「偽装留学生」記事「撤回要求」への反論(上) 「人手不足」と外国人()

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 日本語教育分野の著名な研究者から筆者に対し、記事を「撤回」するよう要求があった。フリーのジャーナリストとして仕事をして25年以上が経つが、記事の撤回を求められるなど初めての経験だ。

 その記事は、昨年4月23日に『プレジデントオンライン』に寄稿した「8割以上の日本語学校は“偽装留学生”頼み」。同月上梓した拙著『移民クライシス』(角川新書)の一部抜粋記事として、同サイトに掲載されたものである。

 撤回を求めてきたのは、神吉宇一・武蔵野大学准教授だ。

 投稿サイト『note』(以下、ブログ)に2月2日、神吉氏が発表した記事でそう書かれている(『試験結果で学習者や教育機関の良し悪しを決めるって〜それダメでしょ』)。

 本来、記事に対する意見や苦情は、筆者もしくは編集部になされるべきものだが、神吉氏は自らのブログを通じ、「撤回」という強い要求をしている。その意図は知れないが、ブログを見た方は、私が根拠もなく、事実無根の話を撒き散らすジャーナリストだと思われたに違いない。

 しかも神吉氏は、文系の学術団体として最大規模の約4000人という会員を擁する、公益社団法人「日本語教育学会」の副会長である。つまり、神吉氏の見解は、日本語教育分野のアカデミズムを代表しての意見だとも言える。

 また、神吉氏は昨年、国会で自民党から共産党まで加わって「日本語教育推進法」が成立した際には、同学会の中心となって尽力していた。文化庁と外務省が主催する「日本語教育推進関係者会議」の一員を務めるなど、国の政策への影響力も大きい。そのためブログ上での要求とはいえ、無視せず対処すべきだと判断した。

 神吉氏からの拙稿への批判は、今回が初めてのことではない。まず、これまでの経緯を簡単に振り返っておこう。

「不正確な情報」の「うそではない記事」

 昨年4月に私が『プレジデントオンライン』に寄稿した約半月後、この記事を神吉氏はブログで取り上げた(『日本語学校の質保証とCEFRのA2について(1)』2019年5月10日)。

 拙稿が、

〈不正確な情報を引用して、もっともらしく書かれた「うそではない記事」〉

 だというのである。ただし、私が引用した〈不正確な情報〉が何を指すのか、また〈もっともらしく〉と述べる根拠についても書かれていない。

 私は神吉氏に対し、記事を批判する根拠を示してくれるよう取材を申し込んだ。筆者の質問に関し、神吉氏からの回答はあった。だが、回答の引用は一部を除いて拒否された。

その経緯については、昨年11月27日の本連載(『「偽装留学生」増やし続ける「文科省」「マスコミ」「学会」の大罪(下)』)で書いた。

 私は神吉氏に対し、『プレジデントオンライン』拙稿で引用した論文の執筆者である、一橋大学特別研究員の井上徹氏との議論を呼びかけた。

 神吉氏の言う〈不正確な情報〉とは、井上氏の論文を指している。

〈不正確〉だと指摘するのであれば、根拠を示したうえで相手と議論するのが研究者としての当然の責務であろう。

 井上氏が分析を試みた「悪質」な日本語学校の割合は、私が問い続けている偽装留学生問題にも直結する重要なテーマである。そして井上氏はすでに昨年7月、神吉氏からの批判に反論する論文を発表していた(『神吉宇一氏の「日本語学校の質保証とCEFRのA2について」について』一橋大学雇用政策研究会)。

唐突な記事撤回要求

 その後、本連載への寄稿から2カ月以上が経った頃、神吉氏は唐突に拙稿の撤回を求めてきたわけである。

 昨年5月のブログでは、名指しこそ避けてはいるが、批判のターゲットは井上論文だった。それが今回は、論文にはほとんど触れず、攻撃の対象を私に絞ってのことだ。

 神吉氏のブログには、『フォーサイト』拙稿などに対し、再び、

〈言及したり反論したりするつもりはありませんでした〉

 とある。

〈理由はいろいろありますが、「議論にならない」という理由が大きい〉

 のだという。

 しかし、それでいて〈いろんな人に相談した結果〉、再びブログとして主張を述べることにしたとのことだ。そして、こう書いている。

〈私の言いたいことは以下の二点です。

1)(日本語能力試験=筆者注)N1、N2を取得していない留学生を「偽装留学生」と言うことができる根拠を示すべきである、示せないなら記事を撤回した方がいいこと

2)そもそも、ある一つの試験の結果だけで教育成果や学習者、教育機関の良し悪しを議論するのは適切ではないこと〉

 さらに次のように続ける。

〈N1、N2を取得している学生が少ない日本語学校は、「偽装留学生頼み」の「悪質な」日本語学校だとされていますが、日本語能力試験のN1、N2の合格者数だけをもって、なぜ学校が悪質だと判断できるでしょうか。出井氏は、「大罪」「無責任」でいろいろ言ってますが、この根本的な疑問には一切答えていません。おそらく、答えられないでしょう〉

 一方、井上氏の論文には簡単に触れているだけだ。

〈どこかの博士論文が引用されていますが、この論文にも根拠は書かれていません〉

勝手に仕立て上げた「疑問」

 私は『プレジデントオンライン』拙稿を含め、過去に執筆した他の記事や書籍においても、日本語能力試験で、

〈N1、N2を取得していない留学生は「偽装留学生」〉

 だとも、また、

〈N1、N2を取得している学生が少ない日本語学校は「偽装留学生頼み」の「悪質な」日本語学校〉

 だなどとも書いたことはない。

 書いてもいないことに対し、なぜ〈根拠を示す〉必要があるのか。

 すなわち、神吉氏の言う〈根本的な疑問〉とは、氏が勝手に仕立て上げた〈疑問〉なのである。それに私が〈答えていない〉と一方的に非難を浴びせるとは、いくらブログとはいえ看過できるものではない。

 再度、井上論文のポイントを解説しておこう。

 日本語学校に在籍する留学生は4人に3人が日本国内の専門学校や大学などに進学する。そして進学に際し、日本語能力を証明する最も一般的な手段が日本語能力試験だ。

 専門学校や大学では、最低でも同試験でN2以上の語学力がなければ、授業を理解するのは難しい。事実、外国人が日本国内の日本語学校を経ずに専門学校や大学へ留学しようとした場合、N2合格がビザ発給を認める基準となっている。

 井上氏が着目したのは、文部科学省が公表している各日本語学校の進学者数とN2以上の合格者数だ。進学者数と合格者数が近いほど、一定の日本語能力を身につけて進学した留学生が多いことになる。逆に進学者に対して合格者数が少なければ、語学力もなく進学した者が多いと想定される。

 その前提に立ち、進学者に占めるN2以上合格者の割合によって日本語学校を「優良校」から「不良校」まで分類し、「偽装留学生頼み」の学校の比率を突き止めようとしたのが、井上論文のエッセンスである。

 つまり、あくまでN2以上を取得せずに“進学した”留学生の割合を問題にしているのであって、N2に合格していない留学生がすべて偽装留学生であるとも、またN2以上を取得した者が少ないというだけで日本語学校を「悪質」だとの判断を下しているわけでもない。

 この程度のことは、普通の注意力と読解力があれば誰でも読み取れることだ。

撤回要求は「拒否」

 神吉氏は、ブログに書いた翌日の2月3日にも、ツイッター上でこう発言している。

〈この記事(筆者注:2019年4月の『プレジデントオンライン』拙稿)の根本はN1、N2に合格していない日本語学校の学生は「偽装留学生」であるという主張です その根拠を示せないのであれば、撤回以外にないでしょう〉

 示す必要もない〈根拠を示せ〉との執拗な要求である。

 筆者は『フォーサイト』編集部から以下の質問を添え、神吉氏に再度取材を申し込んだ。

1)私が〈N1、N2を取得していない留学生を「偽装留学生」〉と述べていると主張する根拠を、拙稿の具体的な該当箇所で示してもらいたい。

2)私も井上氏も〈日本語能力試験のN1、N2の合格者数だけをもって〉日本語学校が〈悪質〉だとの判断は下していない。私が〈悪質〉の判断をしていると主張する根拠を、拙稿の具体的な該当箇所で示してもらいたい。

 また、日本語学校をめぐる問題については、井上氏との学術的な場での議論を望んでいたはずだ。そう言って前回の拙稿上での井上氏との議論を拒否していた。それを今になって私に対し、答える必要もない、またその立場にもない〈根本的な疑問〉に答えていないと批判する点を説明してもらいたい。

3)今回の『note』では〈特定の試験の結果は,ある指標にはなりますが、それのみをもって教育成果の全体を議論することは不適切だと思います。まして、試験の結果だけで、学習者や教育機関の「悪質さ」を語るなんてセンスは、私には信じられません。〉 と書いている。その一方で、〈教育機関としてさまざまな学習者に対応する中で、トータルとしてその教育機関の評価を行うのであれば、A2レベルにとどめておくしかないのではないかと思います。〉(『日本語学校の質保証とCEFRのA2について(3)』)とも述べている。〈試験の結果だけで、学習者や教育期間の「悪質さ」を語るセンスは、私には信じられません〉と主張しながら、〈日本語学校の質保証〉として〈A2レベル〉を承認されるのは矛盾しているが、見解を聞かせてもらいたい。

4)井上論文の審査委員を担った安田敏朗・一橋大学大学院言語社会研究科教授は『フォーサイト』で同論文の意義をこうコメントしている。

〈文部科学省などが正確なデータを公表していない以上、入手できるものから推測する、という作業は十分に学術的です。それが現状を正確に反映したことにならないにしても、ある顕著な傾向があらわれれば、検討に値します。さらにその傾向が、現場の実感とかけ離れていなければ、推測の正しさを十分に示すものと考えてよい。正確なデータが完全に揃わなければ検討に値しない、というのは何も考えないのと同じです。〉

 安田教授への反論を聞かせてもらいたい。

5)2月3日のツイッターで〈論文についての議論は、アカデミックな場で、執筆者本人と直接やるべきものです〉と述べているが、今後、井上氏といかなるかたちで議論するつもりなのか。

 以上の質問に対し、神吉氏は文書で回答を送ってきた。だが、その内容はとても納得できるものではない。

1)と2)で尋ねた批判の根拠についても、拙稿における具体的な該当箇所は示されてはいなかった。にもかかわらず、N2以上を取得していない留学生が偽装留学生であるとの根拠を示せ、と私に相変わらず求めている。

自らは示す責任があるはずの根拠を示すことなく、私には示す必要もない根拠を示せというのである。

 しかも回答は、記事で一切使用してはならぬという。これでは建設的な議論などできるはずもない。

従って、神吉氏からの記事の「撤回」要求も拒否させていただく。(この稿つづく)

出井康博
1965年、岡山県生れ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)を経てフリーに。著書に、本サイト連載を大幅加筆した『ルポ ニッポン絶望工場」(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『松下政経塾とは何か』(新潮新書)など。最新刊は『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

Foresight 2020年3月4日掲載

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