大統領選に関心薄かった「ラスベガス」 【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート()

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 ミシガン州からシカゴ空港を経由して、ネバダ州党員集会の前日、2月21日にラスベガスの空港に到着した。

 シカゴからラスベガスのフライトでは、両脇にアメリカ人男性に挟まれて座っていた。途中で私がトイレに立った間、2人は、たまたまこれから同じボクシングの試合を見に行くことが分かり、話がヒートアップする。

 1人が、

「オレ達の4列前に、元チャンピオンの●×というボクサーが座っているぞ」

 と言えば、

「そいつは数年前に死んだんじゃないのか? ネットで調べてみよう……。あっ、まだ生きている。こんな顔かい?」

「そう、この上から3段目の写真に近いなあ」

 などとボクシング談義で盛り上がる。

 そうだ、ラスベガスはボクシングやコンサートをはじめとした興行の街だったな、と思い出す。

 その間に、飛行機のキャプテンのアナウンスが入る。

「(トランプ)大統領の飛行機の出発待ちのため、着陸が10分ほど遅れそうです」

 そう言えばこの日、トランプが正午から2時まで、ラスベガスで支援集会を開いているんだったな。私の乗った飛行機の到着予定時間の3時過ぎというのは、エアフォースワン(大統領専用機)が飛び立つ時間と重なるのだろう。

「Thank you for being patient」

 という機長のアナウンスに、

「私は全然気長に構えるつもりはないんだけれどね」

 と言う後ろの席の中年女性の言葉が、周りの笑いを誘う。

 飛行機を降りて最初に目に飛び込んでくるのは、空港内にあるスロットマシーンとそれに興じる観光客の姿だ。

 そうそう、ここはギャンブルの街でもあった。

 私は出発前、『CNN』が主催してラスベガスから放送した、民主党大統領候補者のタウンミーティングを見た。上院議員のバーニー・サンダース(78)とエイミー・クロブチャー(59)、エリザベス・ウォーレン(70)、前副大統領のジョー・バイデン(77)とサウスベンド前市長のピート・ブティジェッジ(38)――の5人だ。

『NBC』がラスベガスから生放送した、彼ら民主党候補者によるテレビ討論会も見た。

 しかし現地に来てみると、ラスベガスにあるネバダ州の民主党本部に取材の記者証をくれるように何度も電話で交渉してきた身としては、ラスベガス全体が発する選挙への無関心さが際立った。

 アイオワ州のデモインやニュージャージー州のマンチェスターのホテルが、いずれも、選挙をめがけて押し寄せるマスコミやボランティアを当て込んで、宿泊料金を通常の2倍、3倍に釣り上げていたのとは違う。大統領選挙の党員集会があるにもかかわらずこの平常心――。

 この街には、楽しいことがたくさんありすぎるので、大統領選挙といえども街の関心を占められないのではないか、と思った。

「党員集会」の複雑な仕組み

 ミシガンとネバダ両州の時差は3時間。距離は約2000マイル(3200キロ強)離れている。気温の差は、私が住むミシガンの田舎町が氷点下6℃なら、ラスベガスは18℃以上。北海道の網走から沖縄の石垣島に移動したぐらいの気温差である。

 アイオワ州と並んで、党員集会という方法をとるネバダ州の選挙日は、2月22日の土曜日。週末であるため、党員集会の開始時間は正午。受付は10時から始まる。

 2020年の大統領選挙で党員集会の形式を取るのは、アイオワとネバダを含む4州だけ(あとはノースダコタ州とワイオミング州)。

 2016年には15州で党員集会が行われたが、ワシントン州やミネソタ州、コロラド州など11州が予備選挙に切り替えた。

 ネバダ州での党員集会直前にテレビのインタビューに答えていたバイデンも、

「党員集会は複雑なので、予備選挙に変えたほうがいい」

 という持論を述べていた。

 事前には、アイオワの開票時の惨状(2020年2月22日『混乱と波乱の民主党「アイオワ州党員集会」』参照)の二の舞になるのではないかと心配されたネバダ州の党員集会だったが、静かに始まった。

 ラスベガスには珍しく、天気予報は雨が降るという。その予報があたったときの用心にと、私はバックパックに雨合羽を入れてきた。

 私が取材の対象として選んだのは、ラスベガスの北東部にある「デザートパインズ高校」。この高校では、11の選挙区の党員集会が同時に開かれる。食堂や体育館、教室などを使う。

 ここを選んだのは、選挙後に予定されているバイデンの支援者集会の場所から近いというのがその理由だ。

 受付の1時間前に到着すると、ジブリ映画『となりのトトロ』のTシャツを着た20代の女性が受付を待っているのを見つけた。

 メキシコ系の名前を持つジュリアナ・キンタナ(28)は、6年前にロサンゼルスからラスベガスへと移ってきて、カジノでフルタイムの従業員として働いている。

「私は2016年からバーニー(サンダース)を応援しているの。彼は、いつだって同じことを主張するでしょう。特に国民皆保険には大賛成よ。」

――1週間前、約6万人が所属する「ホテル従業員労働組合(Culinary Worker’s Union)」が、民主党の特定の候補者を推薦しないことを決めました。その一番の理由が、組合員はすでに条件のいい保険に加入しているから、というものでした。

「それは組合の偉い人たちの話で、私には関係ないわ。私の健康保険は、職場の組合の代表者がカジノの経営者と話し合って、いろいろな条件を決めてくれている。でも、歯科医に行くのは自費だし、私がかけているメガネも自費で作ったわ。それに、いつ転職するかわからないでしょう。一生、カジノで働いているとは思えないから。そんなことを考えると、バーニーの国民皆保険は非常に魅力的な考え方に思えるの」

――そのほかに、サンダースを支援する理由は。

「お金持ちや大企業に応分の税金を課すという考えが好き。だって、アメリカの上位3人のお金持ちが持っている資産が、アメリカの下位の人口の半分の資産と同じだって、バーニーは言うじゃない。それが本当なら、お金がない人が、お金がある人と、まともに競争できない社会になるわよね。そうしたお金持ちや大企業へ課税することが、バーニーならできると思えるのは、彼が決してそうした人たちや企業からの献金を受け付けないからよね。献金っていうけど、それはほとんど賄賂に近いわ。だって見返りを求めない献金なんて、ないでしょう」

 彼女の義妹であるジャニース・キンタナ(18)も、サンダースに投票するという。

「生まれて初めての投票なんだけれど、やっぱり勝ちそうな候補者に票を入れたいじゃない。だから、アイオワとニュージャージーで頑張ってトップを走っているバーニーに投票することにしたの。それと2016年の選挙の時、義姉に連れられてバーニーの演説を聞いたことも影響しているわね。4年前と言っていることが全然変わらない政治家って、私から見ても珍しい存在だと思うから」

 もう1人、サンダース支持に傾いているという男性を紹介しよう。

 アキーン・ショー(27)は、ラスベガスの北部にあるアマゾンの物流センター(正式には「フルフィルメント・センター」)で2016年から正社員として働いている。主な作業は、顧客が注文した商品を探してくるピッキング。

「100%絶対というわけじゃないんだけれど、50%ぐらいでバーニーに傾いている。2番目の候補者はウォーレンで、20%ぐらいかな。初めて参加する党員集会なので、どう運営されるのか分からないところがあるんだ。でも、最初に、各陣営からのスピーチがあるのなら、それを聞いて決めたい。最初から誰かを支持する席に座らなければならないなら、バーニーの席に座るかな。バーニーに傾いている理由? 僕が大切にする政策は、多様な教育制度と健康保険。僕自身、健康保険はアマゾンを通して持っている。毎月の掛け金は40ドルと高くない。その分、控除額(deductible)と定額自己負担(co-payment)が高くなる。つまり、病院に行った時の持ち出し分が大きいんだ」

――サンダースは2018年、通称「Stop BEZOS法」を作って、アマゾンの物流センターの時給を15ドルに引き上げた。

「あっ、それもあったね。12.5ドルで始めた時給が、一気に15ドルに上がったのはバーニーのおかげだった。あれで生活がぐっと楽になったよ」

ブティジェッジへの期待

 白人が圧倒的に多いミシガン州の田舎町に移り住み、アイオワとニューハンプシャーで取材してきた身としては、改めてネバダ州ラスベガスの人種の多様性に目を見張る。60万人以上が住むラスベガスの人口の5割弱が白人で、ヒスパニック系は3割強、アフリカ系は1割強。それに、アジア系も6%いる。

 私がアメリカの西部に来たな、と実感したのは、ラスベガスの空港でレンタカーを借り、運転を始めたときのこと。完璧な英語を話していたラジオのDJが、

「ここまでは、ジョン・ワタナベがお送りしました」

 と話すのを聞いたとき。日系人のラジオDJは、ミシガンでは想像しにくい。アジア系の人口も、中西部と比べるとぐっと多いんだろうな、と実感した。

 特にヒスパニック系が多いネバダ州で、各陣営はどのような結果を残せるのか。どうやって、人種的に多様な有権者を取り込めるのか。ここネバダ州と次のサウスカロライナ州での戦い模様は、「スーパーチューズデー」の結果を占う重要な試金石となる。

 ブティジェッジ支持者の話も聞いた。

 パット・イートン(66)は、ブティジェッジに投票する、と言う。

「1番大切な課題は、環境問題ね。だって、環境問題のせいで地球が住めなくなったら、他の問題は関係ないでしょう。でも、環境問題では、民主党のどの候補者の政策も気に入っているの。だから、私の決め手となったのは、2番目に大切な健康保険での政策の違いね。私は、結構、条件のいい健康保険に入っているから、それを国に取り上げられるのはイヤなの。でも、ピートは私たちに選択の余地を残してくれているでしょう。国の保険に入りたい人は入ればいいし、自分の保険を持っておきたい人は持っておけばいいってね。それにホワイトハウスには、新しい考えをもった若い政治家が必要なのよ。政治家になって、長いことワシントンにいると、いつの間にかみんな取り繕う(white-washed)ことばかりがうまくなるから」

 1972年から2012年までは共和党員だったというジョン・リード(66)は、ブティジェッジ陣営のボランティアでもあり、この日、もちろんブティジェッジに投票するという。

「2016年から民主党員になって、ヒラリー(クリントン)に投票したよ。理由は2つ。1つは、ポルノスターとの醜聞や女性への差別的発言などがあるトランプが、家族の価値(family value)の大切さを掲げ選挙運動を行っているのを見て、あまりにも馬鹿げていると思ったこと。もう1つは、右寄りのキリスト教団体、はっきり言えば、福音派(evangelists)が共和党で幅を利かせるようになったのが納得できなくなった。政教分離の原則から大きく逸脱している。ピート市長を応援する理由は、第1に彼は知的だし、軍隊での経験があるのもいい。それに、民主党の左派や右派だけでなく、党外からも幅広く支持者を集めようとしている姿勢に共感が持てる」

 ブティジェッジが、50代、60代の有権者、特に白人の有権者に根強い支持層を持つことは、これまでの世論調査などで明らかになっている。逆に、大学の学費無償化などを掲げるサンダースは、20代の有権者に強いとされる。

 さらに、リードは自分が抱える1型糖尿病の治療薬の値段について語った。

「私の入っている保険では、治療薬であるインスリン代の月間の持ち出し分が80ドルで済んでいる。これが、保険に入っていないと月間3200ドルにも上る。サンダースの言う国民皆保険になると、自分の保険をあきらめないといけないので、このインスリン代がいくらになるのかが分からないという不安があるんだ」

 インスリン薬価というのは、アメリカの医療行政が正常に機能していない悪例として頻繁に取り上げられる。

 10年前と比べ、インスリンの薬価は3倍前後に跳ね上がり、アメリカの人口約3%にあたる3000万人以上と言われる糖尿病患者(米疾病対策予防センター=CDC=の2015年統計)を経済的に苦しめ、時には薬代を支払うことができずに死に至る例もある。

 アメリカの患者の中には、インシュリン代が10分の1から5分の1で済むカナダやメキシコまで、バスを貸し切って薬を買いに行く人たちもいる。

大富豪候補

 日本ではほとんど報じられることがないが、民主党候補者でトム・スタイヤー(62)という実業家がいる。

 スタイヤーは、ヘッジファンドの元経営者にして大富豪。2012年に経営から退いたあとは、環境問題に取り組むNPOを設立した。トランプの弾劾裁判を断固として要求し、環境問題を政策のトップに掲げる。

 そのスタイヤーが重点州として力を入れてきたのが、ネバダだった。

 スタイヤーは、投票日までの2カ月、他のどの候補者よりネバダに力を入れ、アイオワ州とニューハンプシャー州での集会をキャンセルする場面もあった。候補者自身を売り込むテレビコマーシャルだけで、ネバダに1200万ドルを投じてきた。

 そのスタイヤーに投票しようと思っていると語るのが、クリスティーナ・ピーメントル(34)である。

「まだ完全に決めていないのだけれど、1回目の投票では、スタイヤーの席に着こうと思っているわ。彼が大金持ちなのに、誠実で、謙虚で、偉ぶるところがない姿勢に好感を持っているの。私が最も重要と思う政策は環境問題で、彼が環境問題を最重要政策に掲げていることも支持しようと思う要因よね。実物を見たことがあるかって? それはないわね。私が知っているのは、テレビやネットのコマーシャルに映るスタイヤーよ。もし1回目の投票で、スタイヤーに十分な票が集まらなかったら、その時はサンダースに投票するわ」

投票結果に「物言い」!

 党員集会が始まる正午が近づいてきた。

 私は、食堂で開かれた4つの党員集会のうち、一番有権者が多いように見えた「4541選挙区」に張り付くことにした。

 アイオワ州の党員集会では、マスコミは自由にどこでも歩き回れたのだが、ここでは腕に黄色のテープを巻かれ、オブザーバー扱い。有権者たちが集まっている場所から2メートルほど離れたところにオブザーバーが集まる一角が用意されており、そこから取材しろ、と言われる。

 とは言え、何事も緩いのがアメリカである。

 オブザーバーの席に集められたマスコミや各陣営から選挙を監視するためにやってきたボランティアたちは、徐々にオブザーバー席から有権者たちの投票現場に進み、そのたび議長から、元の場所に戻るように、と注意を受けることを繰り返した。

 議長となったのは、40代のジョンという長身の男性。彼が最初にしたことは、投票用紙を持った有権者を数えることだった。

 それによると、同選挙区の有権者数は29人。アイオワ州で取材した時は、300人近い有権者を抱える選挙区だったので、その10分の1と小さい。これだけ小規模の選挙区ならばスムーズに進行するんじゃないか、と思われた。

 次に、議長の指示で、有権者は投票用紙に候補者の名前を書き込んだ後、候補者ごとに集まった。その前に、話し合いも、演説もなし。有権者は、3つのグループに分かれる。しかし、オブザーバー席からは誰に投票しているのかまでは分からない。

 ここで再び、議長が投票用紙を数えていく。

 結果は、

 1位:サンダース 15票

 2位:スタイヤー  9票

 3位:バイデン   3票

 合計が27票となったのは、2人が棄権したから。愛犬を車に乗せたままにしていると心配していた老夫婦が、投票用紙に候補者名を書く前に帰ってしまったのだ。

 これで終われば簡単なのだが、この数字に事前投票した55票を加えて、2回目の決選投票に進む条件となる全体の15%の票を獲得できたかを計算する必要がある。

 総投票数は、84票である

 その結果は、ご覧のとおり。

 そのほかの候補者への投票はなし。

 よって、上位3位の候補者が15%を超えており、2回目の投票に進むことになる。

 しかし、同数4位のブティジェッジとウォーレンに投じた有権者は、次は投票する候補者を変える必要がある。

 しかし問題は、ブティジェッジとウォーレンに入った合計8票は事前投票で入った票だったので、これをどうやって2回目に反映させるのか。オブザーバー席にいたサンダース陣営のボランティアの女性が、議長にその8票の取り扱いについて詰め寄る。

 議長は最初、

「事前投票者はこの場にいないので、彼らの第2希望の候補者を確認するすべはない」

 として、無効票にすると告げる。

 すると、サンダース陣営の女性は、

「事前投票には第2希望、第3希望まで書き込むことになっているので、それを確認すれば、有効な票になる」

 と主張。

 議長は、デザートパインズ高校全体を統括する男性に相談に行く。サンダース陣営の女性も話し合いに加わる。サンダース陣営としては、第2希望や第3希望にサンダースの名前が書いてあることを期待しての抗議だった。

 議長が、ネットを使ってオリジナルの事前投票の用紙を確認すると、8票には、第2希望、第3希望まで記入されていた。そのうち4票にはスタイヤーの名前が書かれており、3票にはサンダースの名前があり、1票にはバイデンの名前があった。

 結局、「4541選挙区」の最終結果は、

1位:サンダース 48票

2位:スタイヤー 19票

3位:バイデン  15票

 となった。

 うーん、やっぱり党員集会は、予備選挙と比べると複雑だなあ。

 その隣で、何やら揉めている感じが漂ってくる「4532選挙区」の結果を見に行った。事前投票を含む有効投票数は49票。

 最終結果だけを書くと、

1位:サンダース 31票

2位:スタイヤー 16票

 である。バイデンもウォーレン、ブティジェッジもクロブチャーも1回目の投票で15%を超えられず、決選投票には進めなかった。

 しかし、ここでも、最後の結果に両陣営の代表が同意を示すサインをする段になって、スタイヤー陣営から物言いがついた。

 何回か数える過程で、スタイヤーの投票が1票少なくなっている、というのだ。

 ここの議長が何度も計算して、ようやく全員が結果に納得するまでに20分ほどかかった。その間、ネバダ州の民主党本部に電話したりデザートパインズの統括者が現れたり、というドタバタ劇が繰り広げられた。

 党員大会は、どうもすっきりしないなあ。

「これからカムバックを果たす」

 複雑な気持ちを抱え、私はバイデンが演説をするという会場に向かった。

 なぜバイデンの演説を聞きに行ったかと言えば、この日、ラスベガスで演説の予定があったのがバイデンだけだったからだ。サンダースはテキサスに移動しており、ブティジェッジはコロラドにいた。ウォーレンはワシントン州シアトルで演説する予定だった。ほかの候補者はスーパーチューズデーやその後を見込んで、別の州で遊説していた。

 バイデンが演説の場所に選んだのは、全米で77万人超の組合員をかかえる「IBEW」(全米友愛電機労組)というバイデンの支援団体のラスベガス支部だった。

 2時過ぎに到着すると、プレス用のバッジを渡される。ただし、プレスとして優遇するということではない。支援者のスペースに入り込むことなく、邪魔しないように後方から演説の様子を見ているようにという意味だ。

 記者席のロープ越しに、バイデン支持者の声を拾った。

 IBEWの専属組合員であるスティーブ・ベル(48)は、こう話す。

「組合運動に一番理解があるのが、バイデンだ。2008年にオバマ政権の副大統領になったときから応援している。私の1番の関心は、労働問題。組合を通じて労働者の権利を強化してくれる候補者がバイデンだ。2番目の関心は、ホワイトハウスからあの怪物を追い出すこと。怪物がだれのことかって? トランプに決まっているだろう」

――『CNN』が流す速報では、サンダース有利と出ているが。

「サンダースは好きじゃないな。国民皆保険は理想的過ぎて、現実味が薄いだろう」

 バイデンのTシャツを着て、帽子にもバイデンのバッジをつけているのはトーマス・ゴールデン(61)。

「20代からバイデンの支援者だよ。故郷がデラウェア州ウィルミントンで、バイデンと同郷なんだ。上院議員の時から支援しているよ。彼は労働者や一般の人たちの味方だろう。バイデンに一番期待しているのは、トランプが引っ掻き回した国際関係を立て直すこと。そして、アメリカだけでなく、国際経済を引っ張っていってほしい。アメリカだけがよくなろうとするトランプ式のやり方は、長期的に見れば、アメリカのためにならないと思っている。それができるのは、オバマ政権で外交の経験を積んだバイデンだけだと考えているよ」

 午後4時過ぎに、演説の壇上に現れたバイデンはこう語った。

「まだ最終結果は分かっていないが、本当にいい気分だ。メディアは早々に結果を決め、候補者に烙印を押したがる。しかし、われわれはまだ十分に戦えるし、これからカムバックを果たす」

 このタイミングで、聴衆から「カムバック・キッド!」という掛け声が飛んだ。これ、本当はビル・クリントンの愛称なのだが、まあそれだけ本人も支持者も負い詰められた気分なのだろう(前回『「逃げた」バイデン』2020年2月29日参照)。

 ネバダ州の民主党は、集計作業に慎重を期した。

 アイオワ州で大惨事を招いたアプリは使用せず、すべての結果は、党員集会の各リーダーが党本部に電話で報告し、それには、党員集会で使った集計用紙の写真を添付する。その後、集計用紙と投票用紙は、党本部に送られ、そこで結果が正確であるのかどうかをチェックするという入念な確認作業を行ったからだ。

 同日の午後11時で開票率は50%。最終的な結果が出たのは、翌22日の深夜。

――サンダースの圧勝で終わった。

 バイデンは、アイオワの4位、ニューハンプシャーの5位と、土俵際に追い込まれていたのを、やや押し返した。

 ブティジェッジとクロブチャーについては、ヒスパニック系やアフリカ系の有権者にどこまで食い込めるのかという不安説を裏付けるような結果に終わってしまった。

 今回、ネバダ州で投票した有権者数は10万5195人で、民主党員として登録している61万991人のうちの17.2%だった。投票者数は前回の2016年を上回ったが、オバマ政権を生み出した2008年の11万7000人には届かなかった。

☆             ☆    ☆    ☆

 私は選挙で訪れた州では、必ず地方紙を買うことにしている。『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』といった大手新聞や全国ネットのテレビでも選挙結果を報道するが、地元紙が一番詳しいことが少なくないからだ。

 ラスベガスでの党員集会の翌22日朝、朝食を食べた後、ホテルの隣にあったガソリンスタンドで地元紙『ラスベガス・リビュー・ジャーナル』を買って、ホテルのエレベータに乗った。

 30代の男性が同じエレベータに乗りこんできたので、何階に行くのか? と訊くと、24階という答えが返ってきたので、私が24階のボタンを押した。

 24階には宿泊客用のジムがあった。男性は短パンにスニーカー。日曜の午前中からジムに行くということは観光ではなく出張なのかな、などと思っていた。

 私の方を見ていた男性が、

「ああ、それは全然知らなかったなあ」

 と言う。

「……」

「昨日、サンダースが勝ったんだね」

 と私が脇に抱えていた新聞を指さす。

 地元紙の1面には「Sanders Takes Nevada」という大見出しが躍っていた。

 やはり、この街での大統領選挙への関心は薄いようだ。

横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年3月2日掲載

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