【コロナ禍】ミニシアターの危機 渋谷「ユーロスペース」支配人が心配な“ポスト・コロナ”

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映画館が不要な社会

 ところが今回は4月7日から5月8日までという長期の休館となる。新型コロナウイルスの感染拡大が、どれだけ未曾有の災害なのか、この1点だけでも明確だろう。

「我々は5月9日の土曜から上映を再開すると発表していますが、率直に申しまして、見通しは立っていません。現状では、5月の再開時に我々は安心してお客さまを迎えられるか、まったく不明です。直前まで悩み続けるかもしれません。更に、たとえ新型コロナが収束したとしても、果たしてお客さまは、これまで通り映画館を“社会的に安全な場所”と見なしてくれるのかという不安もあります」(同・北條支配人)

 不幸中の幸いは、ユーロスペースは自社施設であり、家賃が必要ない点だ。一方で銀行からの借入金はある。利子を含めて返済を続ける必要がある。

 なおかつ北條支配人は、自分以外の社員3人、非正規雇用10人の生活を守る義務も負っている。満足な運転資金はなく、将来のビジョンは極めて厳しい。

 そもそも全国にミニシアターはどれくらいあるのか、北條支配人は「なんだかんだで100館くらいはあると思います」と言う。

 その全てが経営的には厳しい局面を迎えている。それどころか「閉館する」と噂されているミニシアターもあるという。

 今後を考えると、北條支配人は「ミニシアターどころか、映画館が必要とされなくなる日が来るかもしれない」と考えることもあるそうだ。

「映画館と美術館、ライブハウスに舞台や演芸場が筆頭格だと思いますが、これまでは人の集まるところに文化が生まれていたわけです。ところが新型コロナの蔓延が収束した社会、つまり“ポスト・コロナ”の時代を想像すると、人が集まることを忌避し、その上で文化を生もうとするのかもしれません。そうなるとネットが中心的な役割を果たすのは間違いないでしょう。映画業界に当てはめれば、『映画は1人でネット配信で見るもの』が常識となった社会は、いつ現実のものになっても不思議ではないということです」

 ミニシアターは社会の変化を敏感に映し出す“鏡”だ。大手の映画会社が運営に関与しているシネコンでは担えない役割と言っていい。

 そうした“鏡”の経営を続けてきた北條支配人は取材中、常に悲観的な未来像を語り続けた。それが最も主張したいことだったのは言うまでもないが、インタビューの最後に、また別の本音も吐露した。

「かつて、大作映画が全国一斉ロードショーで上映される時代がありました。そのアンチテーゼとしてミニシアターは機能し、お客さまの支持を得てきました。メインの映画館はシネコンに変貌しましたが、ミニシアターに求められている社会的役割は変わっていません」

「ミニシアターに求められる社会的役割」とは、「お客さんと劇場が、共に“変革”に立ち会う」ことだと北條支配人は言う。

 大手の映画会社が多額の費用を投じて制作した映画は、ヒットが至上命題だ。そのため安全路線を選ぶことが少なくない。

 既にヒットしたテレビドラマやコミック、小説などを原作にすることで、その知名度を利用し、脚本も配役も演出も、興行で成功を収めた先行作品を意識する。誰もが受け入れられる口当たりの良い映画にすることで、いわゆる“大コケ”を防止するわけだ。

 だが、ミニシアターが上映する作品は、逆のことが多い。低予算だが、その分、脚本も演出も思い切っている。「安心して見られる映画」ではなく、従来の映画観を否定するような作品でも公開できる。

 そして観客だけでなく、映画館のスタッフも共に、「こんな映画、今まで見たことがないよね」と盛り上がり、感動する。映画のスタッフや出演者という作り手だけでなく、見る側も一緒になって“未知の傑作”を発信していく。それがミニシアターの社会的役割なのだ。

「どんな社会が到来しても、ミニシアターは変わらずに上映を続けているのかもしれないと思うこともあります。少なくとも、全世界の映画人は、きっと新型コロナを題材にした映画を撮るでしょう。そうした作品をユーロスペースが上映するまでは、我々は歯を食いしばって経営を続けていくつもりです。そう簡単に死ぬわけにはいきませんよ」(同・北條支配人)

週刊新潮WEB取材班

2020年4月18日掲載

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