「再選最優先」トランプ「新型コロナ対策」の迷走は「安倍政権」の教訓となるか

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 3月30日の時点で、アメリカの新型コロナウイルス(新型コロナ)感染者数は、中国やイタリアを抜き世界最多の16万4000人を超え、死者も3170人以上となった。

 なかでもニューヨーク州では、感染者数6万7300人以上、死者965人以上に上り、ロックダウンという都市閉鎖措置の一歩手前の厳しい外出制限をとっているが、感染拡大は止まらない。

 すでに多くのメディアで、ドナルド・トランプ大統領が、新型コロナを過小評価したため、特に感染拡大防止に重要である検査キットの準備が大幅に遅れたことで現在の感染拡大を招いたことの過程について、政権の内部事情を含めた検証記事が書かれている。これまで同様、おそらく事態を懸念した内部告発者とメディアの取材が、トランプ政権内部の多くの問題を外部にリークしたと思われる。

 これらの記事はトランプ大統領を苛立たせ、さらなる混乱をもたらしている。

 しかしそれでも、世界に新型コロナ感染をもたらしながら、その初期対応や原因の究明がブラックボックスのままの中国と比べると、まだはるかに透明性があるとも言える。しかも、そうした厳しい批判ゆえに、トランプ大統領も新型コロナ対策に真剣に向き合わざるを得なくなっているのが現状だ。

ホワイトハウスの内幕

 3月29日の米政治ニュースサイト『ポリティコ』の検証記事「Inside the White House during ’15 Days to Slow the Spread’」(感染拡大阻止のための15日間の行動指針の間のホワイトハウスの内幕)によれば、1月21日に最初の米国人の新型コロナ感染者が確認され、数日後に、トランプ政権はタスクフォース(特別対策チーム)を立ち上げ、2月2日には、中国からの米国への渡航を全面的に制限した。

 この時点でも、政権内では、イタリアのように感染者数が急上昇するリスクを考え、より厳しい政策を取るべきだという意見があったようだが、そうはならなかった。

 2月26日、インド訪問から戻ったトランプ大統領は、突然、それまでのアレックス・アザー保健福祉長官に代えて、マイク・ペンス副大統領を感染対策チームのトップに指名し、米国の新型コロナ感染者はゼロになると宣言した。

 しかし3月になり、米国内の感染者が1000人を超え、WHO(世界保健機関)がパンデミック(感染爆発)であると宣言したことで、米国の株価が急落。こうした状況を受けてトランプ大統領は急遽スタッフをホワイトハウス執務室に集め、全米向けの演説の準備を行った。

 そして3月11日夜、楽観的な見通しを発言し続けてきたトランプ大統領が、大きな政策転換を示すテレビ演説をホワイトハウスから行った。英国と米国人を除く欧州からの外国人の入国を30日間禁止する措置を導入することと、中小企業への資金繰りへの支援だった。

 続けて3月13日に非常事態宣言を発令し、学生ローンの利息免除や石油の大規模購入などの対策と、アザー保健福祉長官に対し、規制・法律の面で柔軟な対応がとれるよう新たな権限を付与したと発表した。

 さらに3月16日、ついにトランプ政権は感染拡大阻止の15日間のキャンペーンを開始した。

 3月11日の演説の後、トランプ政権関係者は、英公立研究大学「インペリアル・カレッジ・ロンドン」の研究による、「今後、最も厳しい措置をとらなければ数百万人の死者が出る」というリポートを読んで戦慄した。ここに至り、トランプ大統領は、何もしなければ再選は遠のくと説得されたようだ。

 結果、トランプ大統領は、「15日間の行動指針」を策定し、10人超の集まりや外食を避けるよう全国民に呼びかけた。その直前に出していた「CDC」(米疾病予防管理センター)の指針よりも、5倍も厳しい基準だった。

大統領VS.民主党知事

 そして遅まきながら3月24日になり、ようやくホワイトハウスの関係者全員が同じ問題意識を共有し、感染対策に動くようになったと証言されている。

 その日、本来であれば、新型コロナ対策の重要な一手が成されるはずだった。

 ニューヨーク州では、急激な感染拡大によってすでに医療崩壊の瀬戸際にある状況だが、事態はさらに悪化するとみられていた。

 アンドリュー・クオモ・ニューヨーク州知事は、すでに早い時点で、重症患者への措置ができずみすみす命を奪うことになるとして、人工呼吸器、病床数、医療従事者への感染防護器具の深刻な不足を訴え、連邦政府に援助を要請していた。

 特に人工呼吸器の不足は致命的だ。ニューヨーク州は本稿執筆時点で9500人以上の新型コロナ入院患者を抱えており、重症患者を救うための人工呼吸器が足らず、1台を2人の患者で共用し、生き残れる可能性の高い患者に優先して使用するなど、重症患者の命を奪う切実な状況になっている。

 こうした惨状に対処すべくトランプ政権は、1950年の朝鮮戦争の際に発動した、緊急時に政府が産業界を直接的に統制できる権限を与えた「国防生産法」によって、人口呼吸器の増産加速を行うことを考え、その日の朝には「FEMA」(連邦緊急事態管理庁)が産業界に働きかける予定だった。ところがその夜のうちにFEMAは、必要なものは民間から調達できるとしてその姿勢を180度転換してしまった。

 これは州知事や政権内部の関係者を失望させ、批判がさらに強まった。

 さらに3月26日には、全米で史上最多数となる330万人が失業保険給付を申請したという衝撃的な数字が出された。しかも、この数字の中に、小規模自営業者や非正規雇用者は含まれていない。

 加えてその日は、新型コロナでの全米の死者が1000人を突破した。

 そして3月27日、紆余曲折の末にトランプ大統領はついに「国防生産法」による大統領権限を発動し、「GE」や「フィリップス」など人工呼吸器メーカーに増産加速を、自動車メーカー「GM」にも人工呼吸器の生産を命令した。100日以内に10万台の人工呼吸器を生産する見込みだという。

 トランプ大統領は、それまでクオモ知事の要請する3~4万台という人工呼吸器の数を過大に見積もっていると発言していたし、実際「FEMA」は、ニューヨーク州にはわずか4000台だけしか提供しなかった。

 しかしニューヨーク州だけでなく、ルイジアナ州やミシガン州など、全米に感染が急速に拡大する状況となり、もはや冷淡な態度をとってばかりはいられなくなった。

 新型コロナ発生以後、トランプ大統領は、クオモ知事だけではなく他の民主党の知事たちに厳しい態度をとってきた。事実、3月27日の記者会見では、連邦政府の対応の遅れを批判する民主党の西部ワシントン州ジェイ・インズリー知事、中西部ミシガン州グレッチェン・ウィットマー知事を名指しし、「何も分かっていない」「ギャアギャア鳴いている」と批判した。

 しかし、州内で感染者が急増している中、政府の検査態勢確立の遅れや医療物資支援の不足は知事と州民にとって死活的な問題だ。

 トランプ大統領のこうした批判の対象は民主党州知事なので、大統領選挙に向けての計算のようにも見える。実際、インズリー知事は一時期、民主党候補指名獲得争いに出馬していたし(すでに撤退)、ウィットマー知事は副大統領候補として取りざたされている。

 だが、勝敗のカギを握るミシガン州民を敵に回したくはないはずだ。

 要は、トランプ大統領は自らの楽観が招いた政権の準備の遅れを指摘されたことに苛立っているのだろう。それは、知事たちに何を求めるのかと聞かれた大統領が、「感謝の態度だ」と答えていることでもわかる。

日本も時間差で

 先に触れた『ポリィコ』の検証記事は3月30日の前で終わっており、残りは謎のままだと締めくくっている。

 その30日には、トランプ大統領が次なるプランを発表する予定とも言われていたが、取り立てて目立った発表はなかった。

 では、今後のトランプ政権の動きをどう考えればいいのだろうか。

 トランプ大統領は、自身の再選戦略として一刻も早く米国経済を回復させたいため、3月24日の会見では、4月12日の「イースター」(復活祭)までには米国の経済活動を再開させたいという方針を打ち出し、楽観姿勢を示していた。

 しかし、政権のタスクフォースのメンバーで、レーガン政権以来政府にアドバイスをしているアンソニー・ファウチ国立アレルギー感染症研究所長は、大統領の発言は「希望的観測」だとしてけん制をした。

 科学的根拠を重視して、大統領と異なる意見を示してきたファウチ氏は、反トランプの民主党支持者からは期待と尊敬を集め、親トランプの右翼メディアからは目の敵にされている。彼は、

「政府の対策の時間を設定するのは我々ではなく、ウイルスだ」

 という冷静な姿勢を貫いているからだ。

 実際、トランプ大統領の支持率は50%に迫り、危機管理への期待により過去最高になっている。しかも各種世論調査では、トランプ大統領個人より、「トランプ政権」への支持率が軒並み高い。これは、ファウチ氏の功績によるところが大きいはずだ。

 3月29日、トランプ大統領はそのファウチ氏とともに記者会見を行い、自身の楽観を修正し、今後米国は10~20万人の死者が出る可能性もあり、そうならないために、全国民に求めている現在の行動制限を4月30日まで続けると発表した。

 さらに、経済行動の4月12日までの制限緩和も、「致死率が2週間以内にピークを迎える可能性がある」として警戒を続けると発言し、選択肢ではなくなった。

 トランプ政権には問題も多く、批判されるべき点も多いが、現時点では、ホワイトハウス内での危機感の共有と、ファウチ氏などの専門家の科学的なアドバイスが生かされつつあることが希望だ。

 日本は、韓国やドイツのような大規模な検査を実施せずに、米国と同様、一部の専門家からは「ギャンブル」と評されるリスクのある新型コロナ対策を取ってきた。

 理論的には、日本も今後、時間差で、米国のような感染拡大の道を歩む可能性は十分に考えられる。

 事実、先週末からの首都圏・都内での感染者増は日々、最多数を記録している。ニューヨークのような爆発的感染を防ぐには、人々の行動自粛しか手段はない。

 日本も、紆余曲折はあったが、3月16日に「目覚めた」トランプ政権の苦闘から学び、楽観を諫め、すぐに集会および不要不急の外出を避ける行動をとらなくてはならない。

渡部恒雄
わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員。1963年生まれ。東北大学歯学部卒業後、歯科医師を経て米ニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996年より米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員、2003年3月より同上級研究員として、日本の政治と政策、日米関係、アジアの安全保障の研究に携わる。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所を経て2009年4月より東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員。2016年10月に笹川平和財団に転じ、2017年10月より現職。著書に『大国の暴走』(共著)、『「今のアメリカ」がわかる本』など。

Foresight 2020年3月31日掲載

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