中小企業・自営業「未曽有の危機」になぜ「財界リーダー」は行動しないのか

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 新型コロナウイルスが猛威を振るう世界において、各国政府の危機管理システムの優劣が浮き彫りになっている。

 日本の場合、東京五輪・パラリンピックの中止回避に拘泥するあまり、初動で大きく後れを取った安倍晋三政権の評価が芳しくないのは言うまでもない。

 それに加えて目に余るのは、緊急経済対策を声高に要求する以外は沈黙を続ける有力財界団体のリーダーたちだ。

 経済団体連合会(経団連)会長の中西宏明(74)や日本商工会議所会頭の三村明夫(79)、経済同友会代表幹事の櫻田謙悟(64)は、新型コロナ問題に関する政府の意見聴取や協力要請の相手として、度々メディアで報じられている。

 しかし、その際のコメントは、

「経済対策はスピードが大事」

「(マスクや人工呼吸器増産には)全面的に協力したい」

 といった“予定調和”的なフレーズの連続で、リーダーシップを発揮する他国のカリスマ経営者との落差は目を覆うばかりである。

「国難」に際して傍観者然としたスタンスを崩さないのであれば、燻り続ける「財界不要論」は一段と説得力を帯びてくる。

巨額寄付に乗り出した米IT長者

 4月7日、米「ツイッター」の共同創業者で最高経営責任者(CEO)のジャック・ドーシー(43)が、新型コロナ対策に個人資産から10億ドル(約1080億円)を寄付すると発表した。

 この日、ドーシーは、世界最大の感染国になった米国で人工呼吸器や防護服などが不足している一方、企業や個人が経済的な困難に直面していることを背景に、「(資金の)必要性がますます高まっている」とツイッターに投稿。具体的な資金計画として、ドーシーが共同創業者となっているもう1つのIT(情報技術)企業「スクエア」(米決済サービス大手)の保有株のうち、1938万株を新型コロナ救済基金として拠出することを明らかにした。

 対象となるスクエア株1938万株は、ドーシーの個人資産の約3割に達するとされ、資金拠出の対象先もグーグル・ドキュメントで逐次公開するとしている。

 さらに新型コロナの終息後には、女性の健康・教育向上やベーシックインカム(最低限所得保障)の研究などに残りの基金を充てる考えという。

 米国では新型コロナ関連で「フェイスブック」のマーク・ザッカーバーグ(35)が治療薬開発に3億ドル(約324億円)、「アマゾン・ドット・コム」のジェフ・ベゾス(56)がフードバンクに1億ドル(約108億円)といった具合に、IT企業の創業者が相次いで巨額の寄付を表明しているが、資産の3分の1近くを投じるケースはさすがに珍しい。

 米誌『フォーブス』恒例の世界長者番付2020年版によると、ドーシーの資産総額は26億ドル(約2800億円)で、世界ランキング804位。因みに、ザッカーバーグは547億ドル(約5兆9000億円)で7位、ベゾスは1130億ドル(約12兆2000億円)で3年連続の首位である。

孫正義は赤字見通しでもマスク提供

 日本のIT企業経営者では、「ソフトバンク(SB)グループ」会長兼社長の孫正義(62)が3月11日に、

「新型コロナウイルスに不安のある方々に、簡易PCR検査の機会を無償で提供したい」

 とツイートし、100万人分の簡易検査キットを提供する意向を示した。

 ところが直後から「検査拡大は医療崩壊を招く」といった批判が集中すると、約2時間後に「評判悪いから、やめようかなぁ」とトーンダウン。やがてうやむやになった。

 一方で、PCR検査よりマスクを配った方がいいとの返信に反応し、翌12日には「やりましょう。マスク100万枚寄付します。発注完了」と投稿。

 さらに、4月11日には、

「出来ました。世界最大マスクメーカーBYD社と提携し、SB用製造ライン設立」

 とツイッターに投稿。SBグループが、その2カ月前にマスク生産に乗り出し、世界最大のマスクメーカーに成長していた中国の電池・自動車メーカー「比亜迪」(BYD)から5月をメドに月間3億枚を買い上げ、主に国内医療機関に利益を上乗せせずに販売すると発表した。

 昨年来、SBグループは、シェアオフィス「ウィーワーク」を運営する米「ウィーカンパニー」への投資失敗などをきっかけにジリ貧の印象が強い。

 さらに新型コロナの影響で投資先の評価額が下がり、4月13日には2020年3月期の営業損益が1兆3500億円の巨額の赤字になるとの見通しを発表した。

 それでも東日本大震災時の100億円の義援金(一部で「節税対策」といった心ない批判も上がった)でも垣間見えたように、有事の際に「黙っていられない」との衝動が孫を突き動かしているようだ。

 先に紹介した世界長者番付において、資産総額166億ドル(約1兆8000億円)の孫は56位で、日本国内3位。国内1位(世界41位)は、カジュアル衣料品店「ユニクロ」を展開する「ファーストリテイリング」会長兼社長の柳井正(71)で、資産総額は197億ドル(2兆1300億円)だ。

 そのユニクロは今年2月下旬、宗教施設で集団感染が発生した韓国・大邱の児童養護施設に1万5000枚のマスクを寄贈。

 韓国内では、

「不買運動をしていたけれど、この支援に感動した」

「日本も大変なはずなのにありがとう」

 といった好意的な反応が広がった。

 ただ、柳井個人の動きは、まったくといっていいほど伝えられていない。

「どちらが経済界の代表者か」

 冒頭に紹介したように、主要経済団体の3人の首脳は、政府との窓口役としてメディアで言動が報じられているが、予定調和的なコメントばかりを量産してさっぱり存在感がない。

 たとえば、4月12日の『NHK』日曜討論「緊急事態宣言 必要な対策を問う」に出演した経団連会長の中西は、悪評高い政府の雇用支援対策について「大変ありがたい話」と絶賛。 

 共に出演していた連合会長の神津里季生(64)が、

「緊急融資などの手続きに慣れてない中小企業経営者が多いので、政府は配慮してほしい」

 と、新型コロナ対策担当相の西村康稔(57)に注文をつけていたのに対し、「どちらが経済界の代表者か分からない」(全国紙デスク)との批判が渦巻いている。

 ツイッター社のドーシーはじめ、ザッカーバーグやベゾス、それに孫といったIT企業創業者のようなパーフォマンスを中西らに求めても、、所詮は”サラリーマン経営者”。「個人資産の規模が違う」と一蹴されるに違いないが、それでもカネを遣わずに出来ることはある。

 スイスでは3月26日、新型コロナの中小企業支援策として即日融資するシステムがスタートした。50万スイスフラン(約5600万円)までは政府が100%保証し、銀行は無利子・無審査で融資を行う。簡単な書類に必要事項を書き込み、メールで銀行に送信すれば、原則数時間以内に融資金が企業側の口座に振り込まれる。

 融資を行う銀行には、「スイス国立銀行」(中央銀行)が資金を無制限で供給する。

 この仕組みを提案したのは、金融大手「クレディ・スイス」で、このアイデアに120の銀行が賛同し、官民一体で苦境にある中小企業支援制度を短時間で作り上げたという。

経団連の“老人クラブ”化

 クレディ・スイス並みの金融機関はもちろん日本にもある。

 だが、飲食業やイベント関連業界を中心に「未曾有の倒産発生」が予測される危機的状況にもかかわらず、スイスのようにリーダーシップを発揮する金融界のリーダーは日本には現れない。

 経団連会長の中西は3月9日の記者会見で、今年6月2日に就任する副会長のリストを公表。「みずほフィナンシャルグループ」(FG)会長の佐藤康博(68)と「三井住友FG」社長の太田純(62)が共に新任となり、非改選だった「三菱UFJ・FG」会長の平野信行(68)を加え、メガバンク首脳3人が揃って経団連副会長ポストに就くことになった。

 前例のない金融界偏重で「おきて破りの経団連人事」(4月7日付『日本経済新聞』)と報じられ話題を呼んだが、名前ばかりで機能しない面々を副会長として重用するなら、経団連の“老人クラブ”化を印象づけるだけの人事と言うほかない。

 コロナ対策で官民連携や民間企業の活用が進まない事例は他にもある。

 米国では3月22日、ドナルド・トランプ大統領(73)の「国防生産法」発動を受け、米食品医薬品局(FDA)が人工呼吸器製造に関する一部の規制を緩和。その結果、自動車メーカーの「ゼネラル・モーターズ」(GM)や「フォード」など異業種企業が、6月までに製品出荷にこぎ着けられる体制が出来上がった。

 日本では、「トヨタ自動車」が人工呼吸器メーカーへの支援を表明したが、製造参入ではなく、あくまで生産向上ノウハウの提供に留まっている。

「傍観者」を決め込むリーダー

 平時と有事の区別がつかず、相も変わらず規制緩和に後ろ向きの厚生労働省の姿勢が問われるのは言うまでもないが、トヨタ自動車社長の豊田章男(63)をはじめ財界有力者が、政府の方針に異を唱えることなく傍観者然としていることに、「日本の劣化」を感じ取る向きは少なくない。

 第1次石油ショック(1973年)の半年後に経団連会長に就任した土光敏夫は、未曾有の不況に苦しむ企業を訪ねて全国行脚すると共に、関係官庁の大臣や政権与党の自民党3役らを訪ね、進言と要望を繰り返した。

 当時、副総理兼経済企画庁長官だった福田赳夫が、

「1年間、私は土光さんに怒鳴られっ放しだった。ドコウさんではなく、ドゴウさんだ」

 と語っていたことはよく知られている。

 政財界に限らず、難局に際して「傍観者」を決め込むリーダーはあり得ない。

 3月初め、中国電子商取引(EC)最大手「アリババグループ」の創業者、馬雲(ジャック・マー=55)は、

「中国の医療物資が不足した時期に日本の皆様がマスクや防護服を幾度も寄付してくださいました」

 との感謝状と共に、100万枚のマスクを日本へ寄付した。

 このマスクは全国の都道府県の医療機関に配布され、段ボールに貼られた「青山一道、同担風雨(一緒に困難を乗り越えましょう)」という馬のメッセージが話題を呼んでいるという。

 ある地方経済団体の関係者は、

「経団連会長の名より、アリババ創業者の名の方が今では通りが良いかもしれない」

 と冗談交じりに話す。

 新型コロナ騒動の現状を見る限り、この国はリーダー不在で自滅の道を進んでいるように見えて仕方がない。(敬称略)

杜耕次

Foresight 2020年4月16日掲載

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