったが、全体の60%、野党「未来統合党」も比例区で33.84%だが、計103議席を獲得した。

 4年前の総選挙時、「第3地帯」をつくった「国民の党」は、地方区では全羅道で23議席、首都圏で2議席を獲得し、比例区では安哲秀人気で13議席と計38議席を得た。

 しかし今回は、地方区で議席を得た全羅道を基盤とする議員たちを中心にした「民生党」と、安哲秀氏を中心に比例区だけに候補を立てた「国民の党」に分裂し、「民生党」が議席ゼロ、「国民の党」は比例区で3議席を得ただけだ。

 次期大統領選への立候補を目指す安哲秀氏は国会に基盤を築くことに失敗し、政治的な前途は暗くなった。金大中(キム・デジュン)政権で活躍した朴智元(パク・チウォン)元大統領秘書室長や鄭東泳(チョン・ドンヨン)元統一相など、全羅道を基盤にした「民生党」の重鎮議員たちも苦杯をなめた。

「東西」分裂で強まった地域対立

 今回の選挙で与党「共に民主党」はブルー、野党「未来統合党」はピンクを政党カラーとした。過去に進歩勢力を「アカ」攻撃してきた保守政党がピンクを政党カラーにするという皮肉な現象だった。

 選挙の結果を地図上に落とすと、韓国の東側はピンク、西側はブルーに見事に色分けされ、前回の総選挙でやや薄まった地域色は今回、元に戻ってしまった。

 与党「共に民主党」は、前回は「国民の党」に奪われた全羅道を完全に奪還した。光州市(7議席)と全羅南道(10議席)は全議席、全羅北道は10議席中9議席を獲得し、全羅道地域で28議席中27議席とほぼ議席を独占した。

 一方、野党「未来統合党」は大邱(12議席)中11議席、慶尚北道(13議席)のすべてと慶尚北道地域で25議席中24議席とほぼ独占した。

 また釜山(18議席)で15議席、蔚山(6議席)で5議席、慶尚南道(16議席)で12議席と計40議席中32議席を占めた。

釜山は文在寅大統領、盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の地元。与党が圧勝する中で、両大統領の出身地の慶尚南道では保守が議席を伸ばしたことは注目すべきだ。

 筆者は本サイトの『「新型コロナ禍」は韓国「4.15総選挙」をどう動かすか』(2020年4月5日)で、与党は首都圏では前回ほど圧勝できないが、全羅道でその取りこぼしをカバーし、慶尚南道地区でどれだけ議席を伸ばせるかが焦点、とした。

 しかし、全羅道で議席を伸ばすのは当たったが、首都圏は前回を上回る圧勝(82議席→103議席)で、逆に慶尚南道地域では伸び悩んだ。

投票率も1992年以来の高率66.2%

 韓国の中央選挙管理委員会は4月16日、今回の第21回総選挙の投票率が66.2%だったと発表した。

 この投票率は、総選挙では1992年の71.9%以来の高さだった。今回の選挙は、新型コロナ感染がまだ続いている中で行われただけに、投票率が低くなるのではとみられたが、結果的には前回の第20回総選挙の58.0%より8.2ポイントも高くなった。

 新型コロナ対策で、投票には身分証明書の他に「マスク」着用が求められ、熱を測り、使い捨ての手袋をして投票するなどの対応の中で行われた。

 新型コロナのためか、混雑が予想される投票日前に投票しようと事前投票が26.69%と、これまでの最高を記録した。

 開票作業では、一般投票の後で事前投票の票が開けられたが、接戦だった地域で与党候補が開票終盤で票を伸ばしたことをみると、事前投票では一般投票以上に与党側の支持者が多かったとみられた。

 地域的には蔚山市の68.6%が最高で、忠清南道62.4%が最低で、ソウル市も平均より高い68.1%を記録した。高い投票率も進歩勢力に有利に働いた要因の1つとみられた。

 欧米メディアは、韓国の総選挙は新型コロナ感染問題の中でも全国的な規模で選挙ができることを示したと評価し、韓国民もそうした評価を喜んでいる。

李洛淵前首相の課題

 李洛淵(イ・ナギョン)前首相はソウル鍾路選挙区で、野党「未来統合党」の黄教安代表に1万7000票以上の差を付け、約58%を獲得して勝利した。

 李洛淵前首相は、これまでの次期大統領候補の世論調査では一貫してトップを走っており、2位の黄教安代表に大差を付けて勝利したことで、与党の次期大統領候補として基盤を築いたといえる。

 文在寅政権の前半の首相として無難な政治手腕を発揮し、今回の選挙では李海瓚党代表とともに選挙対策委員長を務めた。与野党トップ対決の自身の選挙区を離れ、全国の与党候補の応援に回り、各候補を支援した。

 李洛淵氏はもともと、金大中大統領の勧めで『東亜日報』記者から政界入りし、現在の与党の主流を占める盧武鉉・文在寅大統領系列ではなく、党内基盤はそれほど強くない。

 世論調査では他の「潜龍」(次期大統領候を目指す政治家)を引き離してトップを走るが、党内基盤が弱いために、与党内の公認競争に勝利できるかどうかの「関門」がある。その意味では、この選挙戦での全国各地を回っての応援活動は、李洛淵支持勢力の拡大には大きく寄与した。

 李洛淵氏が与党の次期大統領候補に上がったのは、本人の能力もあるが、盧武鉉・文在寅系列の有力後継者とみられた安熙正(アン・ヒジョン)前忠清南道知事や曺国前法相などが次々にスキャンダルなどで失脚し、有力候補がいなくなったためでもある。

 今回の選挙では青瓦台(大統領府)の元メンバーが大挙立候補した。文在寅親衛隊が大挙与党入りし、残り2年となった文在寅大統領を支え、レームダック化を防ごうとの狙いがあるとみられる。

 結局、元首席秘書官4人、秘書官クラス13人、行政官13人の計30人が立候補し、4人の首席秘書官を含め19人が当選した。南北首脳会談の特使団のメンバーだった尹建永(ユン・ゴンヨン)元国政企画状況室長も、ソウルで当選した。

 李洛淵氏は強い党内基盤を持たない中で、与党内部で「李洛淵大勢論」をつくり出さなければならない。場合によっては、青瓦台直系勢力と対立する可能性もある。

 与党内では盧武鉉元大統領の側近で、今回、文在寅大統領の私邸のある慶尚南道梁山選挙区で当選した金斗官(キム・ドゥグァン)元慶尚南道知事などが、大統領選挑戦の意欲を見せている。

 また、朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長や、李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事なども与党の大統領候補レースに参加するのは確実だ。

 韓国民は大統領に強いリーダーシップを求める。李洛淵氏が大統領を目指すのであれば、与党での強いリーダーシップを求められる。文在寅大統領を支えることも重要だが、同時に「李洛淵カラー」を出さなくては大統領にはなれない。

 そういう意味で、今後予測される新型コロナ禍後の経済危機克服などで、大統領の言う通りに行動する指導者ではなく、国民は独自のリーダーシップを発揮することを求めるだろう。それが「文派」との対立を招きかねないという難題があるが、それも乗り越えなくてはならない課題だ。

保守はリーダー不在の危機  

 一方、保守勢力は有力な大統領候補が不在だ。

 世論調査で李洛淵前首相の次の第2位につけていた黄教安代表が、選挙惨敗の責任を取って辞任。保守勢力の大統領候補はいよいよ人材難に陥った。

 黄教安代表とコンビを組んだ羅卿瑗元院内代表も落選した。

 与党内で中道的志向があり、人気も高い呉世勲(オ・セフン)前ソウル市長はソウル広津乙選挙区で高旼廷(コ・ミンジョン)前青瓦台報道官(女性)に2700余票差で惜敗した。

 与党の公認候補から外され、無所属で大邱から立候補して当選した洪準杓(ホン・ジュンピョ)元「自由韓国党」代表は、守旧イメージが強いだけに大統領選挙を目指すとしても候補への道は容易ではない。

 ただし、保守勢力は今回の惨敗を通じて、党内の大きな対立の軸であった「親朴槿恵」と「反朴槿恵」という桎梏(しっこく)からようやく抜け出るチャンスを得たといえる。

 そもそも黄教安代表体制自体が、朴槿恵時代の残滓であった。朴槿恵大統領時代の最後の首相を務め、朴槿恵大統領が弾劾された後は大統領代行を務めた黄教安代表体制は、朴槿恵時代の延長といえる。

 文在寅政権のすべてを否定し、自身も丸坊主になり、保守勢力の「太極旗部隊」を動員して院外闘争を続ける手法が、今回の総選挙で有権者の拒否反応を生んだともいえる。

「文在寅政権は嫌だが、朴槿恵時代に帰るのはもっと嫌だ」

 という心理が、進歩勢力圧勝の大きな要因の1つだった。保守勢力は惨敗を通じて、「朴槿恵前大統領」をようやく過去のものとする機会を得たといえる。

 黄教安代表の辞任で、おそらく非常対策委員会のような臨時執行部をとりあえずスタートさせ、態勢を整備した後に代表など新体制をつくり、次期大統領候補選出の動きを本格化させていくしかない。

 今回の選挙では立候補を辞退し、応援演説で全国を回った劉承旼前議員は逆に、立候補をしなかったことがメリットになった。

 朴槿恵大統領を批判し離党、2017年の大統領選に「正しい政党」から立候補し4位に終わったが、今回の「未来統合党」で復党した。総選挙で立候補しなかったために、逆に保守のリーダーに浮上する可能性がある。「自由韓国党」を離党し、無所属だった元喜龍(ウォン・ヒリョン)済州道知事なども、ダークホース的な存在だ。

脱北者が国会議員に

 今回の総選挙では、脱北者候補2人が当選した。

 北朝鮮の元駐英公使を務めて韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)氏が、「太救民」(テ・グミン)と名前を変えて、ソウルの江南甲選挙区で「未来統合党」から立候補。58.45%を獲得し、相手候補に2万票弱の差をつけて当選した。

 改名してまで出馬した理由は「国会議員になって北朝鮮の民を救う」ためだという。2012年に脱北者の趙明哲(チョ・ミョンチョル)氏が「セヌリ党」から比例区で当選したことがあるが、太氏は、脱北者が選挙区から立候補して当選した初めてのケースとなる。

 ソウルの江南地区は富裕層が多く、保守勢力の金城湯池とされてきた地域で、今回の与党圧勝の中でも江南区や瑞草区は「未来統合党」が勝利した。「未来統合党」は、太永浩氏を戦略的候補と位置付け、当選可能性の高い江南甲選挙区に立て、太候補もそれに応えた形だ。

 また比例区でも、「未来統合党」の衛星政党である「未来韓国党」から立候補し、名簿登載順位12位の池成浩(チ・ソンホ)候補が当選した。

 池成浩氏は、少年時代に生活苦から石炭を盗みに行った時に列車にひかれて足と腕を切断。2006年に脱北し、松葉杖で逃避行を続け韓国入りした。2018年1月にドナルド・トランプ米大統領が一般教書演説をした際に、紹介されて注目を受けた人物だ。北朝鮮の「コッチェビ」(北朝鮮の経済危機で生まれた浮浪児)が、韓国で国会議員になったわけだ。

 北朝鮮側は、本稿執筆時点ではまだ反応を示していないが、激しく非難することは間違いない。

 また、与党「共に民主党」の衛星政党「共に市民党」の名簿登録7位に搭載された尹美香(ユン・ミヒャン)「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」前代表も、当選を果たした。

 この団体の前身は「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」で、尹美香氏はこの挺対協の事務局長や常任代表を務めた女性だ。

 文在寅政権では市民運動から国会議員に転出するケースは珍しくないが、尹美香氏は韓国の慰安婦問題の中心にいた筋金入りの活動家で、日本政府には頭の痛いことになるだろう。

 ただし、文在寅大統領の対日姿勢がさらに強硬になるのかどうかは、まだ今後の推移を見守る必要がある。文在寅大統領は3月1日の「3・1独立運動記念式典」で、

「日本は常に最も近い隣国だ」

 とし、新型コロナ問題を念頭に、

「共に危機を克服し、未来志向の協力関係へ努力していこう」

 と訴えた。しかし、日本政府はこの呼び掛けをまったく無視した。

 韓国が新型コロナ対応では効果を生んでいるのは事実であり、感染症問題で日韓が協力することは異論のないところだろう。安倍政権自身が新型コロナ対応に追われていることはあるにしろ、こうした問題での連携は重要だ。

 日韓関係では、元徴用工問題での差し押さえ資産の現金化が目前の問題になっている。もし現金化が行われれば、日韓関係がさらに悪化することは明白なだけに、新型コロナ問題で大変だが、日韓両政府とも早急に知恵を出すべきだ。

 ちなみに筆者は当面は韓国政府か、韓国政府が影響力を行使できる機関などが差し押さえ資産を買い取り、日本企業に差し押さえ資産を返した上で、日韓両政府間で対応を協議するのが現実的ではないかと考えている。

文政権は経済危機を乗り越えられるのか

 文在寅大統領は選挙後の4月16日、

「偉大な国民の選択に対し、重大な責任を全身で感じる」

 と語った。これは単なる修辞ではなく、本音だろう。

 与党がこれほどの圧勝をすれば、今後は「野党が足をひっぱったから」などと言い訳はできず、すべてに責任を負わなければならなくなったわけだ。

 新型コロナ対応は何とか効果的な手を打って、韓国は世界の中でも成功した国の1つに挙げられている。

 今回の総選挙での与党の歴史的勝利も、国民自身が欧米の新型コロナ被害の深刻さを連日の報道を通じて見る中で、韓国政府の対応を評価した結果だ。その一種の成功体験の興奮が、与党の圧勝を生み出した。

 しかし、「共に民主党」の小選挙区での得票率は49.9%、野党第1党の「未来統合党」の41.4%と8.5ポイントしか差はない。比例区では「開かれた民主党」と合わせても38.77%で、「未来韓国党」の33.84%との差は4.9ポイントだ。つまり、中道層の有権者の数%が予党から野党に転じただけで、勝敗は逆転する。

 文在寅政権の前には経済危機が立ち塞がっている。国際通貨基金(IMF)は4月14日、今年の世界の経済成長の見通しを発表したが、韓国マイナス1.2%、米国マイナス5.9%、日本はマイナス5.2%とした。IMFのこの数字は、4月~6月が底となるという見通しを根拠にしたもので、極めて楽観的なものだという意見が強い。

 韓国は内需の規模が小さく、経済構造が貿易など対外関係に大きく依存している。自国だけでなく、中国や米国の景気が良くならなければ韓国の景気回復はない。

 その意味で、今後深刻な経済危機が韓国を襲う可能性が高い。おそらく、1997年末からのアジア経済危機以来となる大きな危機が韓国を襲い、雇用などに深刻な影響が出るだろう。文在寅政権のこれまでのような場当たり的な雇用政策では持たない。

 文在寅大統領の任期は2022年5月までだ。

 大統領選挙は2022年春に行われるが、文在寅大統領にとってはとても長い2年間になりそうだ。この経済危機を乗り越えなくては進歩勢力の「5連勝」はない。一方の韓国の保守勢力も、本当の解党的な出直しをしなければ低落減少に歯止めがきかなくなるだろう。

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年4月21日掲載

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