「新型コロナ禍」が見せつけた「民主主義」の機能不全

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 B.C.とA.D.と言えば、紀元前、紀元後のことだ。だが、今や、Before Corona(コロナ前)、After Corona(コロナ後)と呼ぶべきほど時代が変わった。

 1 世紀に1度の感染症と呼ばれる「新型コロナウイルス」(新型コロナ)ショックである。地球が大きく軌道を変える歯車のきしむ音が聞こえてきそうだ。

「謝罪」がない中国

 何とも納得できない記者会見だった。

 3月27日、日本記者クラブで行われた孔鉉佑駐日中国大使の記者会見である。

 孔大使は、中国の新型コロナを機とした世界戦略を雄弁に語った。

 中国全土で企業が2カ月間にわたるマヒから立ち直りつつあり、中国経済のブレーキは短期的に終わると自信を持っていると強調し、「マスク支援」外交にはじまり、日中や日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)の地域協力によるワクチンの共同開発など様々な協力の可能性を語り、地球規模の公衆衛生ガバナンスづくりにまで言及した。

 感染症対策の先輩国、そして紛れもない超大国としてのリーダーシップ発揮の意向をみなぎらせたのだ。

 だが、納得できないのは、世界を麻痺させている新型コロナ問題発生の、責任者としての反省が感じられないのだ。世界に対する謝罪の言葉がまったくないのである。

「武漢が発生源とする説については専門家の間に定説はない。専門家以外の議論は全然意味がない」

 と言い切っているのだ。

 パンデミックには責任者探しの流言がつきものだ。

 100年前の第1次世界大戦中に猛威を振るい、世界で4000万人(一説には1億人)が死んだといわれるスペイン風邪では、

「ドイツのスパイがインフルエンザを持ち込んだ」

 との虚偽が米国で喧伝された。

 今回の新型コロナでは、武漢が感染の最初の震源となった。そして最初の感染者が発表された12月末から、習近平中国国家主席の“1月20日重要指示”までの「空白の20日間」で、初動が遅れたのは間違いない。

 初期に警鐘を鳴らした李文亮医師の口封じや処分など「隠蔽」の責任も問われている。

 こうした点について孔大使は、

「地方の対処には欠陥もあった」

 と認めたものの、隠蔽で世界の実態把握が遅れて準備が滞った、と中国の責任を語る米国に対しては、

「挑発的な議論は自らの責任を転嫁するもので、断固反対する」

 と反論した。

 申し訳ないというメッセージが皆無である中国の言い分は、国際社会の常識とは大分ずれている。中国の体制への批判をかわすためかもしれないが、加害責任はなく、被害者なのだという意識が出過ぎている。

空回りする「中国悪玉論」

 だが、米国以外で中国の責任を明確に問う声は聞こえてこない。

 3月25日の先進7カ国(G7)外相テレビ会議でも、ドイツなど欧州政府の反対で、米国が要求した「武漢ウイルス」との表現は共同声明に入らなかった。ある欧州外交官は、

「『武漢ウイルス』を使えば、レッドラインを越える。協調のメッセージにはならない」

と語った。

 イタリアやイランなどへの医療支援に始まり、ワクチンや特効薬の開発などに中国の協力は欠かせない。中国の経済力に期待する国も多い。中国とは喧嘩できない、という本音であろう。

 ドナルド・トランプ米大統領も「中国ウイルス」という呼び方を最近止めた。世界保健機関(WHO)は、感染症の通称について特定の国・地域名を使うと、その国・地域の人々に汚名を着せることになるとして、避けるよう呼び掛けていた。

 トランプ政権が狙った「中国悪玉論」は空回りしている。単なる名称問題ではあるものの、新型コロナをめぐる国際場裏での米中対立の初戦は、中国の勝利に終わった。

 孔大使は情報隠蔽や強権的手法に対する批判に、

「我々は我々のやり方を決して変えない」

 と言う。コロナ禍を乗り切ったという自信からか、中国は今強気に転じている。

 それはまた、米国をはじめとする民主主義陣営が新型コロナ対策で総崩れとなり、リーダーシップなど期待できないという空白を突いた地政学戦略でもある。

度が過ぎる「再選最優先」

 トランプ大統領を含むトランプ家の協力を得て書かれた伝記『The Trumps:Three Generations That Built an Empire』(Gwenda Blair著、未邦訳)によると、大統領の祖父のフレデリック・トランプは、スペイン風邪で死亡したという。

 祖父の運命を知らなかったのだろうか。そう言わざるを得ないほど、トランプ大統領は新型コロナを甘く見た。

 今や米国の感染者数は世界1だ。死者数も増え続け、世界最大のホットスポットになりつつある。

 トランプ大統領の楽観過ぎるメッセージはひどい。

「暖かくなる4月には、これは消える。すべてうまくいく」

 といった発言は、大流行を予測した米疾病管理予防センター(CDC)や米国立アレルギー・感染症研究所など専門家の見解を結果的に否定してしまい、準備を滞らせた。同研究所のアンソニー・ファウチ所長は、

「大統領から演説のマイクを奪えないのだ」

 とこぼしている。

 熱狂的な支持者に囲まれる時しか快感を得られないのか、クラスター感染発生の危険が高い選挙集会の中止に踏み切るのも遅かった。

 トランプ大統領は、新型コロナ問題は野党民主党が選挙目的で過大に取り上げた、と不満を示し、ワクチンが早急にできるといった不確かな情報で期待を煽ってきた。

 11月の再選選挙に向けて暗いニュースは否定したいのだろうが、甘い予測を繰り返している間に感染者が飛躍的に増えた。2兆ドルの大型対策などで真剣さを見せる一方で、4月12日の復活祭には経済を復活させたいと言い、

「市民生活が元に戻れば、感染者はさらに爆発的に増える。これ以上人を殺したいのか」

 と非難を浴びている。

 米メディアは、感染症に専念する米国家安全保障会議の幹部ポストを2018年に削減し、CDC予算も毎年15%程度の大幅減額を求めてきたなど、トランプ大統領の感染症オンチぶりを伝えている。

 もともと米国はパンデミックに弱い。

 国民皆保険ではないから、貧困層は高額の医療費を恐れて、体調不良でも医療施設を訪れない。有給休暇がない働き手も多く、収入カットを恐れて無理をして職場に行き、感染が拡大する。

 2009年の新型インフルエンザの流行では、こうした事情から500万人もが余分に感染したという報道もある。

 超大国米国のトップがしっかりしていれば、違った展開もありえた。米大統領が国際協調での万全の対策を約束し、希望を与えるメッセージを世界に向けて出すだけでも、心理的に違ったのではないか。

 スペイン風邪の時は、当時のウッドロー・ウィルソン米大統領が第1次世界大戦の勝利を優先して対策に力を入れなかったため、衛生状態が悪い兵舎で感染が広がった。感染症対策より、「正義の勝利」が大事だったという。

 トランプ大統領の場合は、「再選最優先」の度が過ぎる。この大統領の存在は、世界にとって悲劇である。

豊かな民主主義の医療崩壊

 米国だけはでない。イタリア、スペイン、フランス、そして英国と民主主義陣営で感染が驚くべき勢いで広がった。

 それにしてもなぜ、豊かで医療水準も高い民主主義国で医療崩壊が起きるのか。

 民主主義ゆえに政策決定に時間がかかるという問題だけではない。

 米国や韓国、フランスのように選挙を抱える国の指導者は、経済打撃をもたらす都市封鎖が選挙に有利になるかを大きな要素として考え、対応が遅れる。

 また分極化が進んでいるから、国がまとまらない。米国の場合、トランプ大統領の提案であれば共和党は何でも支持し、同じ提案でも民主党が出せば反対するという不幸な状況が生まれている。この党派対立は、約20年前の9・11テロや約10年前のリーマンショックの時にはなかった壁だ。

 政治への国民の信頼喪失も大きい。政府が痛みを伴う都市封鎖などを呼び掛けても従わない国民が多数いる。

 そして米中の地政学的な対立が、感染症というグローバルな危機への対応を難しくしている。

「リーダーシップ」の逆転

 リーマンショックでは、中国の超大型の刺激策をはじめ米中2大国の政策調整が働き、回復が早かった。当時のヘンリー・ポールソン米財務長官と王岐山中国副首相の、危機終結に向けた連携は、G2時代の本格到来を思わせた。

 9・11の時は、ジョージ・W・ブッシュとウラジーミル・プーチンの米露両大統領が、イスラム過激テロ対策で一致した。

 今回も口では、

「中国とは緊密に協力したい」(トランプ大統領)

「団結してこの危機に当たる」(習近平主席)

 と言いながら、米中は対立する。地球のすべての国がおののくパンデミックにもかかわらず、2大国が対立するのを見ると、恐怖は深まらざるを得ない。

 さて、A.C.(コロナ後の時代)は、結局強権的な国がさらに力を持つような予感がする。

 国内政治で言えば、中国が封じ込めに成功したとすれば、監視社会の成果であろう。シンガポールや台湾の「非人権的」な徹底した検査も功を奏した。こうした成功例を見れば、民主主義国でも監視システムへの抵抗感は緩んでいくのではないか。

 またどの国でも、巨大な経済対策や国民保険制度の充実が叫ばれている。米国的な自己責任精神は後退し、民主社会主義的な大きな政府が受け入れられる。政府が面倒を見る仕組みは、いったん始まれば元には戻らない。それは政府が強権を持つことも意味する。

 国際秩序でも、民主主義陣営は感染症からの自国防衛で手いっぱいで、他国の面倒を見るようなグローバリズムに力を向けられない。

 東日本大震災の時に、米国がトモダチ作戦を率いて日本を助けたような事態は期待できない。むしろ中国のイタリアやスペイン、イランに対する医療支援が目立つ。

 政治リスク専門コンサルティング会社「ユーラシア・グループ」社長で政治学者のイアン・ブレマーは、2004年のインドネシア津波の時は、米国の指導力の下で日本など民主主義国家が支援に駆け付け、中国はこの地域の大国でありながらほとんど何もせずに批判された。だが今回は、米国や民主主義陣営は自分のことで精いっぱいで中国の方がはるかに助けに回っている、と指摘している。

 新型コロナ禍は、本来中国に大きな責任があるのに、国際的なリーダーシップの確立という点では立場が逆転したのだ。

やはり「トランプ再選」という流れか

 新型コロナ禍は、米大統領選が予定通りに実施されたとしてどんな影響をもたらすのか。

 様々な不手際にもかかわらず、大統領の支持率はコロナ対策も含めて上昇している。

 3月末の「ギャラップ調査」では、支持率は49%で、前回から5ポイントも上がった。新型コロナ対応に至っては、6割が支持している。

 9・11の直後にジョージ・W・ブッシュ大統領が9割の支持を集めたのと同じ、危機の際に国民が大統領を支える傾向が表れている。

 一方、民主党大統領候補の最有力ジョー・バイデン前副大統領は、トランプ大統領を批判するだけで、効果的なメッセージを出せていない。このバイデン候補の金縛り状態は、致命的なミスだろう。

 トランプ大統領の、

「私は新型コロナ問題に責任がない」

 といった弁解や、混乱する対策に辟易としている国民も多い。バイデン候補率いる民主党政権の方が、はるかに安定した対策を打ち出すと予想できるのだが、その当の本人が危機に弱い。

 民主主義の機能不全が新型コロナ禍でも明らかになり、強権国家の利点がまた1つ明らかになった。

 その流れからすれば、自由民主主義やグローバリズムを大事にするバイデン候補ではなく、強権的手法で一国主義を徹底するトランプ大統領が笑う可能性はかなりある。

「戦い」に勝利はしても

 人の移動を止める国境封鎖、サプライチェーンの寸断、そして保護主義的な経済対策で明らかなように、「自国第一主義」が新型コロナ禍で世界標準となった。

 あちこちで壁ができ、「前近代の時代」に逆戻りしている。

 その中で、強権国家が世界の運転席に座ろうとしている。

 特効薬やワクチンの開発で新型コロナの脅威が急減したとしても、すぐさま経済のV字回復や人の自由な移動の復活、そしてグローバルな国際協調に戻るとは思えない。

 スペイン風邪が吹き荒れる中、ウィルソン米大統領は、パリ講和会議に出向いて戦後の欧州秩序づくりの交渉に当たっていた最中、スペイン風邪に感染して病に伏した。回復した時には体力と気力を失い、フランスを中心とする欧州の守旧派・懲独派の要求に譲歩して、リベラルな和平案は全面的に後退した。

 今、世界で起きているのは、民主主義国が強権国家になす術もなく譲歩する姿だ。

 中世のペストもそうだしスペイン風邪もそうだが、人類は新型コロナとの戦いにも勝つだろう。だが、この戦いの末に出現する世界の実相は寒々としている。

杉田弘毅
共同通信社特別編集委員。1957年生まれ。一橋大学法学部を卒業後、共同通信社に入社。テヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、編集委員室長、論説委員長などを経て現職。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、東京-北京フォーラム実行委員、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師なども務める。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)など。

Foresight 2020年3月31日掲載

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