今年の防衛大学校卒業生で自衛隊を去るのは35名、彼らを「任官拒否」と呼ぶ違和感

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四面楚歌の中に置かれた自衛隊・防大の苦難

 敗戦後、朝鮮戦争のドサクサの中、米国の都合で俄かに編成された警察予備隊(後の自衛隊)は四面楚歌だった。帝国陸海軍の再興を恐れる米国やソ連のみならず、国内にも自衛隊を旧軍の悪しき後裔(こうえい)と見做す空気があり、自衛隊に対する風当たりは厳しく冷たかった。作家・大江健三郎氏の「防大生は若い世代の恥辱」という言葉は、端的にそのあたりの世論を表しているのだろう。

 憲法に明記されない自衛隊と同様に、防大も「根無し草」だ。諸外国の士官学校には、歴史と伝統、そして紛れもない存在の根拠がある。一方で防大には、「天皇の軍隊の将校養成機関」だった戦前の陸軍士官学校や海軍兵学校とは違い、国民の合意・理解を得た明確な目標がなく、その目指すもの――価値観や理念など――は曖昧模糊としている。

 筆者が防大生のころ、列国の士官学校の学生が来校して交流するたびに、「俺たちとは何か違うなあ」と感じたものだ。その違いは、自衛隊・防大の出自に由来していることは確かだ。建学以来、根本的な位置付けもないままに放置された防大の学生たちは、今も私と同じような違和感を抱いていることだろう。

 政府(防衛省)やメディアが「任官拒否者」を責めるのであれば、防大を含む自衛隊の存在を明記しない憲法を70年以上も放置した自民党政権や、世論に多大な影響を及ぼすメディア自身には責任がないというのだろうか。いずれにせよ、長きにわたって、防大卒業生が胸を張って自衛官に任官する環境・雰囲気を整備・醸成しなかったのは事実である。そのことを棚に上げて、二十歳そこそこの若者だけを責めることができるのか。

「任官拒否者」の矜持と活躍

 筆者の知る限り、防大卒業時に制服を脱いだ者は、国家や国防についての意識も高く、「制服を脱いだ“私服(シビル)”として民間企業に勤務している」という矜持を固く持っている。

 また、防大卒業生の中には、“任官後に途中で退官する者”もいる。「任官拒否者」という言葉に倣うなら、「“中途”任官拒否者」とでも呼ぶべきだろうか。中谷元・元防衛大臣、佐藤正久・元外務副大臣、村井嘉浩・宮城県知事、宇宙飛行士の油井亀美也氏などがその代表だ。彼らを見ればお分かりのように、みな防大卒の矜持を胸に活動している。

 メディア界でも、「任官拒否者」は主要紙の編集委員などとして、国際情勢(軍事・戦略分野)や国防・自衛隊問題を報道するうえで大いに活躍しているではないか。

 1954年に採択された「ジャーナリストの義務に関するボルドー宣言」では、ジャーナリストが守るべき義務として、「真実の尊重、論評の自由、正確性、情報源の秘匿、盗用・中傷・名誉毀損・報道に関する金銭の授受の排除」を挙げている。「任官拒否者」という言葉は、有為の若者を「中傷」し、その「名誉を毀損」するものであり、報道倫理に違反しているのでは、という疑問が湧く。差別用語などには格別敏感なはずのメディア各社は、人生の門出を迎える若者に、もう少し配慮をしても良いのではないか。

第64期の防大卒業生にエールを送ろう

 今回の卒業式は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、家族や来賓を招待せずに開催された。卒業生は、自衛官に任官する者も、一般社会へ転進する者も、様々な思いで小原台(防大の所在地)を後にするだろう。任官しない者も、防大卒業生の誇りを胸に「自衛官ではできない分野で、世のため人のために尽くそう」という矜持を持っているはずだ。OBを始め、防大生の気質をよく理解している人たちは、そのことをよく知っている。小原台で同期の桜として苦楽を共にした仲間は、今後も同期生と手を携えて、それぞれの仕事を通じて国家に貢献することだろう。

 メディア各社にお願いしたい。どうか、令和最初の卒業生となる第64期生の門出に際しては、「任官拒否者」という棘のある言葉ではなく、彼らの壮途を祝福するネーミングを工夫していただけないだろうか。

 第64期生、卒業おめでとう! 諸君の将来は「風荒み 乱れ雲飛び ゆくてに 波さかまくも(防大校歌の一節)」、それを雄々しく乗り越え、意義ある人生を切り拓いていただきたい。

福山隆(ふくやま・たかし)
元陸上自衛官。元ハーバード大学アジアセンター上級客員研究員。1947年、長崎県生まれ。70年、防衛大学校(14期・応用化学科)卒業。95年の地下鉄サリン事件では、第32普通科連隊長として除染部隊の指揮を執る。2005年、陸将で退官。近著に『軍事的視点で読み解く米中経済戦争』(ワニブックスPLUS新書)、『米中は朝鮮半島で激突する――日本はこの国難にどう対処すべきか』(ビジネス社)など

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月22日掲載

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