「やすらぎの刻~道」がついに最終回! 完結記念「心にしみる名セリフ集」

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 3月27日、ドラマ「やすらぎの刻~道」(テレビ朝日)がついに最終回を迎える。丸1年という放送期間は、NHKの大河ドラマを除けば極めて異例。同番組のHPによれば、

「総出演者は402名(「やすらぎ」パート 172名、「道」パート・昭和編159名、「道」パート・平成編71名)、エキストラ総数1235名、弁当発注個数1万3943個という、前代未聞の域に到達」。

 そして、この壮大な物語を描いた倉本聰氏の原稿総枚数は倉本作品史上最多の5500枚に及んだという。

 そこで完結を記念して、この作品と、前作にあたる「やすらぎの郷」の名セリフの数々をご紹介してみよう。選者は倉本氏の愛弟子を自認する碓井広義・上智大学文学部新聞学科教授。碓井氏は、最近、倉本氏の全ドラマから名セリフを抜粋した名言集『倉本聰の言葉 ドラマの中の名言』を上梓したばかり。倉本ドラマのシナリオはほとんどが書籍化されているが、その数50冊以上。ここに「やすらぎの刻~道」全248話の台本が加わるという気が遠くなるような分量から選ばれたセリフの数々は、確かに倉本作品を代表するといってよいだろう。倉本作品ならではの名言を味わっていただきたい(以下、引用はすべて同書より。セリフのあとの名前は役名、( )内は俳優名)。

忘れなさい。忘れて女はね、――女になってくのよ

「女優を口説くには理屈より色気よ」
~「やすらぎの郷」井深涼子(野際陽子)

「スターは人から見られる商売。役者は人を観察するのが仕事さ。見られることを過剰に意識して、かくれようかくれようとしているのがスター。或いはタレントといわれる連中。逆に人間がどういうものか、常に観察しているのが役者さ。役者の命はマンウォッチングだからね」
~「やすらぎの郷」菊村栄(石坂浩二)

「オレはそんなにやさしくなンかないよ。やさしく見えたなら、それはオレがずるいからだよ」
~「やすらぎの郷」菊村栄(石坂浩二)

「そうよ。忘れなさい。忘れるのが一番。忘れて女はね、――女になってくのよ」
~「やすらぎの郷」白川冴子(浅丘ルリ子)

「男にとっては誕生日にすぎないもンが、女性にとってはお誕生日なンです。この二つはどうも、厳然とちがうらしいン」
~「やすらぎの刻~道」水沼六郎(橋爪功)

「だけど女房なら、若い頃より、――死ぬ間際の老けた女房にオレは逢いてえ」
~「やすらぎの郷」岩倉正臣(山本圭)

「お前、牛肉を喰ったことないのか。あれは誰かが殺してるンだ。殺すもんの痛みを考えたことあるか。これから考えろ。どんな小さな命でも、命をうばうちゅうのは心の痛むもンじゃ。だから生き物を殺すときには、感謝でも謝罪でもいゝ、神様に祈れ。そういう時の為に、神様はいるンじゃ」
~「やすらぎの刻~道」根来鉄兵(藤竜也)

自分も程なく老いて朽ちる。その朽ち方を最近沁々と、一人考えることが多くなった

「死は誰の上にもね、平等に来るよ。俺にも、こゝにいる誰の上にもね。死を恐れるなって、――悟った人は云うけど――、そうはいかないよな。恐いよな。何がどうなるのか、誰も知らないンだもンな。みんな恐いンだ。当り前だ。お前は笑いでごまかそうとしてるけど、――そんな必要ない。遠慮なく恐がれよ。恐がって震えろよ。震えた方が、カッコ良いぜ」
~「やすらぎの刻~道」菊村栄(石坂浩二)

「自分も程なく老いて朽ちる。その朽ち方を最近沁々と、一人考えることが多くなった。周囲の人に迷惑をかけ、厄介者となって死ぬのはイヤだ。そんな時思い出す一本の樹があった。それはいつだったか北海道で見た、一本の桂の巨木だった。それは原生林の奥にあって、樹齢凡そ400年。朽ちかけ、しかし凛と立っていた。あの樹のように、私は死にたい。誰からも悲しまれず、誰からも忘れられて」
~「やすらぎの刻~道」菊村栄(石坂浩二)

 いかがだろう。セリフの羅列に過ぎないはずが、作品世界に引き込まれてしまう倉本の筆力に圧倒されないだろうか。

 もう一度ドラマを見返して、自分の脳内で繰り広げられたセリフの場面が実際にはどうだったのか――確かめたくなるはずだ。

デイリー新潮編集部

2020年3月27日掲載

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