TVキャスター一家全員発熱でも…ほんとうの感染者数がわからないNY現地ルポ

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 しばらくテレビに出ていなかったCNBCテレビのニュースキャスターが、久しぶりに顔を見せて言った。
「10日前、息子3人が次々に熱を出しました。ホームドクターに電話で相談すると、しばらく自宅で様子をみるようにと言われました。5日すると、今度は私が発熱しました。また電話すると、解熱剤を処方された後、『息子たちはどうしている?』と聞かれました。3人は熱が下がりました。1週間後、私の夫が発熱しました。ドクターの対応は変わらず、その頃には私も熱が下がっていました。果たして、私たち一家はコロナウイルスに感染したのでしょうか? PCR検査を受けさせてもらえないのでわかりません。私は悩みましたが万一を考えて、もう2週間仕事を控えて自宅で待機することにしましたが、不安でしかたがありません」

 この発言に、視聴者からの反響は大きかった。アメリカではNY州など感染爆発した地域では、ドライブスルーのPCR検査が実施される一方、中西部の都市では、感染者が1人も出ていないか極端に少ない地域があり、PCR検査はほとんど実施されていないのだ。その結果、自分が感染しているかどうか、感染していても無症状なのか、そして自然に治癒したのかどうかも判然とせず、実際の感染者数が把握できないのである。

 感染者数が把握できない背景には、もう1つ、さらに深刻な事態があった。
 目下、アメリカでは携帯電話のライン登録者のビッグデータを活用し、行政機関と連動させて、今後の感染拡大地域を予測したり、地域医療の調整に役立てようという試みが進んでいる。ライン登録者にとっても、日々の健康状況を入力するだけで健康管理ができ、病気の時には適切な対処法と医療施設を教えてくれることから、評判は上々だ。
 だが、これには落とし穴がある。携帯電話を使用せず、ライン登録もしていなければ、情報収集・提供の対象にならず、あたかも社会に参画していない「存在しない人」のようになる。その典型的な人々が高齢者である。

 アメリカでは「国家非常事態宣言」から1カ月以上が過ぎ、日々、感染者数が発表され続けているが、感染者数に加えられない高齢者の実態が、浮き彫りになっている。
 オクラホマでは老人ホームで集団感染が起き、一度に40人が亡くなった。フィラデルフィアでは長期療養施設で67人が亡くなった。バージニア州の退役軍人会には6000人の退役軍人が登録しているが、同会が運営する退役軍人用の老人ホームでは44人が亡くなった。ペンシルバニア州全体では、この1カ月間で、合計73の長期療養施設で暮らす入所者のうち、約61パーセントが亡くなった。だが、彼らはコロナウイルスの感染による死亡者であると認定されていないのだ。

 フィラデルフィア市の老人保健行政の責任者は、こう釈明する。
「入所者のプライバシーを保護し、尊厳を重んじる必要性から、死亡者の詳しい状況は公表されていません。高齢者施設で働く介護者は、マスクや消毒剤などが不足して感染リスクに晒され、人手が足りずに重労働を強いられています。高齢者施設は医療施設とは違いますので、死亡原因の特定も難しい。いわば孤立したコミュニティーなので、真の情報が出にくいのが実情です」

 アメリカの65歳以上の高齢者が全人口に占める割合は15.8パーセントで、世界第37位である。先日来、コロナウイルスが感染爆発したイタリアでも、高齢者施設で大量死が発生したことが報道されているが、イタリアの高齢化率は22.7パーセントで、世界第2位だ。世界でダントツ1位の日本は、高齢化率が27.58パーセントに達し、アメリカの負担とは比べるべくもない。それにも関わらず、アメリカでは高齢者がコロナウイルスによる死者数に加えられず、不審死と隣り合わせの悲惨な状況に置かれている。
 まるで「Wild Fire」(野火)のようだ。どこかで小さく生まれた炎が、いつのまにか燃えあがり、気が付いたときには全米各地に飛び火して、もう手の施しようもないほどの大火事になっている。

 幸いにも、日本では3月末まで高齢者の介護施設での感染情報は見かけなかった。
 実は、私の母も横浜の介護老人保険施設でお世話になっている。そこでは日常的に衛生管理が徹底され、来訪者の手指の消毒が実施されている。新型コロナウイルスが流行り出した2月中旬には、早い段階から家族など外部者との「面会禁止」が断行され、厳格な予防措置がとられてきた。
 だが、4月1日以降、福岡市と茨城県の介護老人保健施設で、相次いで感染が判明した。14日には、広島市の身障者のための社会福祉施設でも集団感染が起き、入所者、職員全員にPCR検査を実施しているという。今、弱い立場の人々が危険に晒され、医療スタッフや介護の専門家たちは精一杯ふんばってくれている。だがこの先、絶対に感染の大爆発が起こらないとは断言できないのだ。アメリカのように収拾のつかない事態にならないことを、切に願うばかりだ。

譚璐美(たんろみ)
作家。東京生まれ、慶應義塾大学卒業。現在はアメリカ在住。元慶應義塾大学訪問教授。日米中三カ国の国際関係論、日中近代史をテーマに執筆中。著書に『ザッツ・ア・グッド・クエッション! 日米中・笑う経済最前線』(日本経済新聞社)、『帝都東京を中国革命で歩く』(白水社)、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』、『戦争前夜 魯迅、蒋介石の愛した日本』(ともに新潮社)など多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月18日掲載

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