「新型コロナ」で米韓演習「事実上中止」も交渉再開見えず

国内 政治

  • ブックマーク

Advertisement

「新型コロナウイルス」という「妖怪」は、東アジアの安保状況にも影響を与え始めた。

 米韓両軍当局は2月27日、韓国国防部で共同会見し、新型コロナウイルス感染防止のため、3月から開始予定だった米韓合同軍事演習を別途明らかにするまで延期する、と発表した。事実上の中止とみられている。

 米韓両軍は、

「韓国政府が新型コロナウイルスの危機の段階を『深刻』に引き上げたことで、既に計画していた米韓合同司令部の上半期の連合指揮所訓練を別の発表があるまで延期することにした」

 と発表した。

 米韓合同軍事演習が政治・軍事的な理由以外で、感染症を理由に中止されるのは初めてで、感染症が地域の安全保障にまで影響を与えることを見せつけた。

 米韓両軍は当初、3月9日から約2週間、今年前半期の合同指揮所訓練を実施する予定だった。

 この演習中止は、米韓両軍の北朝鮮に対する防衛訓練だけでなく、文在寅(ムン・ジェイン)政権が強く進めている有事の際の作戦統制権を米軍から韓国軍へ移管する問題にも影響を与えるとみられる。

 米韓両国は1976年から、毎年春に米韓合同軍事演習「チームスピリット」を実施してきたが、南北の対話の進展や、北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)の査察受け入れを決めたことで、1992年に中止された。

 だが、北朝鮮が再び査察受け入れを拒否するなどしたため1993年から再開。しかし、米朝基本合意が締結されると1994年に再び中止された。

 その後、米韓両国は毎年春に指揮態勢を点検する演習「キー・リゾルブ」と、野外機動訓練「フォールイーグル」を、夏には指揮所演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」を行うという演習形態に再編した。そして米韓両国は2018年3月初めに実施予定の訓練を、同年2月の平昌冬季五輪を理由に4月に延期した。2019年は北朝鮮を刺激することを避けて「同盟19‐1」という名前で実施した。

最初は規模縮小で実施予定

 北朝鮮は核問題をめぐる米朝交渉で、「新しい計算法」を持って来いと要求した。北朝鮮は、この「新しい計算法」の中身を具体的に明らかにすることを避けているが、(1)トランプ大統領が約束したすべての米韓合同軍事演習の中止(2)戦略兵器の朝鮮半島飛来や最新鋭兵器の韓国配備中止(3)制裁の解除――という内容だとみられた。この中でも特に、米韓合同軍事演習の中止はドナルド・トランプ米大統領が金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に約束したことだとして、強く中止を求めていた。

 しかし、米韓側は今年の米韓合同軍事演習を予定通り実施する方針で、一部の装備がすでに韓国に持ち込まれるなどしていた。

 マーク・エスパー米国防長官は2月24日、韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相と会談した後に共同会見し、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、今年の軍事演習は規模を縮小して行うことを検討している、とした。

 北朝鮮が米朝の実務協議に応じず、再び軍事挑発に出てくる可能性が高い中で、規模を縮小しても、北朝鮮への圧力を高める必要があるという姿勢だった。

 韓国軍もまた実施を望んだ。韓国軍は有事の作戦統制権の移管に備え、昨年は韓国軍の「基本運営能力」を検証する訓練を行った。今年は昨年の訓練で明らかになった韓国軍の未熟な点を補完し、「完全運営能力」を検証する計画だった。今年上半期の演習を中止することは、有事の作戦統制権の移管のための訓練スケジュールにも影響を与えるため、実施する構えだった。文在寅政権は「自主防衛」を掲げ、政権の任期内の作戦統制権の移管を目指しているが、演習中止はその目標にも支障をきたすことになる。

在韓米軍にも感染者が

 しかし、新型コロナウイルスという「妖怪」は米韓両軍の思惑を超えて、脅威を強めた。

 文在寅大統領は2月23日、新型コロナウイルス感染の危機レベルを4段階で最高の「深刻」に引き上げた。韓国南東部の大邱市にある新興宗教団体「新天地イエス教会」や隣接する慶尚北道清道郡の病院で集団感染が発生し、感染者数は600人を超えた。韓国の感染者数は2月28日午前で2022人に達し、死者は13人となった。

 韓国軍の中でも感染者が発生していた。2月27日午前の段階で、確認された感染者は陸軍14人、海軍2人、空軍5人の計21人に達した。

 さらに、演習実施の方針だった米軍を変えたのは2月26日、慶尚北道漆谷の在韓米軍基地、キャンプ「キャロル」に勤務する23歳の兵士の感染が確認されたことだ。米国メディアは至急電でこれを速報した。

 米インド太平洋司令部は2月26日に急遽声明を出し、

「新型コロナウイルス感染症に関連するリスクを減少させるため、米疾病対策センターの旅行保健警報に合わせ、必須でない韓国訪問をすべて制限する。この訪問制限はインド太平洋司令部指揮下のすべての軍と民間人、契約会社に適用される」

 とした。

 米軍が、すべての軍関係者の韓国入りを禁じた状況で、合同軍事演習ができるはずがない。指揮所訓練は地下の狭いバンカーなどで米韓両軍が共同作業を行うため、「濃厚接触」は避けられない。当初から新型コロナウイルスの感染拡大の中での実施は危ぶまれていたのだ。

 今回の米韓両軍の決定は、文在寅大統領が2月23日に危機レベルを「深刻」に上げた時点で、朴漢基(パク・ハンギ)合同参謀本部長が米側のロバート・エイブラムス米韓連合軍司令官兼在韓米軍司令官に延期を提案し、両者で協議を続け最終的に延期で合意したという。

 訪米中の鄭景斗国防部長官は2月27日にワシントンで、演習の延期について、

「訓練や演習が1つ取り消されたといって、軍事対備態勢が弱まるとは考えない」

「韓米同盟は世界でも最も強い同盟で、十分な能力がある」

 と強調した。

建軍節の大規模行事も中止

 一方北朝鮮は、国を挙げて新型コロナウイルスの侵入阻止の対応を取っているが、米韓側が演習をすれば、それに対する軍事的対応を取るしかなく、経済的な負担も大きい。

 しかし、米韓側が演習を事実上延期したことで、内心安堵しているだろう。おそらく表面的には「延期」ではなく「永久に中止せよ」と言うだろうが、実は北朝鮮の内情も深刻だ。

「国ごと隔離」策を次々と実行に移していた最中の2月8日は、北朝鮮の「建軍節」だった。

 北朝鮮では、正規軍が創設された1948年2月8日を記念して建軍節としてきた。しかし1978年に、故金日成(キム・イルソン)主席が革命的武装力(抗日パルチザン)を創建した1932年4月25日を「朝鮮人民革命軍の創建日」に変更した。当時、権力継承を進めていた金正日(キム・ジョンイル)氏が朝鮮人民軍のルーツを抗日パルチザンに求めることで、パルチザン世代の支持を得ると同時に、権力継承の正統性を得ようとしたものであった。

 だが、金党委員長は北朝鮮正規軍創設70周年の2018年2月8日を機に、「建軍節」を元々の2月8日に戻したのである。

 2018年2月8日は、平昌冬季五輪の開会式の前日であったが、北朝鮮では大々的な軍事パレードが行われた。昨年の建軍71周年では軍事パレードはなかったが、金党委員長は人民武力省を祝賀訪問し、功勲合唱団の公演を鑑賞し、祝賀宴会に参加した。

 今年は5年ごとの「節目の年」ではないので、軍事パレードはないとの見方が強かった。しかし、『米国の声』(VOA)は1月24日、同22日に撮影した衛星写真を分析した結果として平壌郊外の美林飛行場に数千人(最大で8000人)の兵力が結集しており、2018年よりは小規模ながら軍事パレードを行う可能性がある、と指摘した。

 北朝鮮は、米国が北朝鮮政策を転換する期限を昨年末までと設定し、昨年末の党中央委員会第7期第5回総会で、米国が米韓合同軍事演習や経済制裁を続けている状況下で、核実験やICBM(大陸間弾道ミサイル)発射実験を中止した決定について、

「一方的に公約に縛られる根拠はなくなった」

「世界は遠からず、わが国の新たな戦略兵器を目撃するだろう」

 と威嚇した。2月8日の建軍節は、この「新たな戦略兵器」が登場する可能性のある機会の1つとみられていた。

 しかし結果的には、北朝鮮は軍事パレードを行わなかっただけでなく、建軍72周年に関連した中央報告大会などの大規模な記念行事もなく、金党委員長がどこかに姿を現すこともなかった。

 これは、新型コロナウイルスの感染拡大を危惧した結果ではないか、という見方が有力だ。

 先述のように、新型コロナウイルスの感染防止のためか、北朝鮮は故金正日総書記の誕生日の2月16日の関連行事である「中央報告大会」を今年は行わなかった。北朝鮮は1995年から毎年、中央報告大会を開催してきたが、今年初めて中止したのも新型コロナウイルスの感染防止のためとみられる。

トランプ「11月まで首脳会談望まず」

 トランプ米大統領は2月4日に上下両院合同会議で一般教書演説を行ったが、北朝鮮政策については何の言及もなかった。

 トランプ大統領は2018年の一般教書演説では、北朝鮮を「非道な独裁政権」「北朝鮮ほど国民を抑圧している政権はない」と非難し、最大限の圧力を掛けるとした。

 2019年には「金正恩氏とは良い関係だ。私でなければ全面戦争をしていただろう」と述べたが、今回は北朝鮮に言及しなかった。

 北朝鮮は停滞している米朝交渉に対して、米国が政策を変えないならば「新たな戦略兵器」も登場すると威嚇し、強硬路線で対抗する姿勢を示しているが、現時点では「クリスマスプレゼント」もなく、新たな挑発を控えている。トランプ大統領としては北朝鮮に言及しないで、北朝鮮の出方を見守る姿勢を示したといえそうだ。

 だが、米国の『CNNテレビ』は2月10日、トランプ大統領が11月の大統領選挙前には北朝鮮の金党委員長との首脳会談を望んでいない、との考えを米外交担当高官に伝えていたと報じた。『CNN』によると、トランプ大統領は昨年10月5日にスウェーデンのストックホルムで行われた北朝鮮との実務協議で進展がなかったことに、不満を表明したという。『CNN』は、トランプ氏は再選のための選挙運動に集中しており、北朝鮮問題への意欲が低下しているとした。

『聯合ニュース』によると、韓国の青瓦台(大統領府)高位関係者は2月12日、『CNN』の報道について、

「あくまでも報道であり、米国政府の立場ではなく、われわれが承知していることとは違う」

 と、否定的にコメントした。しかし、これは韓国政府の「願望」とは異なるということで、事実ではないと言い切るには弱いような気がする。

 ロバート・オブライエン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は2月11日、ワシントンでシンクタンク「米国大西洋協議会」が主催した催しで、

「北朝鮮と交渉するために努力し続けるが、両国の首脳間のさらなる首脳会談が適切なのかどうかについては見守らなくてはならない」

 と述べた。『CNN』の報道と通じる発言だ。

 オブライエン補佐官は、

「トランプ大統領は米国人のための偉大な合意さえできれば米朝首脳会談はもちろん、誰とでも会うという意思を明確にした」

 とした上で、

「そのためには、われわれにとって良い合意でなければならない」

 と述べた。

 また、2018年6月のシンガポール会談、2019年2月のハノイ会談、同年6月の板門店会談を、

「非常に成功的だった」

「高まっていた緊張を緩和した」

 と評価した。

「われわれは交渉が継続されることを望んでいる」

 としながら、

「金正恩党委員長がシンガポールでした朝鮮半島の非核化の約束を尊重する方向に進む交渉でなければならない」

 と注文を付けた。

 こうした発言は、米国が首脳会談実現のために譲歩する考えはなく、北朝鮮が会談実現のために前向きな姿勢を示さなければならない、という意味のように受け取れる。そうだとすれば、北朝鮮が現在のような「米国が“新しい計算法”を持って来い」という姿勢を変えない限り、米国側が先に譲歩する考えはない、ということだ。

 オブライエン補佐官は、米国は最近も北朝鮮と接触しているとし、

「最近では昨年11、12月にオスロで交渉した」

 と述べた。韓国メディアは、昨年10月のストックホルムでの交渉を間違えた発言と報じているが、場所も時期も間違えるものなのだろうか。

空洞化する米国の北朝鮮交渉チーム

 こうした中で、スティーブン・ビーガン国務副長官兼北朝鮮担当特別代表をトップとする米政府の北朝鮮チームの主要メンバーが、人事異動で他の部署に移り、北朝鮮チームの「空洞化」が進みつつある。

 ビーガン氏に次ぐナンバー2の役割を果たしていたマーク・ランバート北朝鮮担当特使は、1月23日に国務省の国際担当機構局へ異動となった。国際機関の中での中国の影響力拡大を阻止するのが新たな任務だという。ランバート氏は国務省朝鮮部長や副次官補代行として首脳会談に向けた準備や各国との調整に当たってきたが、その後任も発表されていない。

 また、ホワイトハウスは2月11日、ランバート氏の下で交渉を支えてきたアレック・ウォン国務省北朝鮮特別副代表兼北朝鮮担当副次官補を、国連特別政務次席大使に任命したと発表した。特別政務次席大使は上院の承認が必要で、すぐに異動するわけではないが、異動は時間の問題である。

 ウォン氏はちょうど、北朝鮮をめぐる問題を調整する米韓間のワーキンググループ会合(作業部会)のためにソウルを訪問中だった。韓国人の北朝鮮への個別観光旅行や、南北の鉄道・道路連結問題など、南北間の事業について米国の理解を求める作業部会は韓国で関心が高く、到着から韓国メディアの取材対象になっていたが、そんな中で異動が発表された。

 ビーガン氏は2018年8月に特別代表に任命されたが、ウォン副代表はその前の2017年12月に北朝鮮担当副代表に任命されている。ビーガン特別代表が国務副代表になって多忙になると、北朝鮮関連の実務はウォン副代表が実質的に担うようになっていた。

 ビーガン国務副長官は北朝鮮担当特別代表を兼務しているが、米国務省の北朝鮮チームのナンバー2、ナンバー3の相次ぐ異動人事が明らかになり、その後任については何の発表もなく、米国の北朝鮮交渉チームの空洞化が懸念されている。トランプ大統領が大統領選挙までは米朝交渉をするつもりがないのでは、という見方を裏付けるような状況である。

北朝鮮への警戒強める米国

 米国防総省は2月4日、「使える核兵器」といわれるW76-2低出力核弾頭(戦術核)を搭載した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を、海軍が実戦配備したと発表した。

 この「W76-2」は、米海軍のSLBM用核弾頭「W76」の爆発力(TNT90キロトン)を5キロトン程度に減らした戦術核とされる。トランプ政権は中国やロシアへの軍事的優位を確保するため、早期の製造、配備を目指していた。

 今回の実戦配備はロシアを意識したものだが、北朝鮮が警戒の目を向けていることは間違いない。「使える核兵器」は、軍事施設を地下化している北朝鮮を攻撃するのに活用できる可能性があるからだ。

 さらに米軍は2月12日、戦術核が搭載可能なSLBM「トライデントⅡ」の発射実験を公表した。韓国紙『朝鮮日報』(同14日付)は、

「韓国軍とその周辺では『戦術核を使って北朝鮮とイランに“外科手術的打撃も可能”という警告だとの見方も出ている』とし、ある外交筋は『対北朝鮮外交チームを解体したトランプ政権の対北朝鮮政策の中心が、外交から軍事オプションへ移りつつある証拠の1つ』と指摘した」

 と報じた。

 また、米ミサイル防衛局は2月10日、国防総省の2021年会計年度予算のブリーフィングの中で、

「THAAD(高高度ミサイル防衛)のランチャー(発射装置)と部隊を分離できれば、朝鮮半島に多くの柔軟性を与えることになるだろう」

 と説明した。

「部隊をより後方に置くことができ、レーダーを後方に移してランチャーを前に置いたり、追加のランチャーを持って来たりできる」

 と述べたのだ。

 韓国へのTHAAD配備では中国が猛烈に反対して問題となったが、結局は、慶尚北道の星州基地に配備された。しかし、北朝鮮が昨年、北朝鮮版イスカンデルとされるミサイルなどを次々に開発して射程を伸ばし、北朝鮮側からも星州は攻撃可能とみられている。

 米軍のアイデアは、指揮統制所、レーダー、ランチャーが一体となって配備されている現在のTHAADを、ランチャーを分離することだ。これによってレーダーなどを北朝鮮の攻撃の届かない後方に移したり、首都圏を守れないと批判を受けたランチャーを前方配備することも可能になる。

 THAADだけでなく、パトリオットやSM3などの各種ミサイルや、発射システムを統合的に管理する狙いもある。

 しかしこれは、韓国へのTHAAD配備に大反対した中国やロシアを刺激することは間違いない。今年上半期に習近平中国国家主席の訪韓を実現しようとしている文在寅政権にとって、頭の痛い問題になる。

 韓国政府は、2017年にTHAAD問題で中韓関係が悪化した際に、

「米国のミサイル防衛システムには参加しない、THAADの追加配備はしない、日米韓軍事同盟はしない」

 の「3つのノー」を中国側と約束して問題を収束させた。しかし、米国が計画している計画はこの「3つのノー」に抵触する可能性もある。米韓は防衛費分担問題で協議を続けているが、米国は星州のTHAAD用地の整備費4900万ドルを韓国政府に負担させる計画だ。

 また、米国は北朝鮮が「クリスマスプレゼント」を予告した昨年末に朝鮮半島上空の偵察活動を活発化させたが、今年に入っても警戒を緩めていない。

 民間の航空追跡サイト『エアクラフト・スポット』によると、米軍の「E8C」偵察機(ジョイントスターズ)が2月に入って5日、7日、18日と朝鮮半島上空に飛来した。このほか、米海軍偵察機「EP3E」が5日に、電子偵察機「RC12X」が6日、米海軍海上哨戒機「P3C」が10日に飛来した。これらの偵察機は意図的に位置識別信号を出しながら飛行しており、北朝鮮への威嚇の意味もあるとみられる。

コロナ関連人道支援に協力

 こうした中で、国際赤十字社・赤新月社連盟(IFRC)は2月13日、北朝鮮に対して新型コロナウイルスの感染防止のために保護装備や診断キッドなど支援が必要で、

「人道に基づき、国連制裁の免除承認の手続きが至急必要だ」

 と訴えた。

 これに対して、米国務省のモーガン・オルタガス報道官は同日付の声明で、

「米国はコロナウイルス発病に対する北朝鮮住民の脆弱性について非常に憂慮している」

 と語った。

「われわれは北朝鮮での新型コロナウイルスの伝播を防ぐために、米国と国際的な援助、保健機構の努力を支援し、促している」

「米国は支援などに関する(制裁解除の)承認に迅速に対応する準備ができている」

 と述べた。マイク・ポンペオ国務長官もすぐにツイッターで同様の内容を書き込んだ。

 米国務省のこうした姿勢は、北朝鮮の新型コロナウイルス感染防止という緊急課題に積極的に対応する、という人道的な姿勢を示すとともに、講釈状態に陥っている米朝交渉を動かすための柔軟姿勢を北朝鮮に示す意図もあるとみられた。

 米国は軍を中心に北朝鮮の挑発を警戒すると同時に、国務省としては依然として対話の可能性も模索しているようだ。

「コロナ」が生んだ奇妙な「緊張抑制」

 金党委員長は昨年末の党中央委総会で、

「守る相手もいない公約にわが方がこれ以上、一方的に縛られている根拠が消失した」

 とし、核実験やICBM発射実験の中止という「公約」を反古にする姿勢を見せた上、「世界は遠からず、新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」と威嚇した。

 しかし、北朝鮮は現時点で軍事的な挑発を控えている。ただそれは強硬路線を放棄したわけでなく、新型コロナウイルスという「妖怪」との闘争で余力がないためだ。北朝鮮は、感染者はいないとしているが、内部で感染者が出ている可能性は否定できない。

 一方、米韓側も新型コロナウイルスの感染拡大を理由に米韓合同軍事演習を事実上、中止した。

 新型コロナウイルスの発生は世界に大きな被害をもたらしているが、一方で、朝鮮半島の緊張激化を抑えるという奇妙な状況を生み出している。

 新型コロナウイルスという「内憂」は間違いなく北朝鮮を内部から疲弊させるだろう。国ぐるみの隔離政策でウイルスの侵入を阻めれば幸いだが、感染が蔓延すれば、それは北朝鮮当局がいっているように「国家存亡」にかかわる危機になる可能性を内包している。

 一方で、金党委員長の希望であったトランプ米大統領は、11月の大統領選での再選に向けたキャンペーンに集中し、北朝鮮への関心は薄らいでいる。ビーガン北朝鮮問題担当特別代表をトップとする交渉チームは人事異動で次第に空洞化し、外交を動かす動力を失いつつある。

 新型コロナウイルスで中国、ロシアの支援も期待できず、米国との交渉も展望が見いだせないという「外患」の度合いが深まっているのだ。

 新型コロナウイルスで米韓合同軍事演習は、北朝鮮の望むように事実上中止となった。ハノイの米朝首脳会談からちょうど1年が経過したが、米朝交渉再開の動きはまだ見えていない。新型コロナが生み出した「奇妙な緊張緩和」を交渉再開に導くためには、さらに何かの「動力」が必要だ。

 北朝鮮は4月の韓国総選挙の行方、米大統領選挙の推移を見ながら、次の一手を打ってくるだろう。

 金党委員長はまだトランプ大統領への「未練」がある。トランプ大統領の再選の可能性が高まれば、再選後の4年間を考え、それほど強い軍事挑発に出ることは難しいのではないか。

 だがトランプ再選がないとなれば、政権交替の間隙を縫って軍事挑発に出る可能性は高まるだろう。

 北朝鮮は、文在寅政権を相手にせずという姿勢を示しているが、だからと言って、総選挙で保守勢力が勝利し、文在寅政権がレームダック化すれば、得るものがなくなる。文在寅政権が勝利し、揺さぶりを掛けて、開城工業団地や金剛山観光などを再開し、外貨獲得の道を探るという姿勢だ。米韓の選挙の行方が北朝鮮の次の1手を決めそうだ。

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年2月28日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。