ついに米国「入国禁止」欧州でも広がる「新型コロナ」猛威と対策

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 新型コロナウイルスの感染者と犠牲者が急速にヨーロッパで増えている。ドナルド・トランプ米大統領は11日、英国を除く欧州に過去14日間滞在した外国人の入国を禁止した。

 本稿執筆時、筆者はパリに滞在中だが、新型コロナへの危機感はヨーロッパでは日に日に高まっている。ニュースの大半はこのテーマだ。

 筆者は3月初めにはロンドンにいたが、観光客の足が遠ざかったホテルは値崩れしている。メイフェアやサウス・ケンジントン付近の高級街のホテルは、3分の2から半額だ。

 しかし、アジア人に対する扱いは特別だ。

 筆者の部屋は1つだけ片側にある部屋だったし、レストランでは一番奥の席で、となりは日本人のカップルだった。

 タクシー運転手との会話の常套句だが、「どこから来たのか。日本、韓国、中国?」というようなやり取りも、心なしか意図的に聞こえる。中国についで感染者の多い国はアジアでは韓国、日本だ。

 パリでもアジア人は珍しくないのだが、見てそれと分かる観光客風のアジア人、中国人はごく稀になった。

 筆者もその伝記を書いている第2次世界大戦のナチスからのフランス解放の英雄シャルル・ド・ゴールの映画が丁度封切られたので観に入った映画館は、1割程度の入りだ。チケット売り場で、年齢や割引の利く証明書を求められたが、そんな一般的な質問にも自分がアジア人であることを意識させる。

 よい席だと勧められた座席に座ったが、ど真ん中だが、後列部分第1列で、大体の観客は真ん中の通路をはさんだ前列部分の席だった。後列には筆者以外には少し離れた席に高齢者が座っただけ。感染死者の大部分が70歳以上の高齢者と言われているので、政府は介護施設などの高齢者の居住先の訪問を控えるように通達したところだった。

 こまめな手洗いを奨励する立場から、握手も控えるように言われているので、仕事で会見した研究者も、

「悪いが、今日は手は触れないことにしよう」

 と最初に断ってきた。アンゲラ・メルケル独首相が差し伸べた右手を、自身は右手で応じず左手でやんわり制した内務大臣に対し、同首相が苦笑いを浮かべる様子がもっともらしくテレビニュースで流れる。

 新しい挨拶は、お互いに肘や拳を交差させるやり方だ。片足を出し合い、足首を触れ合わせる中国人の仕草も、愛嬌あるやり方として紹介される。 

 ところが3月第1週目の後半ぐらいから雲行きが少し変わってきた。新型コロナは中国・東アジアだけの問題ではなくなってきた。イタリアやフランスに急速に感染が広がり始めたのである。マスクはとっくに店頭から消えた。病院から医師や看護士用のマスクが大量に盗まれた事件も話題になった。先週来急速に感染者と死者が増えるにいたって、深刻感は一気に増幅した。

イタリア「世界2番目」の感染国に

 イタリアはヨーロッパで最も感染者と犠牲者が多く、3月11日時点で感染者は1万人を超え、死者は631人。ともに世界で中国につぐ2番目に多い国になった。

 中国を訪問したイタリア人観光客が感染源だと言われている。

 テレビニュースでは、観光客のメッカの1つであるミラノ大聖堂(ドゥオーモ)周辺の閑散とした映像が流されている。

 実際、北イタリアを中心に新型コロナの感染速度はこのところ急上昇だ。

 8日には、北イタリア・ロンバルディア地域(イタリア最大の経済都市ミラノを含む)を中心にモデナ、エミリア=ロマーニャ、ヴェネチア、パルマ、ピエモンテなどの14州県の住人1500万人の移動がそれぞれの域内に限定され、地域への出入りも厳しく制約された。事実上の隔離状態である。人口の4分の1に及び、当面4月3日までが期限だ。移動は、規定による証明を伴った仕事と健康上の理由による緊急事態に応じた者だけが認められる。

 高熱の症状があり感染の疑いがある人は自宅から出ないこと、社会との接触を最小限に制限することが厳命された。

 感染者は自宅待機させ、仕事の上での移動を避けるために公共・民間企業は休暇を従業員に奨励することなどが要請されている。

 スポーツ関係の行事や競技はすべて中止、オリンピックないし全国レベル・国際大会への参加予定プロ選手の競技と練習は認められるが、すべてのスポーツ選手、コーチ、指導者と関係者は、当局の管理下に置かれる。

 また、すべての文化・宗教集会、祭典も中止された。

 さらに小中高校と大学、コンクール・コンテスト、美術館、文化施設、プール、スポーツ会場、映画、劇場、ダンススクール、遊技場、カジノ、ライブハウス、スキー場なども新しい通達があるまで閉鎖しなければならない。

 バーやレストランの開業は6時から18時まで認められるが、座席の間隔は少なくとも1メートルとらねばならない。

 商業センターや百貨店は、祭日やその前日には閉鎖しなければならない。

 宗教施設は開館してよいが、宗教行事は禁止となった。年間600万人が訪れるバチカンの美術館も閉鎖だ。

 感染者、死者ともに、3月8日と9日の2日間だけで50%も増加した。

 10日にはついに北部だけでなく全国に上記同様の内容のデクレ(政令、時限立法) が出されている。

フランスも世界5番目

 フランスでも事態は深刻だ。

 感染者の数では中国、イタリア、イラン、韓国についで世界で5番目に多い。ヨーロッパではイタリアにつぐ。

 3月11日時点では、感染者1784人、とくに3月に入って急増していることは、政府や国民の不安を増幅させている。2月末には60人程度だったが3月に入って急上昇、1週間で1000人以上増えた。

 さらに3月3日に4人だった死者も11日には33人にのぼった。報道では犠牲者の急速な拡大を伝えるとともに、急激な拡大後に先細りの時期が来ている中国の例をグラフで示す視聴者への配慮もうかがえる。

 オワーズ県(パリ北方)とオーラン県(アルザス地方県)では、9日から託児所・小中高校を休校とした。期間は15日間に及ぶ。またスポーツ・文化施設の閉鎖も決めた。ナポレオンの出身地として知られるコルシカ島のアジャクシオでも、同様の休校措置がとられている。

 感染者の中に国会議員が5人含まれており、閣僚でもフランク・リステール文化大臣が含まれている。本人は気丈夫に元気なことをアピールしているが、急速な感染者拡大が政府にまで及んだ衝撃は大きい。

 2月16日に就任したばかりだったオリヴィエ・ヴェラン連帯・保健(厚生)大臣が3月8日に緊急会見を開き、

「1000人以上の集会は今後禁止する」

「まだ危機第2段階(第3段階は拡大期で諸機関が閉鎖になる)だが、最優先課題は、国土にウイルスが拡散するのを遅らせるためにはなんでもすることだ」

 と言明した。同時に、インターネットによる診断条件を緩和するデクレを発令することも明らかにした。

 政府は危機感を強調したが、同時にまだ第3段階には踏み切っていないとも言明した。警戒態勢を強化すると同時に、混乱は避けたいという意図が見える。

 政府はこの数日だけで2回も大統領が出席する緊急会議を開催した。

 学校の休校で、学習の遅れや親の対応が日本と同様に心配されている。当面はバカンスのようだが、このままでよいわけはない。次の対応が準備されねばならない。

 ドイツでも感染者数が1000人を超え、死者も2人出ている。

 キプロスでも感染者が出たので、EU(欧州連合)全加盟国で感染者が出たことになる。欧州全体での感染者数はすでに2万2000人を超え、死者は930人と1000人に迫っている。

 中国では感染者数は8万人以上と言われるが、この1週間ほど感染者数の伸びは安定してきた。すでに7割が治癒したという報道も流れている。

 3月10日には、習近平国家主席が感染発生地・湖北省武漢市を初めて視察したという。感染拡大リスクをコントロールできた、とのアピールであろう。

 ヨーロッパは、まだその段階に入っていない。感染者数はまだまだ増えると見込まれている。

 ワクチンの見通しは立っていないが、開発されたとしても元の状態に戻るにはまだ時間がかかる。中には、原状回復には1年以上かかるという見方もある。経済分野での被害も議論され始めた。世界的な「コロナ恐慌」の兆候は株式市場、為替などにすでにあらわれている。

 市民生活、経済状況とも、ヨーロッパは深刻なステージに突入した。

渡邊啓貴
帝京大学法学部教授。東京外国語大学名誉教授。1954年生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程・パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校・ボルドー政治学院客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員教授、外交専門誌『外交』・仏語誌『Cahiers du Japon』編集委員長、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。最新刊に『アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年』(中公新書)がある。

Foresight 2020年3月13日掲載

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