男の嫉妬渦巻くドラマ「知らなくていいコト」が今期マイベストに急浮上

  • ブックマーク

Advertisement

 やる気と勢いとエネルギーに満ちた週刊誌編集部、その週刊誌を電車内の乗客が皆読んでいる描写に「いつの時代の話だよ」とツッコミ。念のため週刊誌記者に聞いてみたが、「現実はもっとしみったれてます」とのこと。男気あふれる編集長役の佐々木蔵之介がカッコよすぎる件も「あんな編集長がいたらもっと頑張れるだろうな……」と遠い目をしていた。「知らなくていいコト」の話である。

 主役は「女のお仕事モノ」定番女優の吉高由里子。男所帯でも実力が認められている敏腕記者という役どころ。ネタ元豊富、突破力と取材力と度胸と根性、そして読者の心に訴える文章力、すべて揃った才女だ。翻訳家の母(秋吉久美子)の急逝を機に、自分の父親が殺人犯であったと知り、人生が思わぬ方向へ、という物語。

「父親はキアヌ・リーブス」っつう突拍子もないホラに始まり、優しくて頼りになる元カレ(イケメン役に戸惑いを覚える柄本佑)、恋も仕事も順調に……私が苦手な部類のドラマかなと思いきや。じわじわとテーマが見えてきて、中盤からぐっと惹きつけられている。

 これ、「男の嫉妬は質(たち)が悪い」ってやつか。そして「デキる女(と悪い女)は罰せられなければいけない」の流れだね。そうそう、こういうの欲しかったんだよ。今期民放ゴールデン帯ドラマの中でマイベストに浮上。

 そもそも初回からザワつかせたのが、吉高と付き合っていた後輩記者の重岡大毅。歯の数が40本以上ありそうな笑顔と包み込む優しさをもつ素敵な彼氏と思いきや。吉高が殺人犯の娘と知って、間髪入れずに婚約破棄。吉高の懇願も聞かず、その言動はケツの穴の小ささ全開、狭量と不寛容と差別感情丸出し。キングオブクズへと変貌していく。

 散々な書きようだが、じゃあ自分が同じ立場だったらどうするか。はたして、彼の決断や言動を卑怯と罵れるか?「気持ちはわかる」と1ミリも思わないほど、自分は立派で寛容か?

 日常生活で本当に人を苦しめるのは、エキセントリックでわかりやすい悪人や凶暴な鬼畜などではない。隣で微笑んでいる無意識な差別者や狭量な善人なのだ。こういう人間が出てくると、一気に現実味が出てくるし、ドラマが一層深くなる気がする。立派な人格者だらけでは浅くて嘘臭いからな。

 吉高は不正も不倫も暴き、時に人の心とプライバシーに土足でずかずか踏みこむのが仕事だが、逆に自分が踏みこまれていく。殺人犯の娘で、妻子ある柄本と不倫関係に堕ちた自分が、重岡がリークした他誌によって世間に晒されていく展開。

 最初にイチャモンをつけた編集部も、群像劇として観れば案外面白い。夜討ち朝駆け、尾行に行動確認、変装に張り込み、盗聴盗撮、暗号解読はさすがに盛りすぎだが、仕事の醍醐味と迫力は伝わる。社内政治案件にも唸る。吉高が属する特集班の面々も丁々発止が秀逸だし、本多力や永野宗典らヨーロッパ企画の面々も大所帯の中で実に活きる。番組ホームページに編集部員全員が載っているのも、個人的にはありがたいのよ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年3月5日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。